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トラマガ

Vol.387 <後編>実務・出版翻訳家 吉田晋治さん

分野は違えど、翻訳の基本は同じ。
原文の情報とニュアンスを等価で読者に伝えること。

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(2017年2月15日更新)
大学中退、公務員試験失敗と挫折を味わいつつ、気づけばいつも語学だけは面白いと思っていたという吉田さん。翻訳に興味を持ったきっかけは映像でしたが、学び始めると実務翻訳の奥深さや出版翻訳の面白さに目覚め、1年かけて全分野を学んだことで少しずつ目標が定まっていきました。実務翻訳の仕事を始め、フェロー・アカデミーの講師も努めるようになり、そしていよいよ目標としていた出版翻訳のチャンスが訪れます。最後に、講師としての経験から、学習中の方へのメッセージもあります。

営業は苦手、だからこそ頼まれたら断らない

――講師になって間もなく、出版翻訳の目標に一歩近づけるチャンスが訪れたようですね。

はい。あるとき、恩師の布施先生から「吉田さん、リーディング得意だったわよね。私の代わりにリーディングをしてくれない?」と連絡が来たんです。ただ、これは先生の完全な思い違いで、布施先生の授業でリーディングの宿題が2回出たのですが、1回目はかろうじて提出しましたが内容はボロボロ、2回目は考えあぐねて仕上げられず、提出すらできませんでした。
「僕、リーディングは苦手でしたが……」と喉まで出かかったのですが、これを言ってしまうと一巻の終わりです。きっともう出版翻訳に携われるチャンスなど訪れないでしょう。その言葉をぐっとのみ込み、代わりに「はい。ぜひともやらせてください!」と言っていました。
布施先生が以前に書かれたシノプシスを見本としていただいて、いろいろとアドバイスも受けました。2週間ほどかけて仕上げて提出。すると、すぐに編集者から電話が掛かってきました。いわく「短すぎて、内容がよくわからない」と。“シノプシスは短くまとめなければならない”という思いが僕の中で強すぎて、何とか2ページに収めたのですが、それが悪かったようです。「ここは、どういうことですか?」と5つ6つ質問されてしまいました。「これじゃあ、むずかしいですね」という編集者の言葉に、「ああ、これで二度と仕事はもらえないな」と意気消沈したのですが、最後にその編集者が言ったのが「もう1冊あるんだけど、やってみる?」という意外な言葉でした。もちろん「はい、ぜひやらせてください」と答えました。「短くまとめようと思わなくてもいいです。10ページくらいになってもいいから、とにかく必要なことは全部書いてください」とアドバイスをいただき、もう一度挑戦。それ以来、途切れることなく、1冊終わったら次の1冊とリーディングの依頼をいただけるようになりました。リーディングはお金にはあまりなりませんが、とてもいい経験になったと思います。

――リーディングの仕事を続けて、出版翻訳のチャンスはどのように訪れましたか?

リーディングした10冊目くらいだったと思いますが、あるゴルフの本が回ってきました。歴代アメリカ大統領のゴルフのスタイルについて書かれたもので、もともと僕がゴルフ好きということもありましたが、本当に面白い本だったので、「これは面白い」と絶賛するシノプシスを書きました。
それから2、3カ月くらいして、その本を翻訳してみませんかとお話があったんです。スケジュールが厳しいということで共訳でしたが、喜んで引き受けました。それが最初の訳書です。
好きな分野ですから、訳していてとても楽しかったです。もちろん、不安は山ほどありました。当然、間違えてはいけないし、果たして読み物としてちゃんと読める文章になっているのかどうか、自分ではわからないので、うまくいっているのかどうか手応えもないまま、ただ時間に追われて、訳さなきゃ、先へ進まなきゃ、と必死に訳しました。初めてなので、編集者の方が原稿を付き合わせながら一緒に見なおしをしてくれて、なんとか仕上げることができました。

――その後、ご自身で翻訳のスキルが上がったな、と思える経験などありましたか?

