ホンヤクこぼれ話


第109回『後悔せずにからっぽで死ね』の巻
今回は、上原裕美子先生が翻訳を手がけた、『後悔せずにからっぽで死ね』をお届けします。なかなか挑発的なタイトルの本書は、上原先生が2014年のスペシャルプログラムで課題図書として扱ったあと、自ら出版社に持ちこんで採用に至った作品です。そのあたりを中心に、お話をうかがいました。
『後悔せずにからっぽで死ね』
上原裕美子【訳】
トッド・ヘンリー【著】
サンマーク出版

死ぬときに「ああすれば良かった」、「本当はこうしたかった」と後悔せずに済むには、日々を全力で過ごす、特に仕事に全力で取り組むことが肝心になる。本書では、仕事の3つのタイプと、その4種類の取り組み方を紹介し、「その場しのぎに陥らない」「マンネリ化を避ける」など、仕事でやってしまいがちな過ちについて、強い言葉で注意を促す。
●訳者の上原先生に聞きました。

自己啓発書は基本的にはどれも同じ。
だからこそ切り口、語り方、ターゲットで個性が出る

──まずは、作品について簡単な解説をお願いします。
上原
先生:
原題は『Die Empty』と言います。「いかに人生を充実させて、やりたいことをやり尽くすか」というのがテーマです。ついつい言い訳をして楽なほうに流れてしまう原因を7つに整理して、解決方法を提示しています。
──翻訳出版へ至った経緯を教えてください。
上原
先生:
2014年に担当させていただいた「リーディング上達術」という講座で、この本を課題に使用しました。受講生の方にこの本を読んでシノプシスを作成していただきながら、私もサンプルとしてシノプシスを作成しました。それを実際に企画として持ち込んで、サンマーク出版さんで刊行が決まりました。
──この本を含めて、上原先生は自己啓発書を何冊も訳していらっしゃいますね。
上原
先生:
自己啓発書はどれもほとんど同じだと思うんです。いきなり自分のかかわる分野を否定するような発言ですが、そういう意味ではなくて、人間の悩みや思考なんて古今東西つきつめていけばだいたい同じようなものだと思うからです。でも、それをどのような切り口で提示するかで、大きく本の位置づけが変わってきます。どんな視点で、誰をターゲットに想定して、どんな言葉で語るか。それによって本に新しさや独自性が出るのだと思いますし、読んだ人が「この視点、この語り方が、まさに今の自分にぴったりだ」と感じたとき、普遍的なメッセージが胸に刺さるんじゃないでしょうか。表現が価値をもつ、それが自己啓発書の面白さの1つだと思っていますし、そういうところに訳者としても魅力を感じます。
──なるほど。ではそういった考えがあるなかで、本書で魅力を感じたのは、具体的にどの部分だったのでしょうか?
上原
先生:
実は以前から、「キツい言葉で書かれた自己啓発書も読みたいし、訳してみたい」と漠然と思っていました。やさしく諭す文章ではなく、「甘えるな。お前には本当に覚悟があるのか」と迫ってくるような、ガツンとした言葉で背中を押す本があってもいいんじゃないかと。 この原書のタイトルを見たとき、あっと思ったんです。探していたものがあった、という感じでした。
──実際のレジュメでも、その点をアピールなさったのでしょうか。
上原
先生:
一番は、タイトルの意図が一体どういうことなのか、誤解なく伝わるように気をつけました。正直、この本に関しては、「売れると思います」という推し方ではなく、「私にはものすごく刺さったんです」というのを前面に出したような気がします。伝え方を考えて何度かシノプシスを修正しながら、サンマークの編集者さんにお見せしたところ、採用していただくことができました。「この方といつか一緒に仕事ができたら」と思っていた編集者さんのお1人だったので、その点でも嬉しかったです。
──では、もともと気に入っていた作品を授業の課題に選んで、あらためて良さを実感したという流れだったのですね。
上原
先生:
そうですね。自分が気に入ったからというのもありますが、これくらい主張のキツい本のほうが受講してくださる方もはっきり好きだとか嫌いだとか言いやすいかな、という思惑もあったからです。「いい本だと思います」とか「別に面白くないです」みたいな、ぼんやりした感想を書くだけのシノプシスなんてつまらないので。
