ホンヤクこぼれ話


第124回『触れることの科学』の巻
今回は、堀内久美子さんが翻訳を手がけた『何度でも、おかえりを言おう』をお届けします。作品の読みどころのほか、英語とフランス語の翻訳、フィクションとノンフィクションの翻訳と多方面で活躍なさっている堀内さんに、それぞれの翻訳の違いや気をつけている点などをうかがいました。
『何度でも、おかえりを言おう』
堀内久美子【訳】
バルバラ・コンスタンティーヌ【著】
ポプラ社

頑固者の老人フェルディナンは、ひょんなきっかけで、近くに住む老婦人を自らの家に住まわせることになった。するとそこから、同じく偏屈者の老人や、ワケありの若者たちが続々と集まってきて、ひとつ屋根の下で共同生活を送ることに……。フランスの田舎を舞台に描かれる人と人のつながりの物語。
●訳者の堀内さんに聞きました。

現代のおとぎ話のような作品
ひとりの小さな行動が周囲の歯車をどんどん回していく
ストーリーを堪能してほしい

──まずは、作品について簡単な解説をお願いします。
堀内
さん:
フランスの農村を舞台にした、おかしくてじんわりと心に沁みるシェアハウスの物語です。70歳のフェルディナンは、頑固で無愛想な性格から息子一家との同居ができなくなり、大きな家で孤独な生活を送っています。最愛の孫たちともろくに会えず、人生に絶望しかけていた頃、隣人の60代の女性マルスリーヌをガス漏れ事故から救います。無邪気な孫たちの後押しで、マルスリーヌを家に住まわせたことがきっかけで、フェルディナンは少しずつ周りの人々に心を開いていきます。すると、家にはさまざまな事情で居場所をなくしかけていた高齢者や若者たちがドミノ式に集まってくることになり、それぞれの強みを活かした役割分担が生まれます。そんな矢先にびっくりするような事実が判明し、家に新たな「家族」が加わることになります。
孤独や生活難、愛する人との別離、家族の不和など、深刻な問題が背景にありながら、個性豊かな人たちが共同生活を営んでいく過程が軽いタッチでユーモアたっぷりに描かれていきます。現実とメルヘンがほどよく混ざり、絶妙のストーリー展開が楽しめる作品です。
──本書を読んで、少しだけ観たことがあるフランス映画が思い浮かんだのですが、堀内さんはどのような感想を持たれたでしょうか。
堀内
さん:
読んでいる途中から映画に出てきそうな人物や会話だなという印象はたびたびありました。特定の映画というわけではないのですが、登場人物は平凡なようでいてどこか滑稽、問題山積でドタバタしながらも何だかうまくいく、そういう雰囲気の映画がいくつかあるような気がしたんです。読み終えると、これは現代のおとぎ話だなと思いました。悪い意味ではなく、著者のあたたかな願いがそのまま物語として語られていると感じました。
──訳者あとがきによれば、作者は映画界でのキャリアが長い人物だそうですね。この作品にも、いろいろな場面がカットバックするところなど、映画に似た手法が使われている印象がありました。
堀内
さん:
ご指摘のとおり、1章が数ページと短く、場面が矢継ぎ早に切り替わり、いろいろな人物にスポットライトが当たっていく手法は、まさに映画的だと感じます。著者はスクリプターという、ばらばらに撮影されるシーンがミスなくつながるように目配りする仕事をしていました。小さな伏線が大きな物語につながり、たたみかけるようにエンディングへとつなげていくところなど、その経験が大きく反映されていると思います。
──翻訳作業で苦労なさった部分はありますか? 今うかがったように、キャラクターの造形が少しずつ明らかになっていくスタイルなので、序盤の翻訳がたいへんだったのではと思うのですが……。
堀内
さん:
序盤の翻訳には本当に悩まされました。ごぞんじのように、小説の冒頭というのは読者をいかに物語に引き込むかという点でとても重要です。日本で無名の作家の作品を無名の翻訳者が訳すのですから、「ためしに数ページ読んでつまらなければ読むのをやめよう」という読者に何とか読み続けてもらわなければなりません。それなのに物語は、主人公の老人と隣人の女性がガス漏れ事故のあとにまったく噛み合わない会話をするという、訳のわからない場面から始まります。ふたりのキャラクターに合った口調を選び、訳がわからないなりにもシーンが目に浮かぶような表現を選び、テンポよく、リズムを崩さず、面白くなる中盤に何とか繋げようと四苦八苦しました。