はい。布施先生の下訳をさせていただいたことが2回あって、そのときに大事なことを学ぶことができました。すでに出版翻訳の仕事をした後だったのですが、それでも1回目のときは、かなり強烈にダメ出しをされてしまったんです。歴史物だったのですが、「もっと、書き手の立場になって。歴史学者として歴史を調べているつもりで訳しなさい」と言われました。そのためには、英文を理解するだけではなく、書かれている事実の背景まですべて調べなければなりません。それができていないと。
それで2冊目の時は、とにかくとことん調べました。そしたら原書にミスがあるのを見つけて、それを報告したところ、とても感謝されました。訳文に関しても、先生から「前より随分とよくなった」と言っていただきました。

――その後、いろいろな出版社から訳書を出されていますが、どのように広げていったのですか?

出版翻訳のほうは、最初にリーディングをしたNHK出版以外は、アメリア会員として公開しているプロフィールを見て声を掛けてくださった出版社さんが数社。それから編集者さんから他の出版社につないでいただいたこともあります。プロフィールは年に1度くらいは大きく更新していて、自分が訳した書籍のリストや、趣味はゴルフと競馬と、といったことなど、とにかく少しでも引っ掛かりそうなことを書いて、連絡が来るのを待っています。
ここまででお分かりかと思いますが、僕は営業が非常に苦手で、仕事はほとんどが受け身なんです。ただ、依頼があったら、よほどスケジュールが詰まっていて無理という場合以外は、断るということはしません。まずは受ける。そして最大限努力する。自分の実力不足でダメ出しをもらうこともありましたが、それには誠実に対応する。皆さんの参考になるかどうかわかりませんが、僕としてはこれが仕事を広げる最大の秘訣です。

必ず訪れる、仕事のチャンスを逃さないで!

――実務翻訳のほうはどうでしょう。どのように仕事を広げましたか?

2005年くらいだったと思いますが、翻訳支援ソフト「SDL Trados Studio」を購入しました。それから、アメリアの会員になっていたので、アメリアの求人情報に出ていた翻訳会社のトライアルを受けました。
これが、運がいいことに、提出するとすぐに合格の通知が来て、同時に仕事の依頼もあったんです。その翻訳会社はちょうど会社を立ち上げたばかりで、翻訳者を探していた時期だったようです。コンピュータ関係を専門に扱っているところだったので、本当にタイミングがよかったんですね。以来、10年以上ずっとメインの取引先として仕事を続けています。

――実務と出版というタイプの違う仕事を続けていますが、どちらかに絞るつもりは?

出版翻訳と実務翻訳、どちらにもメリット・デメリットがあります。出版翻訳は、今は本が売れない時代なので厳しい面もありますが、書籍という形になって残るので充実感は大きい。仕事がいただければ続けていきたいと思っています。
じゃあ、完全に出版だけにして実務系の翻訳をやめたいかというと、そんなことはありません。本のような充実感があるかというと、慣れてくるとそれはあまり感じませんが、それでもやり終えて納品した直後は今でもドキドキします。実務と出版、どちらかに偏るのではなく、両方並行してやっていければ、それがいちばんいいと思っています。

――映像翻訳の学習は実務や出版の仕事でも役に立っていますか?

はい、役に立っていると思います。特に字幕ですね。1秒間4文字の決まりがあるので、長いセリフの中から重要な情報をかいつままなければならない。映像の勉強をしていたことで、まずどこが重要かを考える癖がついている気がします。文脈の中から重要な柱を見つけ、しっかりと筋道をつけて、そこだけは絶対に間違いないように訳す。細かいところはその後に見ていけばいい。このようなやり方ができるのは、あの頃、字幕を学んだお陰だと思っています。

――講師のほうは、どれくらいになりますか?

