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通学講座「出版基礎」の授業を
のぞいてみました

状況や文脈にあわせて
適切な訳語を考える


「出版基礎」は、フィクション、ノンフィクションの両ジャンルの課題に取り組み、幅広い対応力を身につける講座。今回は、三村美智子先生が担当する「出版基礎」を見学した。
課題は前回から取り組んでいる英国人作家の短編。この日が最後の授業となるため、残り2〜3ページ分の訳文をすべて検討するという。少女が語り手の1人称小説であるため英語は概してやさしいが、100分の授業で扱うにはなかなかのボリューム。最終回にふさわしいチャレンジとなりそうだ。
登場人物は少女とその母親、老人の3人。先生は4人の受講生に少女のセリフ、母親のセリフ、老人のセリフ、そして地の文の担当を割り振り、台本の読み合わせのように訳文を読み上げさせる。そしてある程度進んだところで、訳文を吟味していく。
「少女の言葉だから、『ひどくあたる』より『いじわるする』ぐらいでいいんじゃない?」
「このcryは『大声を出す』。『cry=叫ぶ』ではありませんよ」「lovelyは『すてきな』というより『(質が)いい』。英国人に感謝の意味でlovelyと言われたこともあります。翻訳するのが難しい言葉の一つですね。状況に応じて意味を考えてください」
表現の工夫があと一歩足りない、というところか。先生の指導を聞いていると、「学校英語の英文和訳と翻訳は違う」と言われる意味がよくわかる。
と、受講生から翻訳に関するテクニカルな質問が飛び出した。「『と言った(he/she said)』がセリフの最後にくる場合は省いてもよくて、セリフの途中で挿入されている場合は残したほうがいいと聞いたんですが、どうなんでしょうか」
先生は、特別なケースを除きその考え方が基本的に正しいと説明。そのうえでこう補った。「でも最初は省略せずに訳してください。仕上げのときには削っても構いません。土台となる第一稿はとても重要なので、一語一語丁寧に訳すことを心がけましょう」
テクニックも大事だがまずは基本を大切に、という教え。質問者はもちろん、全員がじっくり聞き入っていた。
等位接続詞のトップバッターはand。もはや準日本語と化した言葉だが、実際の用法はそう単純ではないらしい。


作家の表現に寄り添い
しっかり訳すことが大事


「いいですよ」「結構だと思います」。褒めるべきときは褒めながら、先生はテンポよく授業を進めていく。「このwatchは『見る』?」と投げかければ、受講生たちから「見つめる」「観察する」と声が上がる。続く「見張る」に「そのとおり!」と先生。「そうか」と言わんばかりのため息があちこちから漏れた。自分にない発想に触れられる点は授業のメリットで、こうした「ライブ感」は学びの楽しさにつながるものだ。
受講生に発言を求めるだけではなく、しっかり解説も行う。
ある受講生が1つの文章の中で否定語を2つ使う「二重否定」をうまく解釈できず、苦笑しながら直訳を読み上げた。すると「おかしいと自覚していることが重要ですよ」と述べて「否定が続くと肯定の意味になります」と説明。さらに3つの例文を板書してその意味を確認していく。
The whisky had disappeared down his throat in one long pour.を「ウィスキーは飲み干されました」と訳した受講生にはこう説いた。
「作家がわざわざこういう表現をしているのだから、意味をまとめずに『たちまちウィスキーはぜんぶぐいぐいと喉に流れ込んでいきました』としっかり訳しましょう」
英国文化に詳しい先生ならではの教えもあった。「Harryはアッパークラスに多い名前」「英米人にとってbow from the waist (腰を曲げてお辞儀する)はとても特別な動作」「英国人は街なかで走らないのでscuttleは『小走りする』ではない」など。〈言葉は文化・習俗・社会〉と切り離せないものであり、翻訳が単なる言葉の置き換えだけでは済まされない、ということを教えられた。
「ジャンルに関係なく『書いてあることを大切にする』という基本は同じ。どのジャンルに進まれても、基本を大切にして頑張ってくださいね」 最後の授業をそう締めくくる三村先生。そのエールを胸に刻み、受講生たちはそれぞれの目標に向かって歩んでいく。


●講師コメント
プロから教わる中で
「自分がやりたい翻訳」を見つけてください


「出版基礎」では主に英国人作家によるフィクションとノンフィクションを教材に、出版翻訳の基本を学びます。「出版基礎」を受講されるのは、これから自分のやりたい分野やジャンルを見つけていく初学者の方がほとんど。ただ私としては、児童書であれ大人の小説であれ、あるいはノンフィクションであれ、「何でも訳せる力」を身につけてほしいので、そのために必要な基礎をお伝えしています。
授業のよさは、10人いれば10人で考えられるところ。1人で翻訳しているとき、私の頭の中では何人もの自分が「ああでもないこうでもない」と考えていますが、クラスではほかの人たちの考えにふれることができます。ですから、疑問があれば授業中に質問してください。分かち合うものが増えれば、さらに多くを学ぶことができるでしょう。 翻訳者は表現者です。原作を読み、感じ取ったものを作家の言葉に限りなく寄り添いながら、日本語で表現していく。それがうまくいったときの心地よさが、翻訳の醍醐味と言えます。やはり日本語力が重要ですので、文学小説から雑誌、新聞まで幅広く読むことをお勧めします。
謙虚さは失わずに自信を持って、翻訳の楽しさを感じながら目標に向かって進んでほしいと思います。


◆三村美智子先生のプロフィール◆
文芸翻訳家。『ちびフクロウのぼうけん』(福音館書店)、『人魚と結婚した男.オークニー諸島民話集』(あるば書房)など訳書多数。ピーター・メイルやフィリッパ・ピアスなど英国作家の作品の翻訳、DVD『英詩紀行』では詩の翻訳を手がける。翻訳の分野は文学、文化、ノンフィクションから児童文学まで幅広く、書籍のほか雑誌やニューズレターなどに翻訳や記事を載せている。


『通訳者・翻訳者になる本2015』(イカロス出版発行)より転載
(Text 金田修宏 Photo 岩田伸久)


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