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トラマガ

Vol.361 <後編>大学教授・翻訳家 金原瑞人さん

訳書は400冊以上、本の紹介も精力的に。
面白い本を大勢の人に伝えたいから

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(2016年1月25日更新)
大学生のころ海外文学に深くはまり、大学院生になってから翻訳のおもしろさに目覚めたという金原さん。卒業後は大学講師をしながら翻訳者としてデビューを果たしました。YA(ヤングアダルト)やエスニック系という当時まだ日本では馴染みの薄かった分野に着目し、持ち込みでどんどん訳書を増やしていったといいます。かつては仕事の8割が持ち込みで採用されたものだったとか。持ち込みを成功させる秘訣について、そして翻訳者になるためのアドバイスもお話しいただきました。

編集者に頼りにされるくらいの情報量を持つこと

――金原さんの翻訳家としての仕事は、いつ、どのように始まったのですか?

1986年ですから、非常勤講師として大学で教えていた頃です。『さよならピンコー』というペンギンの話を訳しました。
犬飼先生のご友人がぬぷん児童図書出版という出版社を経営されていて、先生が開いていた翻訳勉強会も、その出版社が翻訳者を必要としたので、だったら養成しようというところから始まったものでした。その出版社から「1冊訳してみませんか」と言われて、この本を訳しました。でもまだ翻訳者としては半人前でしたから、犬飼先生がぼくの訳文を原文とつきあわせて丁寧に赤を入れてくださって、とてもいい勉強になりました。
自分の名前で訳書を出せたことがきっかけとなって、児童書を出している出版社の編集さんとのつきあいが増えて、そのうち仕事をいただけるようになっていったという感じです。

――最初の訳書を出すことも難しいですが、途切れずに仕事を続けることも難しいと思います。これまで400冊以上も訳している金原さんですが、何か秘訣はあるのでしょうか?

おもしろい本、自分がいいなと思う本を出版してもらうのは、今も昔も変わらず難しいですよね。特にYAは、ぼくが翻訳をやり始めた頃はどこの出版社も出していないジャンルだったから、それは難しかったです。ぼくの興味のある分野として、YA以外にもうひとつ、エスニック文学、たとえばメキシコ系アメリカ人作家の作品なども同じで、日本ではほとんど出版されていなかったので、どうすれば出版できるのだろうと、ずいぶんと苦労しました。
YAについては、日本ではまだ知られていませんでしたが、イギリスやアメリカではたくさん良い本が出ていたので、ぼくはそのジャンルが好きでたくさん読んでいました。それで、日本の出版社がYAに少し興味を示し始めた頃に、このジャンルにはこんな作家がいて、こんな作品があって、欧米ではどれが人気で、と話をすることができたんです。それはアピールになりましたね。
ぼくが訳して1987年に刊行されたロバート・ウェストールの『かかし 今―やつらがやってくる』(福武書店)が日本でヤングアダルトが紹介された最初の頃の作品だと思います。エスニック系では、ネイティヴ・アメリカン作家のジュマーク・ハイウォーターの作品を持ち込んでなんとか出版にこぎつけ、1988年から続けて4冊ほど訳しました。

――ご自身が日本に紹介したい原書を探して出版社に持ち込むことが多いですか?

そうですね。昔は持ち込みが本当に多くて、8割以上が自分で探してきた本でした。この10年くらいは、出版社から版権を取った作品が送られてきて、読んでおもしろかったら翻訳するということが増えて、いまは5割くらいがそのケースです。
その2つ以外に仕事につながるケースがもう1つあって、それは知り合いの編集者から「ちょっと読んでみてくれない?」と原書を渡されるというケースです。いわゆる「リーディング」ですが、まだ版権を取る前の作品で、読んでみておもしろそうだなと思ったら要約を書いて返し、版権が取れた場合にはその翻訳を頼まれますね。

――8割以上が持ち込みだったというのはすごいですね。持ち込みはなかなか成功しないという先入観があるのですが。

そんなことはないですよ。それは持ち込み方が悪いからでしょう。もしくは持ち込む相手が悪いんだと思います。自分がいいと思ったら何でも持ち込めばいいかというと、そういうわけではありません。この編集者なら出してくれるかな、という当たりをつけることが大事です。

――その出版社が出している本の傾向を調べるということですか?

いや、出版社じゃなくて編集者ですね。同じ出版社でも、編集者の好みが全然違うから、この人なら興味をもってくれそうだ、この人はだめだろうな、というのがあります。それを見極めて、興味をもってくれそうな編集者のところに持っていくのがコツです。

――なるほど。他にも持ち込みを成功させる秘訣はありますか?