15年目です。もう今では、受講生からどういう質問が来るかもわかるし、受講生はどういうところで躓きやすいかもわかります。2年目くらいまではまったく余裕がなくて、おそらく今の倍くらいのスピードで話していたんじゃないかと思います。今は余裕が出てきたので、ゆっくりしゃべらないと伝わらないな、ということもわかってきました。受講生が理解できているかどうか、説明しながら自分で確認できるようにもなりました。できるだけ質問をしやすいように。1問ごとに必ず「質問はありますか」と尋ねるようにしています。昔も尋ねていましたが、内心、質問がこなければと思っていました(笑)。

――ご担当されているのは「実務基礎」の講座ですね。

はい。「実務基礎」は、翻訳というものの基本的な考え方が学べる講座です。僕がフェロー・アカデミーに入る前に考えていた「実務翻訳は何の工夫もいらない、そのまま訳せばいいんでしょ」という誤解を解いてくれたのがこの講座です。翻訳をするとき、どういう考え方で訳していけばいいのかを、しっかり身に付けていただけると思います。
授業は「ベータ」というテキストを元に進めていきます。講座名には「実務」と付いていますが、このテキストは、翻訳の基礎としてどの分野を目指している方にもためになると思います。やっているときは本当に辛いですよ。背景もない、分野もまちまちの短い文章を訳していくのは結構大変ですから。でも、それを学習し終わって、仕事として翻訳に向き合ったときに、ものすごく訳に立つことがわかるはずです。あんなに勉強になるテキストはないですから。翻訳を仕事にしたいと思っている方は、一度は通過したほうがいいテキストだと思います。

――最後に、学習者の方にメッセージをお願いします。

翻訳でいちばん大切なことは、「原文と同じ情報が、同じニュアンスで伝わる」こと。特にマニュアルなどでは、原文を読んでいる人と、訳文を読んでいる人とに、違う情報が伝わったりしたら困ります。違うニュアンスで伝わっても困る。もちろん原文は大事ですが、原文の一字一句に引きずられてしまうと、かえって全体のニュアンスが変わってしまうことがあるんです。原文で何を伝えようとしているのかを、しっかりイメージして、それを日本語で言うにはどう表現すればいいかな、と考えて訳さなければならないわけで、それが最も重要だと思います。
それからもうひとつ。翻訳学習中の方に伝えたいことは、いつか仕事をするチャンスが訪れたとき、それを逃さないようにしてほしい、ということです。以前、僕がまだフェローの受講生だった頃、大量にチェックの仕事を受けたときに、同じ授業を受けていた方に「一緒にやりませんか」と声を掛けたんです。ところが「いや、僕はいいよ」と断られました。チャンスがそこにあったのに、どうして挑戦しないのか。結局、その方は翻訳を仕事にはしていないと思います。
皆さんは翻訳を仕事にするために学んでいるのだと思います。だったら、仕事のチャンスがあったらつかまないと。「勉強のための勉強」になってしまっては、いつまでたってもプロにはなれません。「自分はまだ勉強中だから」と尻込みする方もいるかもしれませんが、仕事をしたいと思ったら、自分が今どんなレベルであってもするべきだと思います。勉強だけしていても限界があります。仕事をしながら学べることのほうが、はるかに大きいものです。


編集後記

講師歴15年、ベテランの吉田先生。「実務基礎」はご自身の翻訳に対する考え方を築いてくれた講座として、思い入れも強いようです。これからも実務、出版、講師と三足のワラジをうまく履き替えながら、未来の翻訳者をたくさん育ててください。よろしくお願いします!

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<よしだしんじ>

東京大学理科一類中退。1998年からフェロー・アカデミーで翻訳を学び、翌年には実務翻訳の仕事を始める。2002年よりフェロー・アカデミー講師。2004年には『大統領のゴルフ』(日本放送出版協会)を共訳し、出版翻訳の仕事も始める。以来、実務翻訳と出版翻訳と講師の仕事をバランスよく続けている。主な訳書に『無意識のパッティング』(青春出版社)、『機械より人間らしくなれるか?』(草思社)、『未来企業』(プレジデント社)などがある。


<主な翻訳作品>


『無意識のパッティング』 (青春新書プレイブックス)


『大統領のゴルフ』(日本放送出版協会)


『未来企業 レジリエンスの経営とリーダーシップ』(プレジデント社)


『機械より人間らしくなれるか?』 (草思社文庫)


『プラネット・グーグル』(日本放送出版協会)


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