シネマ掘り出し市


Vol.115 シネマ掘り出し市 『こころに剣士を』
【作品紹介】
1950年のエストニア。元フェンシング選手のエンデルは、のどかな田舎町ハープサルに降り立った。秘密警察の追跡の目から逃れるべく、身を隠すために小学校の体育教師となったのである。最初は子ども相手に戸惑う彼だったが、ひょんなきっかけでフェンシングを教えるようになると、次第に心がうちとけあい、子どもたちから慕われるまでになった。いっぽう、校長はひそかに彼の過去を調べ始める。ある日、エンデルはレニングラードでの全国フェンシング大会に出場したいと子どもたちからせがまれるのだが、それは彼にとって大きな危険であった。

■監督:クラウス・ハロ
■出演:マルト・アヴァンディ、ウルスラ・ラタセップ、リーサ・コッペルほか
2016年12月24日劇場公開
配給:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES

『ヤコブへの手紙』などで知られ、フィンランドを代表する映画監督クラウス・ハロが、第二次世界大戦直後のエストニアを舞台に描いた、切なくも優しい映画『こころに剣士を』。
この北欧を舞台にした佳作を字幕翻訳した藤原由希さんに、お話を聞きました。

字幕翻訳を手がけた藤原由希さんに聞きました

エストニア語、ロシア語、そしてザワークラウト
複雑な政治情勢が見え隠れする北欧の物語

── まずはこの作品についてひと言お願いします。

監督の作品を拝見したのは今作が初めてでした。2015年の「京都ヒストリカ映画祭」での上映作品として、字幕翻訳を担当させていただきました。それに配給がつき、劇場公開が決まったものです。


── フィンランド湾に面するエストニアは、第二次大戦中はドイツに、大戦末期からはソ連に占領され、映画の舞台当時はソ連に併合されていました。この地域の特殊性についてご苦労されたことはありましたか?

舞台となった1950年当時のエストニアに関する知識はほとんどなかったので、第二次大戦の経緯も含めていろいろ調べました。映画の導入部で、時代背景が数枚の字幕で簡潔に説明されているのですが、物語の重要な前提となる情報ですので、少ない字数で確実に伝わるようまとめるのに大変苦労しました。
原語はエストニア語とロシア語で、英語台本から翻訳しました。田舎の学校ではエストニア語、都会ではロシア語が話され、市場ではドイツ料理の「ザワークラウト」が売られている……こういう細かいところにも、この時代の複雑な情勢が現れているのですが、そこまでは字幕で伝えきれないため、もどかしく思いました。


── フェンシングの物語でもありますね。ルールや用語について、翻訳で工夫されたことはありますか?

フェンシングの知識はほぼ皆無だったので、一からの勉強でした。幸い、フェンシング協会など複数のウェブサイトでルールや用語が詳しく紹介されていたので、参考にさせていただきました。日本人にはなじみの薄い競技のため、用語をそのまま使っても分かりづらく、かといってすべて日本語で言い換えてしまうと雰囲気が損なわれてしまうため、ルビなどを使ってうまくバランスが取れるよう工夫したつもりです。
映画祭のアンケートで「字幕がよかった」との感想があったと担当者の方にうかがい、ホッとしたのと同時にとても嬉しかったです。


── 映画の見どころを教えてください。

どちらかといえば地味な映画で、セリフも比較的シンプルで淡々としていますが、静かな展開の中に戦争の怖さや悲しさがにじみ出ていて、しみじみ心に刺さる作品です。夢中になれるものを見つけたことで、子どもたちの瞳がきらきらと輝いていく様子がとてもまぶしく見えました。戦争の悲しい現実に胸を痛めながらも、人の絆がもたらす希望の光に心が温かくなる。そんな、切なく優しい映画です。ぜひご覧になっていただけたら嬉しいです。


翻訳は「正解のない仕事」
京都で暮らしながらスキルを磨く日々です


── 藤原さんはフリーの翻訳者になる前、どんな仕事をされていたのですか?
▲藤原さんの翻訳作品
『天命の子〜趙氏孤児』
「一番最近の作品です。春秋時代を舞台にした壮大な復讐劇。名優2人の頭脳戦が見所の重厚な歴史ドラマです」

フリーになる前は、旅行会社や、中国の経済情報サイトの運営会社に勤めていました。特に、経済情報サイトでの記事翻訳の仕事によって、限られた時間内で集中して一定量の作業をこなす、いわば「翻訳の基礎体力」がついたと感じています。また、1日フル稼働でこなせる作業量が体感として把握できたことで、仕事のスケジュールを組む際にペース配分を予測しやすくなりました。


── フェローではアンゼたかし先生のゼミを受講され、フリーになってからも特別ゼミに在籍していたそうですね。仕事を始めてなお学習を続けることでどんな収穫がありましたか?

