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トラマガ

Vol.396 <前編>映像翻訳家 いずみつかささん

大人も子どもも大好きなディズニーの世界を
わかりやすく美しい日本語で届けたい

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(2017年12月5日更新)
今回、ご登場いただくのは、『アナと雪の女王』など多くのディズニー作品を翻訳されている、いずみつかささんです。子どもの頃から映画や本が大好きだったといういずみさん。しかし翻訳家になるまでの道のりには、意外なまわり道があったようです。前半では、いずみさんがどのようにして映像翻訳家になったのかを伺いました、また、アニメーション作品の吹替版は、どんなところに気をつけて翻訳しているのか、いずみさんが長年にわたり培ってきたテクニックも披露していただいています。

映画好き、本好きの少女は女優を目指し、そして……

――子どもの頃から洋画や本が大好きだったそうですね。

はい。私が子どもの頃は、テレビでよく洋画を放映していました。『刑事コロンボ』『刑事スタスキー&ハッチ』『ヒッチコック劇場』『スタートレック』等々。違う世界への憧れだったんでしょうね。よく観ていました。本を読むのも好きで、学校の図書館の本は隅から隅まで読みましたね。最初は興味のある本を選びますが、だんだん読む本がなくなって手当たり次第。まさに乱読でした。
高校生になると映画館に通うようになり、休みの日は2本立ての映画を2回、合計4本観たりしていました。最初は観るのが好きだったんですが、高校の演劇祭で演じた役で助演賞をいただいてしまって。「演じるのって面白いな」とその気になって、大学では演劇サークルに入りのめり込みました。
大学に通いながら夜間の劇団養成所に通い始め、卒業後は、そのまま劇団に入り女優を目指したんです。何かに夢中になると、それに向かって必死になってしまうんですよね。そういうわけで、子どもの頃の洋画好き・映画好きは、当初は翻訳ではなく自分で演じる方、俳優になるという方に向かっていったのです。
もちろん俳優なんて、そう簡単になれるものではありません。大学で語学を学んだので、劇団員として活動しながら、日本語学校の教師や、家庭教師をして生活費を稼いでいました。

――翻訳をするようになったのは、どういう経緯ですか?

私が所属した劇団テアトル・エコーには、外国映画や外国テレビ番組の吹替版を制作しているスタジオ・エコーという関連会社がありました。会社にはスタジオもあり、日本語吹替版の収録が行われていたので、劇団員はときどき声優としてアテレコに参加したりもしていたんです。
そのスタジオ・エコーから、翻訳をやってみないかと声を掛けていただいたのがきっかけです。1990年代の当時は、翻訳というと国際会議の仕事や書籍の翻訳というのが主流で、エンタメ系の翻訳者になりたいという若手が少なかったんです。それで大学で語学を学んだ私にも声が掛かり、最初はアルバイトの気持ちで翻訳を始めました。
ありがたいことに、吹替と字幕のそれぞれを現役の翻訳家の方に教えていただける寺子屋スタイルで、作品を実際に翻訳して、その訳文について議論をし、指摘を受け、学びながら仕事ができる環境でした。

――実践形式でプロに教わりながら仕事ができるとは理想的ですね。

はい。そのうえ、声優として作品に参加することもありましたので、その現場では「こんなこと、言うか?」「この尺に、こんな長いセリフじゃあ、気持ちが込められないだろう」と声優の先輩方からお叱りの言葉を浴びせかけられて、鍛えられました。
ちなみに尺というのは、セリフの長さのことです。画面で主人公の口が動いている長さ(尺)に、日本語のセリフの長さがぴったり合うように私は作ったつもりなのですが、ベテラン声優が気持ちを込めて演じると、言葉数が多すぎて尺に収まりきらない、というご指摘です。現場で長年やってきている方の意見は本当に貴重です。その声を次の翻訳に生かしつつ、翻訳のやり方を身につけていきました。

――最初は俳優を目指すかたわらアルバイトとして翻訳を始めたということですが、翻訳のほうに切り替えたのは何がきっかけだったのですか?

