フェロー・アカデミーは伝統と実績ある翻訳の専門校。基礎から上級まで幅広くカバーしたさまざまな講座を開講している。そんな同校で人気の高いクラスのひとつが、今回見学した実務翻訳科の「実務基礎」。熱意あふれる指導とオリジナルテキスト「BETA」により、実務翻訳全般で通用する基礎スキルが身につくコースだ。
  授業開始早々、受講生には赤字でビッシリと書き込みされた添削課題が返却される。課題文はコンピュータソフトのマニュアルの抜粋で、講師の吉田晋治先生がテキストとは別に独自に用意したもの。このクラスで初めての提出課題であるせいか、受講生たちは“宝の山”に違いないコメントにじっくり目を通している。

  すべての課題が返却されると、全体的な講評へ。「『名前を付けて保存』のところ、画面に表示される用語ですので、“つけて”ではなく漢字で“付けて”とします」「“保存”と訳せるのは“save”だけ。“preserve”は“残す”です」など、吉田先生はコンピュータ翻訳での約束事をひとつひとつ確認していく。「意味が正しいか否か」だけを考えて訳してきた受講生には、ちょっとした驚きだったかもしれない。先生はさらにこう続ける。
  最大のポイントは、課題文に添付された指示が守れているかどうかです。『である調で』と指定してあったのに、『です・ます調』がありました。これは重大なミスですよ」

  今回オリジナル課題を課した裏には、実務の手順に早い時期から慣れてもらおうという吉田先生の狙いがあったようす。基礎クラスとはいえ、見据えるのはやはりプロの世界。そのための意識改革は、もう始まっているのだ。
  「実務基礎」では、オリジナルテキスト「BETA」を中心に学習を進めていく。この教材は、英語と日本語の発想の違いをおさえた上で、日本語として自然な訳文に仕上げるコツを体系的に学べるつくりになっている。今回取り組むテーマは〈必要・不要〉の関係を表す表現の訳し方。require、demand、needといった動詞を含む無生物主語の文章をいかに自然な日本語にするかが、今日の学習ポイントだ。

  受講生がそれぞれ短文の例題を訳し、訳出に至った過程を説明。その後で吉田先生のチェックを受ける。たとえば“Technical writing demands simpleand short sentences.”という問題を、受講生は「技術文書に必要なのは平易で短い文章だ」と訳した。見た限りでは何の問題もなし。だが吉田先生は「悪くないです」とした上で、こう説明していく。
「この訳だと、まだ英語的な名詞主体の文章ですね。名詞を並べる変わりに動詞に置き換えて、『技術文書の作成にあたっては、簡潔な文章を書かなければならない』と訳すと、日本語としてわかりやすくなります。『人』の存在が見えてくるからです」

  学習テーマ以外のところでも、先生は文法、解釈、表現の主に三つの観点から訳文を検討し、必要に応じて「意味をよく知らずに訳語を使うのは危険」などとアドバイス。受講生の質問を受けて、学校英語では絶対に学べない“誤訳を避けるための裏ワザ”を披露する一幕もあった。

  受講生が訳した一語一句を丁寧に吟味し、良いところは「非常に上手いですね」と評価する吉田先生。その指導には熱意と温かみが感じられる。授業終了直後、質問をしようと先生のもとに集まる受講生たちの姿が、このクラスの雰囲気をとても良く物語っていた。

  翻訳のポイントを無駄なくおさえた教材と、そこに学習の厚みを持たせる講師の指導。その両輪で進められる「実務基礎」は、基礎固めには最適の授業と言えるだろう。

  「実務基礎」では、翻訳とはどういうものかを体で覚えていただきます。単語の意味を辞書で調べて英語から日本語へ置き換えるのではなく、原文の内容を把握し、意味をそのままに日本語に直す。その作業を知ってもらうことが最大の目標です。
  生徒さんには、自分自身の頭で考え、自分の言葉で表現できるようになってほしいと思います。訳文を発表して頂く際に、どうしてそのような訳になったのかを説明してもらうのはそのためです。ただ、どうしても辞書の訳語をそのまま使ってしまう方が多いので、「ここはこういうニュアンスだからこの言葉がいい」と私から助言するようにも心がけています。
  実力をつけるには、予習をすることが絶対条件。しっかりと予習をしていれば、たとえその場では間違えたとしても、後々必ず伸びてきます。クラスはあくまで復習の場です。予習したことをクラスで再確認し、授業内で完結させる。こうした学習の仕方がとても重要だと考えます。
  学習を始めたばかりの頃は、プロになれるか不安になることも多いでしょう。ですが、現時点での実力は関係ありません。問題は、どれだけ積極的に学習できるかどうか。それができれば、道は必ず開けると思います。
通訳者・翻訳者になる本2006