創立1975年 翻訳の専門校 フェロー・アカデミー Fellow Academy
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言葉のチカラ

竹原ミチコ(Michiko Takehara)
通訳者

プロフィール

日・葡・英語の通翻訳者。ブラジル生まれ、日本語・ポルトガル語のバイリンガル家庭育ち。サンパウロ大学文学部日語日文学科並びに葡語葡文学科を卒業、京都大学文学部並びに信州大学人文科学研究科に留学。サンパウロ大学在学中は翻訳事務所に勤務した後、サンパウロ大学日本文化研究所に研究員として5年間在籍。信州大学在学中はハローワーク松本にて外国語通訳を務める。その後8年間に渡って多数の国際協力プロジェクト通訳等をこなし、4年間の駐日ブラジル大使館勤務を経て、2007年よりフリー通翻訳者として独立。通訳暦は学生時代に始まって現在26年目。

「言葉の力」―― 通訳の視点から

誰かがA語で話した内容をB語に置き換えて別の誰かに伝えることで、両者の異なる言語によるコミュニケーションを成立させる通訳者の仕事は言葉なくして存在し得ず、「言葉」に始まり、「言葉」に終わるとも言える。
そして、そのように二つの言語の橋渡しをしながら私が常に意識しているのは、話者の言葉は自分に託された「大切な預かり物」で、それを聞き手に丁寧且つ確実に届けるのが通訳の任務だということである。
そこには両言語における高度な理解力と表現力や、両者の文化に対する深い理解、そして発信されたメッセージを正確に受け止め届けようという誠意が求められるのは言うまでもないが、何よりも重要なのは「言葉」というものに対する本質的な「信頼」ではないかと考える。

つまり、人がこの世で行なえる三つの働き―意識の働き、言葉の働き、身体の働き―のうち、「言葉の働き」は他の二つを繋ぐ中間にあり、またそれらについて他者の理解を得る上で最も有力なコミュニケーションツールでもあるということに対する信頼である。
そして、そのような「言葉の力」というものは、民族や言語、文化等の隔たりに関係なく、普遍的なものであるということへの信頼である。言葉を通して人は人と必ず通じ合えるという信頼感があって初めて通訳者は自信をもってその役割に挑めるのではないかと思うのである。

勿論、異なる言語間の橋渡しは容易なことではない。

大変印象に残ったエピソードを一例に挙げたいと思う。
数年前、某国大統領が来日され、日本の議員数名による歓迎会に日本側通訳として入らせて戴いた時のことである。先方にも通訳者がいて、プロトコール上大統領スピーチを日本語に訳すのは彼の担当となったのだが、その通訳内容に私は初め驚いた。なぜなら、一国の大統領ともあろう方の通訳にしては、随分初歩的な日本語レベルに思われたからである。「日本企業による我が国への直接投資の拡大を希望します」といった内容を「日本の会社、もっといっぱい私達の国にお金下さい」とするような具合だ。
しかしこの通訳者は終始堂々としていた。
語彙力・表現力の問題はさておいて、自分の操れる限られた言葉を最大限に活かして懸命に訳すその姿に、何だか通訳の原点を見たような気がして感動すら覚えた。

例え大統領の言葉の全てが日本議員に伝わらなかったとしても、メッセージの真髄は伝わったはずであり、それを可能にしたのは、通訳者の「言葉の力」に対する信頼だったのではないかと思う。私もここで初心に返り、今一度自分の言葉の力を磨きたいものである。

竹原ミチコさんの関連サイト