 | 本書の内容と読みどころを紹介してください。 |
|
 |
| 那波先生: | 主人公はフランボワーズという65歳の女性。ひとには言えない秘密を抱え、いまはフランスの片田舎で偽名を使ってクレープ屋を営んでいます。その彼女が、あることをきっかけに、亡き母の綴った雑記帳をたよりに、生前の母の気持ちに分け入っていくことになります。物語はフランボワーズが少女時代を回想する形をとり、過去と現在を行き来しながら展開します。はじめのうちは現在の彼女が偽名で暮らす理由、過去を語りだすいきさつなどがはっきりしないのですが、物語が進むにつれて徐々にベールがはがされていきます。ミステリアスな過去を少しずつ解き明かしていく語り口が実にうまいです。
そしてフランボワーズの人生そのものも魅力的です。著者自身が数ある自著の中で一番好きな人物だと語っているくらい、彼女の独りで生きていくたくましさは、魅力的で心を打ちます。また過去の描写では思春期の女の子が持っている心のひだがよく表現されているので、女性の読者の中には自分の少女時代と重ねて読む方が多いのではないでしょうか。 |
 |
 | ジョアン・ハリスの出世作となった『ショコラ』と比べての共通点、相違点はどんなところだと思いますか? |
|
 |
| 那波先生: | 『ショコラ』も本作も、フランスの田舎を舞台にしていて、その土地の季節や自然、そして料理に関する描写がとても秀逸です。それから本作を訳して、ジョアン・ハリス作品の根底に流れるテーマの一つに「母と娘の関係性」があると思えました。『ショコラ』にもファンタジー性に加えて、母娘(おやこ)の愛と確執が入りまじった“暗い部分”が顔を覗かせていたのですが、本作ではそこがより前面に押し出されていて、その意味では渾身の作といえるでしょう。 |
 |
 | 翻訳にあたってどんなことを心がけましたか? |
|
 |
| 那波先生: | 頻繁に回想が行われ、いろいろな時代を行ったり来たりするので、時間軸を眺める視点のブレが生じないように注意し、読者に時系列の混乱を招かないような訳を心がけたつもりです。 |
 |
 | タイトルの『1/4のオレンジ5切れ』にはどんな意味が込められているのでしょうか。 |
|
 |
| 那波先生: | 読む前に作品の内容はあまり知りたくないという読者のために、ここでは明かしませんね。実は、訳者あとがきの中では明かしていますので、どうしても気になる方はそちらをご覧ください。 このタイトルから、“あれ? なんかへん?”――ふわっと浮くような奇妙な感覚、そしてほんの少々の不穏を感じていただければうれしいです。 |
 |
 | 先生が担当している「文芸基礎」のクラスでもこれまで本書の原文を翻訳課題にとりあげてきましたが、その演習指導を通じて得たことはありますか? |
|
 |
| 那波先生: | 本書はたまたま翻訳を始めてから刊行までの期間が長かったので、訳文を吟味する機会が充分ありました。基礎クラスで課題として使うたびに、受講生から登場人物の心情についていろいろな解釈が飛び出したり、読む人によって心に残る箇所が違ったりと、解釈においても、具体的な訳出においても多くの発見がありました。みなさんにはこの場を借りてお礼を言いたいです。また、これを訳しているあいだに、文意を正確に伝えながらも、表現が過剰にならないように適切にゆるめながら訳せたら、と思うようになりました。この課題はずっと引きずっています。 |
 |
 | ところで那波先生といえば、同じく「食」にちなんだ訳書が7月下旬に刊行されるそうですが…? |
|
 |
| 那波先生: | ちょうどその時期に公開される映画『レミーのおいしいレストラン』のコンセプトアート集が出ます。映画制作のために練り上げられたさまざまなアイデアが、スタッフのコメントとともにいっぱい詰め込まれています。映画を観る前でも観たあとでも楽しめますし、美術・デザインに関わっている方にも興味深い内容だと思いますよ。 |