課題は、デニス・ルヘインの”Animal Rescue”。担当となった2名の受講生の訳文がクラス全員に配布され、授業が始まる。冒頭から約1ページ半という今回の範囲はけっして長くはないが、内容は濃密だ。
たとえば”Bob found the dog in the trash.”という出だしの一文。中学校の英語の教科書に載っていてもおかしくないような簡単な英文だが、その翻訳となると何通りも考えられる。「犬」とするか、「その犬」とするか。「ごみのなかから」とするか、「ごみのなかで」とするか。

主語を「ボブ」にするか、ボブを省いて「その犬」を主語にしたほうがよいか。わずかな言葉の違いでこの文のもつ印象はまったく変わり、その後につづく文章にも影響をおよぼす。この作品の冒頭に1番ふさわしい訳はなにか。受講生も積極的に発言しながら、なごやかに授業は進んでいく。
英文自体が複雑で意味がわかりづらい箇所では、時制の違いや指示代名詞などを細かに追いながら、丁寧に解説がされる。英文を正確に読み解いたうえで、ルヘインが伝えたかったニュアンスや、日本語としてより自然な語順などを慎重に検討する。ルヘインの著書を数多く手がけてきた講師でなければ知りえないエピソードを聞けるのもおもしろい。

授業が終了する15分ほど前に訳例が配布されるが、講師の訳が正解というわけではない。講師自身も自らの訳例に満足することなく、さらなる意見を求める。活発なディスカッションは授業が終わる直前まで続き、よりよい訳文や訳語が模索されていた。なお、講師による添削を希望する受講生は、授業後に訳文を提出することができる。
まずはたくさん本を読み、日本語のリズムがしっくりくる翻訳書を見つけてください。そして、その人の文章を真似てみる。すると自然に音感が鍛えられるはずです。ピアノの練習でも、師と思える人に出会ったら、その弾きかたをただ真似ますよね? 「なぜそう弾くのか」なんて考えなくても、そのうち上達する。それと同じです。

翻訳の音感をとぎすませ、自分でここちよいと感じられるまで文章を磨くことで、きっと上達するでしょう。
以上は家でもできますが、学校へ通って授業を受けるメリットは、表現するのがむずかしい微妙なニュアンスや、ある言葉が出てきた理由に関する説明を、講師からじかに聞けること。日本語のリズムなどは非常に感覚的なので教えづらい部分ではありますが、できるかぎり伝えられるよう、誠実な姿勢と対応を心がけています。
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取材・文
中田 有紀さん
つねに自然体で、おだやかな加賀山先生。授業では、ディスカッションを通してよりよい訳文がうまれる過程に、醍醐味を感じられるとのこと。どんな意見にも真剣に耳を傾けてくださる先生と、和気藹々としたクラスの雰囲気があいまって、発言しやすい環境になっています。
本講座で興味深いと思ったのは、日本人作家(三島由紀夫や北方謙三ら)による作品の英訳を、もう一度日本語に翻訳するという授業。訳文をオリジナルの文章と較べてみると、不自然な部分が浮き彫りになるのだそう。このような方法を取りいれるところに、「ただの訳文ではなく、自然な日本語であること」を重視する先生のこだわりが感じられました。
文芸作品全般を幅広く学びつつ、日本語の感覚を磨きたい人におすすめの講座です。

- 2008年フリーランスコース修了。以後は出版翻訳の単科講座やゼミを受講しながら、児童文学の翻訳家を目指す。