──翻訳作業についてもお聞かせください。まず、自己啓発書といえば、著者が自分の手法や考え出したアイデアに名前をつけるのが特徴で、訳者が苦労するポイントのひとつでもあると思うのですが、そういったものを訳すコツはありますか?
上原
先生:
私、ルー大柴を尊敬しているんです。いや、真面目な話(笑)。彼が会話のはしばしにまぜる英語は、英語なんか無縁の日本人でも絶対にわかるでしょう? わけのわかんない文章には決してならない。あの言語選択はかなり高度なことだと思うんです。伝わるんですよね。ピンと来ない英単語を振り回すだけだったら、無駄に文字数が長くなるだけで、結局なんのことだかわからなくなってしまいます。
──え、えーと……そのこころは?
上原
先生:
要するにですね、アイデアやキーワードを訳出するときは、「わかる」と「インパクトがある」のバランスを心がけたいと思うんです。私はそのままカタカナにすることも多くありますが、そうするとキャッチーだし、キーワードとして「立つ」んですよね。そういう効果はやっぱり捨てがたいです。 とはいえ日本語として不自然になったら本末転倒なので、原書の言葉遊びに固執し過ぎず、意図が伝わるように注意します。
──また、この本は主張の力強さが最大の長所だと思いますが、同時に少し強烈すぎる印象もありました。語りの勢いを弱めることは考えなかったのでしょうか。
上原
先生:
この本は強い口調で訳さないとだめだと思ったんです。そうでないとタイトルだけが浮いてしまいます。断定や命令口調もわりと多く使っていますが、文末の形だけで強さを表現するのは違うと思ったので、注意しました。単に失礼で意地が悪い文章にしたいわけではありませんから。形容詞の選び方とか、そういう部分に少しの毒や棘をもたせたい、と思いました。 本によっては、原書のトーンを弱めたり、矛先をそらしたりすることもあります。でも今回はそうしようとは思いませんでした。まるくなくていい。とんがった文章を書きたかったんです。「何を言うか」を、「どう言うか」によっても表現したかったんです。
──そんなとんがった本書には、からっぽで死ぬためにやってはいけない「7つの大罪」が紹介されていますね。上原さんには、何かやってしまいがちな「罪」はありますか?
上原
先生:
訳していてどれもすごく耳が痛かったです。強いて1つだけ選ぶとしたら、私が陥りやすいのは「自意識過剰」でしょうね。批判を恐れて予防線を張りたがる傾向があるので…。
──ありがとうございました。最後に、学習中の方へメッセージをお願いします。
上原
先生:
講座を持たせていただくと、私より圧倒的に語学力があって、経験や知識も豊富な方ばかりで、いつもどきどきしています。
ただ、そんなふうに語学力や知識がある方ほど、訳すほうにばかり目がいきやすい気がしています。本当は、自分が訳した文章を「これでいいのか」と評価することのほうが、難しくて大事なことなのかもしれません。
私自身がそうなのですが、訳すのにいっぱいいっぱいになっていると、がんばった自分を好きになっちゃって、そのかわいい訳文に対して甘くなっちゃう。でもミスとか、誤訳とか、おかしな部分は「あるかな?」じゃなくて、「絶対にあるから洗い出す」くらいのほうが、結果的にいいものになるような気がします。過去にいただいた批判とかお叱りの言葉なんかは、私に「洗い出し」を命じる言葉として、とても大事に思い返すことがあります。
上原裕美子先生のプロフィール:
翻訳者。『後悔せずにからっぽで死ね』、『いつでもどこでも結果を出せる自己マネジメント術』(サンマーク出版)、『すべては「先送り」でうまくいく』(ダイヤモンド社)、『これからの経営は南から学べ』、『なぜ、ぼくのパソコンは壊れたのか』(日本経済新聞出版社)、『反転授業』『反転学習』(オデッセイコミュニケーションズ)など訳書多数。
上原先生、ありがとうございました。「自己啓発書は基本的にどれも同じ」という言葉や、レジュメで意識するポイントなど、とても興味深いお話が聞けました。ちなみに、本書で紹介されている「7つの大罪」で、私が陥りがちなのが「ぬるま湯志向」です。みなさんも、後悔せずに死ぬために、本書で自分の弱いところをバシッと指摘されてみてはいかがでしょうか。

(written by Takasaki)
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