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トラマガ

Vol.389 <後編>翻訳者・大学教授 山田優さん

機械翻訳は翻訳者のライバルであり味方でもある。
まずはその現状をよく知ることが何よりも重要。

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(2017年4月14日更新)
まもなく人工知能を搭載した機械翻訳の時代が到来します。そんな時代に生き残る翻訳者になるためには、どうすればいいのでしょうか? 機械翻訳は翻訳者にとって脅威であるとは限りません。ともにそれぞれの得意分野を開拓し、翻訳市場を拡げていく同志になれるとも考えられます。そのためには、機械翻訳について知識を深めることが重要です。後編では山田さんが研究する翻訳学について、機械翻訳や教育への応用についてなど、お話を伺いました。これからの時代の翻訳者へのメッセージにも耳を傾けてください。

脳科学から社会学や文学まで、翻訳学の守備範囲は幅広い

――山田さんが研究なさっている「翻訳学」とはどういうものか、教えていただけますか?

翻訳学は翻訳研究(Translation Studies)ともいうのですが、日本では古くから確立されていたわけではなく、文学や言語学、認知科学などさまざまな分野とクロスオーバーした学際的分野として始まり、徐々にそこから独立していったかたちです。
私自身が研究しているのは、ひとつは「翻訳プロセス研究」と呼ばれるものです。翻訳者が翻訳するとき、頭の中で何を考え、脳のどの部分を動かしているのか。あるいは物理的に、どこに視線を向け、どういうキーボードの打ち方をしているのか。また、これらのことが翻訳のプロと素人では、同じなのか違うのか。このようなことを研究しています。
また、この分野で翻訳を歴史学的に研究している人もいます。翻訳や通訳を歴史的にみたとき、例えば聖書がこう訳されたから後々こうなったとか、三蔵法師がインドから仏典を持ってきてどうなったとか、翻訳や通訳を歴史的に研究することで見えてくることがあります。
社会学的側面から研究する人もいます。中国での話ですが、日本語の雑誌やゲームの中に「貧乳」という言葉が出てきて、中国語にはそれに対する単語がなかったので意味を直訳したところ、その言葉が爆発的に知れわたり、定着していったそうです。翻訳がその国の文化に変化をもたらした一例です。そのような研究分野もあります。
翻訳家の方が、ご自身が体得した翻訳スキルを翻訳論として書籍にまとめることもありますよね。文学研究の一環として「文学と翻訳」をテーマに語る人もいます。そういうものもすべて広義で翻訳学、翻訳研究といえます。

――なるほど、翻訳をさまざまな側面から研究するのですね。

私が最近、力を入れているテーマとして、「翻訳を言語教育に取り入れられないか」という研究があります。英語を学ぶときに、日本語使用を禁止して、英語しか使わないようにするというやり方がありますよね。でも、いわば語学のプロの頂点にいるといえる通訳者や翻訳者は、英語と日本語の両方を高い次元で駆使しています。だとすると、英語を学ぶときに日本語を使ってはいけないという考え方は、果たして正しいのかどうか? また「英語ができることと翻訳ができることは違う」ということもよく言われますが、それが本当に正しいのかどうか? それを脳の働きから科学的に実証しようとしています。

――それは興味深い研究ですね。どのようなことがわかってきましたか?

まず、「話し言葉」と「書き言葉」で脳の働く場所が違うことがわかっています。「書き言葉」はどんな言語でも「複雑な処理をする」ということでまとまり、脳の同じ場所を使います。一方で日常会話のような比較的簡単な「話し言葉」の場合は、英語と日本語では使用する脳の場所が違うんです。だから、簡単な英会話を学ぶ段階で日本語使用禁止というのは理にかなっている。鍛えるべき脳の場所が違うのだから。
ところが、同じ会話でもちょっと込み入った話、専門的な話になってくると、書き言葉と同じように「複雑な処理をする」ことになり、英語と日本語で使用する脳の場所は同じになるんです。英語がそれほど得意でなくても、専門分野の話であればだいたいの内容は直感的にわかる、ということがありますよね。それは処理をする脳の場所が同じだからということで、説明がつくわけです。

――翻訳者が翻訳するとき、脳をどのように使っているのか、という研究もされているそうですが、それについてはいかがでしょう?

