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トラマガ

Vol.248 <前編>実務翻訳家 吉本秀人さん

実務翻訳のエキスパートが考え抜いた
力の伸びが実感できる体系的な学習とは

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(2011年5月10日更新)
今号は、実務翻訳家、吉本秀人氏のインタビューをお届けします。トライアル審査に関わるなかで目にしてきた誤訳例を紹介しながら、最先端の金融・経済翻訳の情報を伝えていきたいという吉本氏。専門を金融翻訳に絞った経緯、実務翻訳の力を伸ばすための考え方などもあわせてお話いただきました。

――翻訳家を目指すようになったきっかけは?

大学を卒業したのは1980年代前半で、当時全盛だったニューメディア系のシンクタンクに就職しました。テレビやラジオといった既存の媒体から一歩進んで、ケーブルテレビやビデオテックス、ミニFMなどの情報システムを企画してプレゼンテーションを行い、システム構築を受注するベンチャー企業です。
その仕事のなかで、ある自治体に福祉情報システムのプレゼンテーションをすることになりました。当時、日本にはないシステムでしたので、アメリカの事例を研究するために資料を取り寄せ、それを片っ端から翻訳しました。そうして知識を蓄え、日本でこの分野の第一人者だという大学教授に話を聞きに行ったのです。ところが、僕が英文資料から仕入れた情報のほうが新しく、逆に教授の方からいろいろと質問されることになりました。そのとき、情報の先端を扱うことが翻訳の役割のひとつなのだと実感しました。
 
その後、事情があって会社を辞めることになり、何とかして別の方法で稼がなければならないという状況になりました。そんなときに、『工業英語』という雑誌に出会ったのです。産業英語、ビジネス英語という世界があることを、この雑誌を読んで初めて知りました。英語は学生時代から好きな教科で、勉強もかなりしていました。4歳上の兄がいるのですが、中学生の頃から兄の受験参考書を読み、単語や英文を覚えたり、文法を学んだりしていたので、いわゆる受験英語には相当自信があったのです。ところが、この雑誌には「翻訳は受験英語ではできない」と書いてあります。実際、誌面に掲載されていた課題にチャレンジしましたが、歯が立たないのです。しかも、そこに書かれている回答例の英文が、研ぎ澄まされていてカッコイイ。そのとき、産業翻訳の世界を追求したいと思いました。

――どのように仕事につなげていきましたか?

いろいろ調べてみると、日本翻訳連盟が実施する資格試験に「翻訳士」(※現在<ほんやく検定>として改制)というものがあることを知り、まずはこの資格を目指すことにしました。合格率の低い、かなり難しい試験でしたし、受験英語だけでは太刀打ちできないことはわかっていたので、一生懸命勉強しました。失業保険で食いつなぎながら、半年間みっちり取り組みました。その甲斐あって、運良く1回で合格。すぐに雑誌に掲載されていた翻訳会社20社ほどに履歴書を送りました。半分ほどの会社から返事が来て、トライアルを受け、徐々に仕事が来るようになったのです。
 
最初はジャンルを問わず、なるべく断らずにあらゆる仕事を受けていました。当時の主流だった機械、コンピュータなどの技術系に加え、経済、法律などのビジネス系、その他シナリオや学術論文など、ありとあらゆる分野の翻訳をしました。バブル全盛の時代だったので仕事は山ほどありましたが、正直いって内容はピンからキリまででしたね。3日間連続で徹夜ということもありましたし、1日最高80枚訳したこともあります。会社員のときには感じなかったやりがいを感じましたし、収入も上がりましたが、2年ほどこういう生活が続いて、ふと気付いたんです。このまま雑多な仕事を受け続けていたら、翻訳が下手になってしまうと。
頻繁に出てくる単語があって、それなりに訳してはいる。けれども、じっくり考えている時間がないから、本当の意味では理解しないまま、なんとなく訳している、ということに気付いたのです。この単語が出てきたら、こんな感じに訳せば切り抜けられる、という回路が頭の中にいくつもでき上がっていて、納得しないまま翻訳を量産している状態です。このままでは取り返しの付かないことになる、そう危機感を覚え、方向転換をしました。

――どのように方向転換をしたのですか?