──堀内さんは、フランス語と英語、両方の翻訳を手がけていますが、双方の違いについて、何か感じることはあるでしょうか。
堀内
さん:
一般的にフランス語は英語や日本語よりひとつの単語の持つ意味が広いように思います。日本語に訳すときに意味を絞り込む必要があり、どの程度まで具体性を持たせた表現にするか悩むことがあります。ただ、本書は複雑な構文や難しい単語はなく、とにかくわかりやすい文体で会話も多かったので、その点はあまり苦労しませんでした。
──両方できるメリットは、何か感じていらっしゃいますか?
堀内
さん:
すごくメリットがあります、と言いたいところですが、とりわけ英語を訳すときにはそれほど感じません。英文の中にフランス語のセリフが出てくると得した気分になりますし、美術や料理など知識が役立つ場合もありますが、その程度です。
フランス語の作品を翻訳する際は、英語版があれば喜んで参照します。本書の英訳版も入手し、解釈の迷いがあったときに参照すると安心できました。ダジャレの訳に困ったときには何かヒントがもらえるかと期待したのですが、日本語では使えない英語のシャレになっていて、うまいなと感心しつつ、がっかりしました。
英和の辞書や辞書サイトは仏和と比べて充実度が格段に高く、訳例が豊富なので、仏和翻訳のとき、仏語の英訳から和訳のアイディアを捜すという作業はよくしています。
──また、堀内さんは、フィクションとノンフィクションの両方の翻訳を手がけていますが、それぞれ気をつけていること、訳し方の違いがあれば教えてください。
堀内
さん:
まず、同じノンフィクションでも、ルポルタージュではいかに事実を正確に伝えるか、自己啓発やビジネス書では著者のメッセージをいかに効果的に伝えるか、と意識する点は違うと思います。一方のフィクションでは、著者の創る世界をどう日本語で再構築し、読者を引き込むかがポイントになります。特に本書は、楽しく読めて、おもしろかったと言われることが重要でしたので、たくさんの登場人物の口調の訳しわけや、テンポのよさ、物語のスムーズな流れに気をつけました。細かいところでは、テレビ番組名やお菓子の名前など、フランス人ならよく知っている固有名詞で日本人読者にはまったくわからないものがあれば、ノンフィクションのように訳注はつけず、あえて固有名詞を出さなかったり、補足説明を盛り込んだりして、読書の流れを阻まないようにしました。
──最後に、学習中の方にメッセージをお願いいたします。
堀内
さん:
自分自身も一生学習者なのでおこがましいですが、いつも忘れずにいたいことを述べたいと思います。
私は学校の英文和訳タイプの翻訳から長い間脱却できずにいました。1語1文にこだわり、「木を見て森を見ず」の状態だったのだと思います。1冊の本を訳すことは、「木も見て森も見る」ことだと気づき、作品全体のリズムや流れを意識するようになって一皮むけたような気がします。自分が読者としてこの翻訳を読んだらどう感じるかといつも問いかけていきたいと思います。
堀内久美子さんのプロフィール:
翻訳家。『何度でも、おかえりを言おう』、『リリとことばをしゃべる犬』(ポプラ社)、『モルガン・スタンレー 最強のキャリア戦略』(CCCメディアハウス)、『カップル・マナー ふたりが長続きするための秘訣』(オープン・ナレッジ)など。
堀内さん、ありがとうございました。堀内さんのおっしゃるとおり、本書はじんわりと心があたたかくなるような作品で、短い章が折り重なった構成もあり、少しずつ大事に読ませていただきました。
また、フランス語と英語の翻訳の違いの話も印象的でした。両方できるメリットはさほどないというお話でしたが、やはりフランス語と英語、両バージョンのある作品ですと、対照して解釈を確認できるのは大きな利点ですよね。言葉自体への理解も深まりそうですので、大変ではありますが、第二外国語に挑戦する価値は大いにあるのではないでしょうか。
(written by Takasaki)
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