当番の訳文をたたき台にみんなで意見交換しながら、よりよい表現を探していく

 本講座ではフィクション・ノンフィクションを問わずさまざまなジャンルの原文を教材にしている。今期の課題はアメリカのホラー作家の短編だが、純文学的な深みと味わいがある。授業内で最後まで訳せる分量と巧みなストーリー展開に加え、読むたび、訳すたびに新たな発見があることから課題に選んだという。
 1回2時間の授業でとりあげるのは原書約1ページ。授業のまえに、前回の授業であてられた3人の訳文が全員に配られる。

 授業開始後、講師はまずこの当番の3人に少しずつ順番に原文を音読させ、内容とリズムを確認してもらう。次に訳してみての感想を訊き、それぞれに対してていねいにコメントする。それから、当番のひとりの訳文を中心に検討していく。どうしてその訳語を選んだのか、もっと適切な表現はないか、ときには当番以外の受講生の意見も訊きながら作品を深く掘り下げ、よりよい訳文を模索する。

一語一語にこだわりすぎず、流れのなかで訳語を決める

 単語ひとつひとつの意味を確認し、主人公の心情を想像したり、作者の意図を考えたりしながら、流れのなかで最も適切な訳語を決める。状況がはっきりつかめないときには実際に自分で動作をしてみたり、その場の情景を思い描いてみたりするといい、といった助言もあった。ひとりの訳文を中心に見たあと、講師が全体的な講評をし、休憩をはさんで残りふたりの当番の訳文を、ひとりめの訳文と同様に細かく検討していく。

 同じ原文でも訳文は三者三様。決して自分の意見を押しつけることなく、それぞれの訳を活かした表現を受講者全員とともに見つけようとする講師の姿が印象的だ。
 授業の最後には講師の訳例が配られる。それを講師自らが音読し、質問を受け付けたあと次回の当番をあてて授業は終了。当番以外の受講生も訳文を提出すれば、講師が赤を入れて次回の授業の際に返却してくれるという。

【講師コメント】迷っているならまずは体験してみましょう

英語と日本語のリズムを大切に考えているので、授業では必ず両方とも音読することにしています。翻訳に興味があるならまずは体験してみましょう。いろんな本を読んで翻訳を楽しんでいるうちに、どんなジャンルが自分に合っているのか、見えてくるでしょう。いろんな本を読んで好きな表現を探すのもいいでしょう。みなさんそれぞれに個性があり、伸び方もさまざまです。新たな自分との出会いもあることと思います。

ルポ感想
取材・文
喜須海 理子さん

濃密な120 分でした。予習してくればくるほど得るものも多い授業だと思います。受講生の方々もみなそれをご承知のようで、じつによく予習されてきていました。先生の修行時代の勉強法や編集者とのやりとりなど、プロの翻訳者ならではのお話もたくさんうかがえます。受講生それぞれの意見や反応を引き出そうとする先生の姿が印象的でした。終始なごやかな雰囲気のなか、翻訳のおもしろさを体感できる授業です。

プロフィール
文芸翻訳家。ミステリ、ロマンスを中心に手がける。訳書に『ジブラルタルの女王』『心を盗まれて』(二見書房)『石が流す血』(ランダムハウス講談社 現武田ランダムハウスジャパン)などがある。
私もフェロー修了生です!
大学卒業後長らく外資系半導体メーカーに勤めていましたが、30 歳を過ぎて「ミステリ翻訳家になる!」と思い立ちフェロー・アカデミーの門をくぐりました。あのとき決断してよかったと今心から思っています。