受ける仕事の分野をビジネス・経済に絞ることにしました。さまざまな分野の翻訳をしてきた中で、ビジネス・経済は翻訳料金が高めだったということも理由のひとつですが、何よりも翻訳していて面白いと思ったのです。経済の翻訳では、今まさにニュースで流れていることや、あるいはニュースでもまだ流れていないような新しい情報を扱います。内容がドラマチックで、どんどん知識が増えていき、とても興味深いと感じました。
それにこの分野の知識を蓄えておけば、他の分野に移行したとしても役に立つだろうと思いました。実務翻訳の場合、コンピュータでも、医薬でも、法律でも、経済やビジネスの中で翻訳の発注があるわけです。そのベースの部分を押さえておけば、どんな分野の翻訳をする場合にも役立つだろうと考えました。
僕は実務翻訳に必要な英語力や知識をピラミッド型で捉えています。最下部でベースになるのが「学校で学ぶ英語(受験英語)力」、その上に「翻訳に必要な知識(英語力)」があり、次に「ビジネス・経済の翻訳に必要な知識」、それらをベースにした最上部にIT、医薬、特許、金融などの「専門分野の知識(翻訳力)」があると。いくら専門知識が豊富であっても、ベースとなる部分が抜けていると、よい翻訳はできないと思います。

――現在はどのような分野の仕事をなさっていますか?

今は主に、翻訳会社のトライアルの審査、クレームがついた仕事のチェックと訳し直しをしています。僕自身が合格を出した翻訳者さんでも、間違えることがあります。金融機関に勤めていたり、専門分野で実務経験の豊富な方が多いのですが、それでも間違えます。専門知識があるという自負があるだけに、ちょっと調べればわかることなのに、思い込みで訳しているといったケースも少なくありませんね。
翻訳の仕事以外には、講師として翻訳を学習中の方に教えていますので、講座では、今まさに第一線で活躍している翻訳者がひっかかった誤訳の例などを紹介しながら、生きた経済・金融翻訳の情報を伝えたいと思っています。

――吉本先生が担当されている通学講座について、講座の特長を教えてください。

中級「経済・金融」と、それを終えて進む上級者向けの「経済・金融ゼミ」を担当しています。
講座を受け持つに当たって僕が考えたのは、授業が終わるたびに、自分はいったい何を学んだのか、何が身についたのか、それがしっかりと実感できる講座にしたいということでした。ただ、演習をこなして、重要表現やポイントを指摘するだけでは、受講生が学んだという実感は得られないと思ったからです。
例えば、経済関係の翻訳は、株式市場、証券市場、債券市場、為替市場といったマーケットに関係した文書の翻訳が依頼されることが多くなります。となると、それらの文書は、経済動向とマーケットがどのように関係しているかというメカニズムがわかっていなければ、正しく訳せません。そこで演習に先立って「経済とマーケットの関係」について僕がまとめたレジュメを受講生に配ったり、今の経済動向を説明したりするのです。これはいわば、経済・金融翻訳における"常識"です。その"常識"をふまえて、後半では課題の解説をしていきます。
このやり方は、基本的にどの講座でも共通です。経済・金融の知識といっても奥が深いですし、新しい内容もどんどん出てきます。一通りやっただけですべてを身に付けることは、まずできません。そこで、まずは先ほど行った"常識"に立ち返って新しい事象を学習する必要があります。学習には、新しく積み重ねていく部分と、何度も繰り返して知識を定着させていく部分の両方が必要です。漆塗りの手法です。「経済・金融ゼミ」では演習を通して、それまでに積み重ねた知識を思い出しながら、漆でいえば2度塗り、3度塗りをして、完成に近づけていってほしいと思っています。


後編は、吉本先生が執筆された実務翻訳の初級レベルのテキスト「BETA」作成秘話や、テキストの効率的な学習方法についてお話しいただきます。


<よしもと ひでと>

実務翻訳家。多種多様な経済・金融・ビジネス関連文書の翻訳を手がける。通学講座「実務基礎」と通信講座「実務翻訳<ベータ>」のテキスト『BETA』、ベータ応用講座「経済」「契約書」のテキストを執筆。著書に『金融の英語』など。


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