外国の紀行番組のインタビュー部分や、ニュースインタビューのボイスオーバーなど短いものから仕事を始めて、そのうち先生の監修のもと映画の翻訳をさせていただくようになりました。私にとって長尺映画の吹替翻訳、2作目だったと思います。クリント・イーストウッド主演の『ルーキー』という作品の吹替翻訳を担当し、アテレコの現場に立ち合ったときのことです。クリント・イーストウッドの声を担当していたのはルパン三世の声でおなじみの劇団の大先輩、山田康雄さんだったのですが、休憩時間に「おまえは役者の才能はないけど、翻訳は最高だな」と言われたんです。
実は自分でも役者についてはうすうす感じていたのですが、大御所にズバリと指摘されて、じゃあ翻訳で頑張ってみようと心が決まりました。

――翻訳は一人で家にこもってする仕事で、目指していた俳優の仕事とはかなり違うようにも思いますが、翻訳をするのはきらいではなかった?

一人で家にこもって翻訳をするのはまったく嫌ではなかったですね。特に吹替翻訳は登場人物のセリフを実際に声に出して確認しながら作っていきますから、一人でキーボードを叩きながら何十人分ものセリフを演じるのを、むしろ楽しいと思っていました。
思い起こせば子どもの頃。当時は家にビデオもありませんでしたので、テレビで放映された洋画を録音して、そのセリフを全部自分で書き起こしていました。まさに台本ですよね。役名を書いて、セリフを書いて……そうすると本のかたちで、いつでも好きなときに読めるでしょう。結局、そこに戻っていったってことですね(笑)。

吹替翻訳は、翻訳をベースに日本語版脚本を書く仕事

――現在はディズニーの作品を多く手掛けていらっしゃいますね。

はい。初めてディズニーの作品を手掛けたのは劇場版の『トイ・ストーリー』でした。この作品は、ディズニーとしては初のCG作品で、まだCGアニメーションは世の中に浸透していませんでしたが、結果的にヒットして第3作まで製作されました。私にとっては初めての劇場版だったので、とても思い出に残っています。その後、テレビでディズニー・チャンネルの放送が始まって、ディズニー作品を翻訳する機会がどんどん増えていきました。

――アニメーション作品の吹替翻訳ということで難しいのはどういうところですか?

口の動きと日本語のセリフを合わせるのが難しいですね。特に劇場版の場合は大きなスクリーンで口の動きもよく見えるので。アニメーション作品のオリジナル版は、先にセリフの録音をして、その音にぴったり合うように口を描くんです。日本語版は、出来上がったアニメーションに合わせてセリフを作るので、ただセリフの意味を正しく訳しただけでは、音と口が合わなくなってしまいます。
一番目立つのは文章の最後ですね。例えば“〜you.”と「ウ」の口で終わっているのに、日本語のセリフを「〜おまえ」としたのでは口の形が違ってしまいます。語順を変えて「〜する」で終わらせるとか、「おまえ」「おまえだ」ではなく「おまえだろう」にするなど工夫します。
それから、画面では口がまだ開いているのに日本語のセリフは終わってしまっているとか、口がパクパク動いているのに吹替のほうは息継ぎをしている、といったことも、劇場のような大きなスクリーンで観ている観客にとっては、ちょっとした違和感に繋がります。語順を入れ換えたり、言葉を換えたりして、口の動きに合うように調整しています。

――主人公が本当に日本語で話しているみたいに見えるように、セリフを作り込んでいるんですね。他にも難しいところはあるでしょうか?

そうですね。セリフを作るとき、正確さももちろん大切ですが、キャラクターの特徴を出すこと、物語の世界観になじむセリフにすることをとても意識しています。例えば、プリンセスが主人公の物語は、それを観る子どもたちにとって夢の世界です。その世界観を壊さないように、言葉づかいには特に注意してセリフを作っていきます。最近はあまり凝りすぎない自然なセリフが好まれますが、それでもちょっと古風なプリンセスだと語尾に「〜だわ」などと入れてみたり。動物のプリンセスだったら、さらに個性的なキャラクターとして描くために、「〜じゃなくてよ」と言わせたり。子どもが日頃使わない、現実離れした言葉づかいを入れることで、非日常を感じてもらえるかなと思っています。
もちろん、ディレクターやクライアントのチェックの時点で、「ちょっとやりすぎじゃない」と指摘が入ることもあるので、調整しながら決めていきます。

――ディレクターやクライアントのチェックでは、他にどんなことを指摘されますか?