翻訳は「正解のない仕事」なので、いまだに自分の訳が完璧だと感じたことはありません。そういう意味で、プロになってもなお、よりよい訳のために勉強することは有意義だと思います。先生や他の受講生の訳と自分の訳を比較することで、自分のクセや犯しがちなミスに気づくことができ、訳の幅が広がったと感じています。ゼミ仲間とは今でもたまに集まって食事をしたり、訳に困った時に相談に乗ってもらったりして、交流が続いています。


── 普段は中国語作品と英語作品の両方を翻訳されていますが、それぞれの魅力は何ですか?

両方を訳していると、幅広いジャンルの作品に関われるのが楽しいです。私の場合、中国ドラマの中でも「歴史+武術+ファンタジー」が融合したような「武侠(ぶきょう)物」というジャンルの作品を多く担当させていただいているのですが、歴史物なので横文字厳禁、言葉遣いもやや古風な感じです。いっぽうでアメリカの現代物ドラマは、最新のデジタルガジェットや流行り言葉もバンバン出てくる。それぞれ違った苦労はありますが、正反対の世界に触れられるので飽きることはないし、知識や視野も広がるように思います。


── 現在、京都にお住まいですね。地方で仕事をすることのメリットとデメリットは?
▲藤原さんの翻訳作品
『新しい人生のはじめかた』
「ダスティン・ホフマンとエマ・トンプソンが繰り広げる大人のラブコメ。いくつになっても人生には幸せになるチャンスが転がっているんだと教えてくれる、しみじみ優しい作品です」

東京で通勤していた頃は満員電車が苦痛でした。在宅での仕事になり、その苦痛から解放されたのが一番のメリットです。納期さえ守れば、仕事と遊びの時間を自由に配分できるので、混雑を避けて外出できることも気に入っています。私の夫もフリーランスで、PCとネットさえあればどこでも仕事ができるので、夏休みには暑さしのぎに、家族で私の実家の北海道へ行って2〜3週間過ごします。そういう働き方ができるのもフリーランスの魅力です。

今は仕事もほとんどがネットを通じたデータのやり取りで済むので、地方在住のデメリットはこれといって感じていません。とはいえやはり顔を合わせたコミュニケーションも大事にしたいので、時々は機会を見つけて上京し、クライアントさんに挨拶にうかがったりはしています。実は東京に遊びに行くための名目だったりもしますが(笑)。


── 今後手掛けてみたい作品はありますか?

特にこだわりはなく、どんなジャンルでも作品でもチャレンジしてみたいと思っています。ただ、先ほどお話しした「武侠物」はコアなファンが多く、CSの有料チャンネルでの放送などが主なので、なかなか気軽に観てもらえないのが現状です。今回のように劇場公開作品を翻訳する機会が増えて、もっとたくさんの人に担当作品を観てもらえたらいいなと思っています。


── 現在映像翻訳者を目指して学習中の方にアドバイスをお願いします。

夢のない話をするようですが、動画配信サービスなどの普及で映像翻訳者の需要が増えるいっぽう、仕事の単価は年々下がっているというのが実感です。業界の現状はなかなか厳しいですが、字幕や吹替はまだまだ機械翻訳では代替できない、価値あるスキルだと自負しています。その誇りを持って、自分を安売りせずに済むよう、しっかりスキルを磨いてほしいと思います。とはいえ私もまだまだ勉強中の身です。お互いに切磋琢磨して、業界を盛り上げていけたらいいですね。




◆藤原由希さんのプロフィール:
大学で中国語を専攻。卒業後、旅行会社や、中国の経済情報サイトの運営会社で働きながら、翻訳を始める。2005年、フェロー・アカデミーに入学。2008年からフリー。『天命の子〜趙氏孤児』、『鹿鼎記 ロイヤル・トランプ』、『リベンジ シーズン3、4』(字幕)、『フライング・ギロチン』、『新しい人生のはじめかた』(吹替)など翻訳作品多数。

藤原さん、ありがとうございました。現在お住まいの京都で開催された映画祭の上映作品に字幕をつけられ、さらにそれが全国順次公開になるなんて嬉しいことですね。今後も地方在住のメリットを満喫しながら、劇場公開作を幅広く翻訳してその魅力を多くの人に伝えられるよう、ご活躍を楽しみにしています。


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