「書き言葉」という複雑な言語処理を行う脳の部分があると言いましたが、翻訳者が翻訳するときその部分を使っているのはもちろんのこと、ときに脳の他の部分も動かしていることがわかっています。例えば、複雑な機械のしくみを説明する文章を訳す場合、翻訳者はただ字面を追って訳しているだけではなく、原文を読み取り、その機械のしくみを想像し、頭の中で視覚化しながら訳していくことがあると思います。その場合は視覚やイマジネーションの処理を行う脳の部分も動かすことになります。

――これらの研究は、人間の翻訳プロセスを解明することで、機械翻訳に生かそうということでしょうか?

もちろん、それもあります。まずは人間の頭の中を解明し、それを人工知能に再現することによって、より精度の高いニューラルネット機械翻訳ができあがるといえますから。
ただそれだけではなく、英語教育や翻訳者育成といった面でも活用できると思っています。翻訳を学ぶとき、「翻訳演習を行い、講師の訳例や解説を参考にプロの技を盗む」といったやり方が主流だと思いますが、脳科学の研究がさらに進めば、例えばこれまで3年掛かっていた翻訳スキルの習得が6ヵ月でできるようなプログラムを開発できるかもしれません。そういう面での研究成果の活用も目指しています。

黒子ではなく主役になる、「悪態的」翻訳への挑戦!

――山田さんご自身、大学で研究するようになる前は、企業で通訳や翻訳をなさっていたそうですね。

もともと言葉や語学に興味があり、アメリカの大学に進学しました。卒業後は現地の自動車会社で通訳者として働き、日本帰国後は外資系自動車会社で社内通訳翻訳者として勤めました。そのうち部内での仕事が通訳・翻訳から、英語は使うのですが自動車開発のプロジェクト・マネージメントのほうに移行していき、マネージメントの勉強をみっちりとさせられました。大きな仕事ですし、面白さはあったのですが、言葉が好きなのに仕事は言葉からどんどん離れていってしまい……。そこで転職を考え、プロジェクト・マネージメントの知識と語学を生かせる仕事ということで、ITローカリゼーションのプロジェクト・マネージャーという仕事を選んだんです。

――転職して、語学やご自身のキャリアを生かせる職に就いた後、なぜ大学に戻って研究をすることになったのですか?

ITローカリゼーションの会社で翻訳支援ツールなどを使用するようになり、自分でもいろいろ勉強しようと情報を集める中で、日本通訳翻訳学会の存在を知りました。そこに翻訳学を研究している人たちがいて、面白いな、自分でもやってみたいなと思うようになったんです。 結局、社会人として10年ほど働きましたが、2007年に立教大学大学院に入り翻訳学の研究を始めると同時に会社は辞めました。ただ研究だけに偏りたくなかったので、翻訳ラボという翻訳会社を立ち上げ、翻訳の実務にも関わりながら研究を進めました。研究を続ける中で、いろいろな大学から声を掛けていただき、2015年からは関西大学外国語学部で教えています。

――大学では実務翻訳の授業などを担当されているようですが、ゼミでは面白い取り組みもなさっているようですね。

はい。ゼミの学生といっしょに「悪態的」字幕翻訳に挑戦しました。かの名作『ローマの休日』に関西弁の字幕を付けたんです。
この「悪態的」“abusive”というのは、ミシガン大学のマーク・ノーネス教授が唱えているのですが、「従来のルールにとらわれない」ということを意味しています。アメリカでは、世界中のあらゆるものが、まるではじめから英語で書かれたかのように、流ちょうな英語に翻訳されています。これをドメスティケーションというのですが、あまりにもアメリカナイズされていて、読者はもはや異国のものを読んでいると気づかない。果たしてこれは良いことなのか。アメリカ人はもっと外の世界に敏感にならなければいけないのではないか。もっと「悪態的」な翻訳があってもいいのではないか、と。
同じようなことが日本でも言えるのではないかと思います。例えば書籍の翻訳では、だれもが理解できる、わかりやすい表現が求められますが、それは無難なところに落ち着いているという見方もできると思うんです。もちろん、そのような翻訳をすることは大変なスキルがいることなのですが、機械翻訳に翻訳者の仕事が取られるかもしれないと危機感を感じる時代が到来した今、人間に求められている翻訳はもしかしたら「悪態的」な翻訳ではないかと。