編集者を説得するときに、そのジャンルについて自分がどのくらい知っているか、が大きいと思います。例えばYAだったら、翻訳されている本もいない本も、どちらもたくさん読んでいること。それから、そのジャンルの日本の出版状況も把握し、「2年前にこういう本が出て、日本で反響があった。この本はそれに似ているけれども、こういうところが新しい。だから読者が見込めそうだ」といった話が編集者とできるかどうかが重要です。
翻訳をやりたいという人で、編集者に「どんな本を訳したい?」と聞かれて、「なんでもいいから訳したいです」と答えるようだと、まず仕事にはつながらないでしょうね。自分の好きなジャンルの本をたくさん読んで、そのジャンルを掘り下げていくことが、遠回りなようでいて、いちばん効果的な方法だと思います。

独自の視点でおもしろいと思える作品を見つけ出そう

――YAのジャンルの、現在の傾向を教えていただけますか?

つい最近までは、パラノーマルと呼ばれる、好きになったら相手がバンパイアだった系の物語が世界的にブームでした。海外のブックフェアに行っても新作はパラノーマルばかり、という状態が何年も続いていたんです。それがジョン・グリーンという作家が出てきてアメリカのYA市場ががらりと変わりました。代表作は『さよならを待つふたりのために』『ペーパータウン』などですが、いわゆる青春小説で若いカップルの片方が不治の病に冒されたり、失踪してしまったり、といったようなストーリーです。日本でも似たような本がありますが、とても文学的なのが特徴です。主人公が文学好きだったり、アメリカの古典的な詩や戯曲が引用されていたり、凝った比喩が出てきたり……。アメリカの若者ってこんなの読んでるんだ、とちょっとびっくりしました。それが今、イギリスにも波及していて世界的なブームになってきています。

――翻訳書では、欧米のブームを受けて日本でもブームになるという構図があるのでしょうか?

それが、欧米の市場と日本の市場は必ずしも一致するとは限りません。例えばパラノーマルの代表的な作品といえば『トワイライト』ですが、海外であんなに売れているのに、日本ではどうして? というくらい温度差があります。『ダ・ヴィンチ・コード』のように海外でも日本でも売れるものもあれば、アレックス・シアラー(代表作は『青空のむこう』『チョコレート・アンダーグラウンド』など)のように本国のイギリスよりも日本のほうで人気が出ている作家もいます。いろいろな流れがありますね。

――では、翻訳者が持ち込む本を探すとき、欧米の売れ筋だけを追いかけていてはいけないということですね。

例えば、有名な賞を取った作品やベストセラーなどは、出版社がすでに版権を押さえていたり、検討に入っていたりするので、持ち込みをしても意味がありません。海外で売れている本、有名作家の本は、だいたいチェックされていて、版権が空いているとすれば、おそらくそこには日本では売りづらい問題が何かあるとみて間違いない。だから、ちょっと違う方向性で探した方がいいでしょう。
ぼくの知り合いの翻訳者は数年前からLGBT作品を追いかけています。十年以上前から海外では少しずつ注目されてきていて、日本にも紹介される時代がいずれ来ると思いますよ。そういう目線が必要だと思います。

英語の基礎力の上に翻訳スキルと探究心を積み上げて

――金原さんの最近の訳書を紹介していただけますか。

昨年は『ジゴロとジゴレット―モーム傑作選―』(新潮文庫、2015年8月刊)を訳しました。サマセット・モームの数ある短編の中から8編を選んで訳したものですが、これは訳していてとても面白かったです。
モームは20世紀初期に活躍した作家で、古典の域に入る作家ですが、そういう作家の作品は、ほぼ自分の文体でいいから伸び伸びと訳せます。なかでもモームは昔から相性が良くて、訳していて気持ちがいい。基本的に、自分がおもしろいと思って訳している古い作品は、だいたい相性がいいですね。
逆に、今の時代の若い作家が書いた作品で、主人公も若者となると、もうぼくら世代とは文体が違うんです。そういうときは若い翻訳者と組んで共訳というかたちにしています。
それから、これは翻訳ではないのですが、4年ほど前から日本の古典作品の翻案をしていて、『仮名手本忠臣蔵』『雨月物語』『怪談牡丹灯籠』とやって、昨年は『東海道四谷怪談』に挑戦しました。芝居を見るのが高校生のころから今までずっと続いている趣味のひとつで、歌舞伎や文楽も一時期はまって見ていた時期があったので、この仕事も非常に楽しいです。モームの翻訳も日本古典の翻案もシリーズで、今年もやる予定なので、楽しみにしています。

――金原さんは大学などで翻訳を教える仕事もなさっていますね。

今は大学だけですが、以前は翻訳家を目指す若手を指導したこともあります。以前、2年間で15人ほどを教えたときは、全員訳書を出すことができました。優秀な生徒がいると、どうしても翻訳書が出せるまで指導しなければならないと思ってしまい、ちょっとしんどいので今は休憩しています。

――伸びる生徒は、どのような人ですか?