そうですね。チェックするディレクターやクライアントは、日本語の作品として出来上がった台本だけを読みます。そこで、意味が通じない、わかりづらい、というところを指摘されることがあります。私も、十分注意して翻訳しているつもりですが、翻訳者は英語の台本の内容を情報としてすべて頭にインプットしたうえで訳しているので、ついわかったつもりで書いてしまうことがあるんです。尺を合わせたりキャラクターの特徴を出したりと、セリフを練っていくうちに削ってしまうんですね。
英語の情報をすべて盛り込めればよいのですが、英語と日本語は言語体系が異なりますから、一対一で訳すことはどうしても無理があり、字幕ほどではないにしろ、吹替でも情報の取捨選択は必要です。視聴者の方は、日本語になった情報のみを聞くわけですから、そこで物語を楽しむための情報が足りないということにならないように、しっかりしたチェック体制で、万全を期しています。

――では、子ども向けの作品ということで、難しいところはありますか?

いろいろありますが、笑いを取るセリフは特に難しいですね。何かの言葉遊びで、アメリカの子どもならみんな知っていて笑いが起きるようなものの場合、そのまま訳しても日本の子どもには「?」となってしまいます。そんなときは図書館にいって小学生向けのダジャレクイズの本を読みあさって、ぴったりくるダジャレを探したりします。
私が駆け出しの頃、教えていただいた翻訳家の方に、「吹替翻訳というより脚本を書く仕事だ」と言われたことがあります。つまり英語のセリフをそのまま訳すのではなく、“笑うシチュエーション”を訳さなければならないということです。元の英語の訳そのままでなくても、アメリカの子どもが笑うように日本の子どもが笑えるようなダジャレをもってくる、それが吹替翻訳です。たったひとつのセリフの訳を見つけるのに丸一日かかってしまった、なんてこともありましたね。
それから子ども向けアニメーション作品には挿入歌がよくあるのですが、その歌詞の翻訳が大変です。同じ翻訳でも、セリフと歌詞ではやり方が違います。ただ、耳で聞いてわかるように、というのはセリフも歌詞も同じで、特に子ども向けのアニメの場合は、なるべく平易な語彙を使い、区切れ目がわかりやすいように気をつけています。それから歌詞の場合、音符に合わせるとイントネーションが言葉本来のものとかけ離れてしまう場合があるので、そこは慎重に言葉や語順を選んでいます。セリフの翻訳よりずっと時間がかかりますね。
これは子ども向けだからというわけではありませんが、固有名詞がたくさん出てくるところも悩むところです。情報を伝えるために、実際にはAさんが言っているけれど、その前のBさんのセリフに入れ込むといったことをすることもあります。例えば、B「それで、どうしたの」、A「ニューヨークに行ったときキャサリンとジョナサンが〜」なんてセリフの時、B「ニューヨークの話だっけ」、A「キャサリンとジョナサンが〜」といった具合です。

――そのようなテクニックは、どうやって身に付けていったのですか?

一つ一つ具体的に教わったわけではありませんが、他の翻訳者が訳した吹替翻訳の作品を観て、ヒントを得たところはありますね。「ああ、こんなふうに別の人のセリフに振り替える返る形でもいいんだな」と納得して、自分が翻訳するときにも実践してみる、という感じです。


俳優のタマゴの時代を経て、映像翻訳家になったいずみさん。俳優の修業時代に培った役柄を演じることが、きっとセリフ作りに役立っているのですね。後編では劇場版吹替翻訳が出来上がるまでを詳しくお伺いしています。どうぞ、お楽しみに!

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<いずみつかさ>

1965年神奈川生まれ 東京外国語大学 外国語学部 中国語学科卒。大学卒業後、映画、TV、DVD/BD等の日本語吹替版、日本語字幕版の翻訳に従事、現在に至る。株式会社スタジオ・エコー所属。主な吹替作品は、【劇場作品】「トイ・ストーリー」シリーズ、『アナと雪の女王』『美女と野獣』、【DVD/BD作品】『ラプンツェルのウエディング』、『ミリオンダラー・アーム」』【TVシリーズ】「ちいさなプリンセス ソフィア」シリーズ、【オンデマンド配信作品】『Fear the Walking Dead』『RENT』等。字幕もふくめ翻訳作品多数。


<関連リンク>

株式会社スタジオ・エコー


<主な翻訳作品(吹替)>

【劇場作品】
『アナと雪の女王』
『美女と野獣』
「トイ・ストーリー』シリーズ(1〜3)
『アナスタシア』
『パイレーツ・オブ・カリビアン / 生命の泉』
『マレフィセント』
『ローン・レンジャー』
『塔の上のラプンツェル』
他多数

【DVD/BD作品】
『ウォルト・ディズニーの約束』
『幸せの教室』
『ミリオンダラー・アーム』
他多数

【TVシリーズ】
「ちいさなプリンセス ソフィア」シリーズ
他多数

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