――その「悪態的」翻訳の試みのひとつとして、関西弁字幕の『ローマの休日』の制作に挑戦したということですね。

そうです。字幕に方言が使われることなんてまずないけれど、「方言だって使ってもいいじゃないか!」「僕たちがあえて使ってみようじゃないか!」ということでこの挑戦が始まりました。
もちろん単に関西弁だと面白い、ということではありません。通常、字幕は映画を理解するための黒子的な存在で、目立ちすぎないほうがいい、それこそ無難なほうがいいとされがちですが、そうではなく、「翻訳で僕たちがこの作品に付加価値を付けることができないか」という発想から関西弁バージョンを考えついたのです。作品の中に「コロシアムに住んでいます」という字幕があるのですが、関西弁バージョンでは「大阪城に住んでいます」と置き換えています。字幕が主役になるくらいの翻訳を、という意気込みで完成させました。
※『ローマの休日』関西弁字幕版にご興味がある方はこちらのページから詳細をご覧いただけます。

――最後に、学習者の方にメッセージをお願いします。

まず前提として、勉強するのは当たり前。翻訳者であれば、勉強は一生やり続けるものだと心得ていただきたいし、目指す分野に関する深い知識も絶対条件として必要です。
そのうえで、機械翻訳という、いわば翻訳者にとって「ライバル」とも言える存在が現れた今、翻訳者であれば翻訳に関するあらゆる情報を、機械翻訳や翻訳支援ツールなどを含めて、すべて知っておくくらいの意気込みが必要だと私は思っています。
AIを駆使した機械翻訳は、もうすぐそこまで迫ってきています。「ライバル」といいましたが、ライバルはときには「味方」にもなります。翻訳者が機械翻訳と一緒になって大きなプロジェクトを動かす時代がまもなくやってくるでしょう。そこで活躍できる翻訳者になるためには、ライバルの実力がどのくらいなのか、自分がライバルに勝っているのはどういう点か、といったことを知っておく必要があります。私も業界団体の雑誌やイベントなどで情報を発信していますので、ぜひそういうことに敏感になって、今後の動向に目を向けていただきたいと思います。
これからの時代、無難な翻訳をしているだけではライバルに負けてしまいます。翻訳で世の中を変えるくらいの気持ちで、翻訳者として自分がやらなきゃいけない翻訳とはどういうものか、そういうことを考える翻訳者が一人でも多く出てくることを願っています。


編集後記

今回、機械翻訳について最新の情報を知ることができ、まず自分の想像以上に進化していることに驚きました。そして、機械翻訳が翻訳の市場を今よりもっと拡大してくれるのではないかという考え方に希望を持ちました。今後もアンテナを張って機械翻訳の今後を見つめていきたいと思います。

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<やまだまさる>

ウエストバージニア大学卒業後、アメリカの自動車会社で通訳として働く。日本に帰国後、外資系自動車会社で社内通訳翻訳者、自動車開発のプロジェクト・マネージャーの職に就く。ドキュメント制作会社でローカリゼーションのプロジェクト・マネージャーとして勤務した後、2007年に立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科に進む。同科博士後期課程修了。博士(異文化コミュニケーション学/翻訳通訳学)。関西大学外国語学部/外国語教育学研究科教授。日本通訳翻訳学会(JAITS)理事。研究の関心は、翻訳テクノロジー論、翻訳プロセス研究、翻訳通訳教育論)など。


<関連著書>


『翻訳通訳研究の新地平―映画、ゲーム、テクノロジー、戦争、教育と翻訳通訳―』 (晃洋書房)


『よくわかる翻訳通訳学』 (ミネルヴァ書房)


<関連リンク>

関西大学 外国語学部
山田研究室
株式会社 翻訳ラボ


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