翻訳を勉強するスタートラインとして、まず言えるのは、基本的な英語のボキャブラリーや文法が頭に入っていることが大前提ですね。それができていない人は、ちょっときつい。基礎があって、そこに翻訳という新しい技術をプラスしていくわけですから。
ある翻訳家が、翻訳をするとき何がいちばん役に立ったか、という質問に「受験勉強」と答えていましたが、本当にそのとおりだと思います。あのとき覚えた単語と読解英文法は翻訳に必ず生きてくる。だから、翻訳を始めたいと思ったら、まず受験英単語や受験英文法をやり直してみて、きっちり頭に入っているなら翻訳の勉強に進み、もし抜けがあると思ったら、そこをきちんとやり直してから翻訳の勉強にかかったほうが、むしろ近道だと思います。
最近の中高の英語教育は会話重視になってきているようだけど、しゃべり言葉と書き言葉は基本的に違っていて、例えば仮定法は会話ではほとんど使わないけど、書き言葉では非常によく、いろんなかたちで出てくる。そういうところの文法があやふやだと、翻訳のスキルアップといっても難しいですね。

――それでは最後に翻訳を学習中の方にメッセージをお願いできますか。

先ほども言いましたが、自分の好きなジャンルを見定めて、それに関していろいろな情報を人よりもたくさん集めて編集者の相談相手になれるような、そんなスタンスで翻訳に取り組むと、翻訳そのものも楽しくなるし、チャンスもつかみやすくなると思います。
ひとつのジャンルを徹底して情報を集め、研究していると、それまで気づかなかったようなことまで意識に入ってくるし、アンテナにひっかかってくるようになるんです。ある意味、そのジャンルの専門家になるんだという気持ちでやり始めればいいんじゃないかと思います。
先日、コラムニストで翻訳家の山崎まどかさんと対談をしたのですが、彼女はアメリカの若者文化や少女文化に非常に詳しく、若者向けの映画やドラマについてエッセーを書いたり翻訳をしたりしています。翻訳だけで食べていこうと思うと道のりが長くなるし、翻訳だけに絞る必要はありませんから、そういう意味でも自分の領域をひとつ決めて、じっくり腰を据えて、翻訳もするし、場合によってはそのジャンルの日本語の文章も書くし、編集にも携わるし、といったふうに枠を広げて考えていくと、何かおもしろい道がひらけていくんじゃないかと思います。


編集後記

何かひとつのことに絞るのではなく、あれやこれや興味の向くまま。しかし興味がわけばそこをとことん追求し、何かしらの結果につなげていく。大学の仕事があり、あれほど訳書を出しているのに、日本の古典の翻案も手がけ、ご自身で書評冊誌も創刊。次はどんな本を紹介していただけるのか、これからも楽しみにしています。

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<かねはらみずひと>

1954年、岡山県生まれ。1985年に法政大学大学院英文学専攻博士課程を満期退学。1998年より法政大学社会学部教授。YA、ファンタジー、エスニックの分野を中心に訳書は400冊を越える。主な訳書は『ジゴロとジゴレット―モーム傑作選―』(新潮社)、『豚の死なない日』(白水社)、『青空のむこう』(求龍堂)、『国のない男』(NHK出版)など。監修した本に『10代のためのYAブックガイド150!』(ポプラ社)など、著作に『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社)、『怪談牡丹灯籠』(岩崎書店)などがある。

<最新情報>

『BOOKMARK』第2号
「本に感動、映画に感激」(2015年12月発行)

<主な翻訳作品/著作>


『さよならを待つふたりのために』(岩波書店)


『ジゴロとジゴレット: モーム傑作選』(新潮社)


『じどうしゃトロット』(そうえん社)


『月と六ペンス』(新潮社)


『今すぐ読みたい! 10代のための YAブックガイド150!』(ポプラ社)

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