トラマガ
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 【前編】 【後編】
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(2009年1月9日更新)
今号は、出版翻訳家、芹澤恵氏のインタビューをお届けします。出版翻訳を一生の仕事にしようと思い始めたとき、同時に抱えていた不安と焦り。そんな時に出会った恩師の言葉が、その後の支えになっているそうです。時には仕事で落ち込んでも、翻訳そのものに退屈したことは一度もない、という芹澤氏のインタビューをぜひ最後までご覧ください。

芹澤 恵>(せりざわ・めぐみ)

★趣味は定番ながら読書と映画。どんなときでも本がないとダメという典型的な活字中毒。
★翻訳のおともに流すBGMはインドネシアのガムラン音楽。ただし翻訳が興に乗ってきたらBGMは必要ない。
★暇ができたら骨休めに訪れるのがバリ島。ロマンス小説の翻訳で舞台として出会い、その4年後に実際に訪れて虜になったのだとか。

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――子ども時代、ぼんやりと憧れを抱いた翻訳の仕事
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 私が翻訳を初めて意識したのは、かなり小さい頃でした。『若草物語』や『赤毛のアン』を読んで、「外国の文学を日本に紹介する仕事があるんだな」とぼんやりと考えたことを覚えています。中学生になると今度は洋画にはまりました。「好きな映画をずっと見ていられる仕事は、映画評論家か字幕翻訳家かな」などと考えたりして。しかし、大学を卒業して社会人になる頃、時代はちょうど就職難。教育実習でお世話になった母校で、「来年、英語教師の空きがあるけどどう?」と言われ、いろいろと考えた結果、教職に就くことに決めました。
 生徒たちは手がかかるわけでもなく、朝が早いかわりに夕方は割と早めに帰れる職場で、恵まれているといえば恵まれていたのですが、そうなると人間というのはどこか飽きたらずに何かがしたくなるものです。教師としてもっと英語を磨きたいとコミュニティカレッジに通ったり、いろいろと模索を始めました。
 そのうちに思い出したのです。翻訳に興味があったことを。翻訳ってどうやって勉強すればいいんだろう。そこで初めてフェロー・アカデミーの門を叩きました。

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――楽しくてしょうがなかった学習1年目
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 憧れの映像翻訳家への道が開けるかと思い、フェローの相談会に出かけていったのですが、そこで私の夢はまたたく間に打ち砕かれました。いわく「映画の仕事、今はあまりありませんよ」と。今のようにDVDやCS放送などない時代です。劇場映画の字幕の仕事は名の知れた翻訳家で十分だし、テレビの吹替も新人が入る余地はありません。そこで、「人を描くことでは同じだから、出版翻訳を学んでみては?」とアドバイスを受け、もちろん本も大好きだったので、出版翻訳を勉強してみることにしたのです。
 1年間、フェローの通信講座出版翻訳の基礎を学びました。実はそれまでにも単発の翻訳講座を受けたことはあったのですが、先生によって教える内容が違っていたりして、迷いが生じていました。その点、フェローの通信講座は1人のトレーナーによる担任制で、修了まできっちり面倒見てくれるということだったので安心感がありました。
 先生のアドバイスは具体的で、ポイントを的確に押さえていてわかりやすく、なおかつ褒め上手でした。職場では厳しく指導されていましたから、この頃は勉強が楽しくてしょうがなかったですね。ただ、次の1年は、まったく違う状況になりましたが。

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――真っ赤になるまで直された日々
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 通信講座が終わる頃、当時ブームになっていたロマンス小説のトライアルを受けたのですが、結果は不合格。とはいえ、どうやら人手不足だったようで、プロダクションの方のチェックを受けながら翻訳をさせてもらうことになりました。  ある程度翻訳したらプロダクションに持って行って赤字を入れてもらう。赤字を反映させて清書。また次の部分の翻訳に取りかかる、という繰り返しです。
 1年目の通信講座と違い、2年目は一人前でないとはいえ、一応仕事です。まずは、翻訳する分量の多さに圧倒されました。ただ、当時の私は翻訳するスピードが速かったので、量はこなしていたと思います。
 キャリアを積んだ今よりも、新人の頃のほうが翻訳スピードが速かったのはなぜか。それは訳すバリエーションを知らず、迷いがなかったからです。"He said,"と出てきたら「彼は言った」、もうそれしかありませんでしたから。
 このとき、めいっぱい赤字を入れられて、本当に多くのことを学びました。"He said,"は、訳さないことも可能だと知ったのもこの頃です。
 ロマンス小説というのは、究極のエンタテインメントです。読者サービスに徹して訳すことを徹底的に叩き込まれました。ロマンス小説の訳し方マニュアルもあったんですよ。例えば「読者の夢を壊すような表現はしない」「わかりにくい日本語は使わない」等々。この頃教えていただいたことは、仕事を続けていくうえで、とても参考になっています。

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――私の翻訳人生を支える恩師の言葉
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 2、3冊、チェックを受けながら訳した後、チェックなしで一人前の翻訳者として仕事をいただけるようになりました。ただ、残念なことにロマンス小説は徐々に下火になり、仕事そのものがなくなっていったのです。
 この頃はすでに翻訳の面白さに目覚め、一生の仕事にしたいと思い始めていたので、この状況に焦りました。そんなとき、フェローで新しくミステリ翻訳の講座が開講するので受けてみないかとのお話をいただきました。ミステリも大好きな分野でしたし、ちょうど女探偵ものの人気が出てきた頃で興味もあり、受講することに決めました。これが恩師である田口俊樹先生との運命の(!)出会いでした。
 結局、田口先生の講座には5年間ほど通い、3年目くらいからは先生に紹介していただいた仕事をするようになりました。
 先生からは多くのことを学びましたが、その中でも心に残っている言葉を2つほどご紹介しておきます。1つは、多分、講座が始まって間もない頃だったと思います。私のつぶやきに先生が答えてくれたこの言葉です。

「翻訳は才能がないとできないものでしょうか」
才能は最後のレベルで問題になるもの。そこに達するまで努力を続けられれば、まず翻訳者としてものになると思うよ

 この言葉は今でも私の心の支えになっています。
 それからもう1つは「翻訳はサービス業だ」という言葉です。誰が、何のために読むのか。
翻訳者はそれを一番に考えて訳さなければならない、ということ。私がやっているのはエンタテインメントの翻訳です。読者にストレスを感じずに楽しんでもらうことが使命なのです。
 これはどんな翻訳でも変わらない基本の部分。ミステリ、ロマンスと分野は違っても、もっと言えば、実務翻訳の分野でも、読み手が何を求めているのかを考えて訳すというのは、共通する"翻訳の根っこ"ではないかと思います。

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