シネマ掘り出し市

受講生・修了生が翻訳を手がけた映像作品をクローズアップ。
翻訳裏話もたっぷりお届けします。
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シネマ掘り出し市

今回の作品
『ルシファー』

吹替翻訳:橋本真砂子さん

今回紹介するのはアメリカの人気ドラマシリーズ『ルシファー』。地獄を飛び出した悪魔の王ルシファーと殺人課の敏腕女性刑事がコンビを組んで事件を解決する、コメディ要素たっぷりのクライム・サスペンスです。本作を吹替翻訳された橋本真砂子さんにお話をうかがいました。

  • 『ルシファー』
  • 【作品紹介】

    アメリカの人気テレビドラマシリーズ。地獄の王であるルシファーは、“天使の街”ロサンゼルスの高級ナイトクラブのオーナーとして放蕩三昧な生活を送っている。ある日、殺人事件が起こり、ロサンゼルス市警殺人課の刑事クロエと出会う。ルシファーは不死身で、人の本音を引き出すことができるのだが、なぜかクロエの前では悪魔の能力が通じず、人間のように弱くなってしまう。クールな女性刑事とお調子者のイケメン悪魔のコンビが、事件を解決するクライムサスペンス!

    ■プロデューサー:ジェリー・ブラッカイマー
    ■出演:トム・エリス、ローレン・ジャーマン、ケヴィン・アレハンドロほか
    「LUCIFER/ルシファー<ファースト・シーズン>」
    DVD コンプリート・ボックス(7枚組)¥9,400 +税
    「LUCIFER/ルシファー<セカンド・シーズン>」
    DVD コンプリート・ボックス(3枚組)¥12,000 +税
    デジタル配信中
    販売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
    (C)2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

ルシファーのチャーミングなキャラが見どころ
異世界の者たちが人間界で成長する姿に毎回ホロリ

  • まず、このドラマの見どころを教えてください。

    橋本さん

     一番の読みどころはやはり、歩いて喋る骸いちばんの見どころはルシファーというキャラが、とにかくチャーミングなことです。型破りに見える言動はどこまでも純粋であるからなのですよね。「完全」であるはずの存在が「不完全」な人間に触れるうちに、初めて芽生える感情に戸惑い、怒り嘆く姿に引き込まれます。また「絶対」である神を父に持ち、反発する姿は幼い子どものようにも見えます。彼を取り巻く異世界の者たちも人間界に降り立ったことで、これまでなんの疑問も抱かなかった矛盾に気づき、葛藤する中で成長していきます。その姿に毎回ホロリとさせられ、作業中に号泣したこともありました。おふざけだけではなく、自己の生き方も考えさせられる奥深いところが最大の魅力です。本国では女性に大人気のドラマのようで、私のように母性がくすぐられた人たちが続出しているのでしょう。

    • ©2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
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  • キャラクター設定が凝っているドラマですが、翻訳ではどのような工夫をされましたか?

    橋本さん

     天使だったルシファーは父である神に天界を追放され、地獄の王となりました。地獄に飽きて人間界に来た彼の前で、人は心に秘めた本当の欲望を口にしてしまい、それが事件解決の鍵になります。ルシファーのセリフには下ネタがバンバン含まれるのですが、イギリス英語で話しているため、下品になりすぎないように気をつけています。鋭い洞察力と揺るぎない正義感を持つクロエは検挙率ナンバー1を誇りますが、ある事件をきっかけに周囲の刑事たちから孤立していました。そういう設定であることから、芯が強く凛としたセリフにしたいと考えています。また、ルシファーの破天荒ぶりにあきれつつも辛抱強く見守る愛情の深さもにじみ出るように工夫しています。型破りなルシファーと常識的なクロエの噛み合わない会話が面白いところですので、できる限りオリジナルのニュアンスを出せるように心がけています。

  • きわどい表現やダジャレも多いですね。そういったセリフはどう考えているのですか?

    橋本さん

     普段は使うことがない強烈にお下劣な言葉を「放送できる範囲で」セリフに入れ込めるので、ある意味、ストレス発散になっています(笑)。ただ、使ったことがない言葉はなかなか浮かばないため、類語辞典やインターネットで調べながら進めています。内容が内容なだけに怪しい詐欺サイトをクリックしてしまったらどうしよう…と一抹の不安がよぎりますが。最も楽しいのはダジャレやパロディの処理を考えている時です。同時に産みの苦しみを感じる時でもあり、納期ギリギリまでひたすら悩んでいます。とはいえ、あまり悩まずにパッと出たダジャレのほうがハマることが多いですが。ルシファーの「Easy, peasy, Chinese-y!」というセリフをベタなダジャレで処理したときは、テストロールの収録時に主演の遠藤大智さんがさらに面白おかしく演じてくださり、現場が笑いに包まれ、小さくガッツポーズをしてしまいました。
     また先のエピソードを観ていない状態で翻訳作業をしていくため、重要な言葉が後々判明することもあり、その時点で修正を入れていくこともあります。特に同音異義の英単語がキーワードになっていたことがあり、日本語では別の言葉になってしまうため、悩んだ末に現場で皆さんと話し合って結論を出しました。このシリーズの吹替翻訳は複数の翻訳者で分担しています。用語やトーンの統一には注意が必要ですが、作業の遅い私には、じっくり考えられる納期をいただける分担作業のほうが性に合っていると思っています。

    • ©2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
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  • テレビドラマのシリーズと映画では、翻訳するうえで違いがありますか?

    橋本さん

     DVDなどの映画作品は短期間で一気に集中すればいいので、体力的に多少無理がききます。また、その1本という限定された範囲でベストな翻訳を考えられるのがメリットでしょうか。ただ、その仕事が終われば次の仕事への保証がなく、そこが不安ではあります。
     TVシリーズは分担作業の場合も多く、先の展開が分からないうちに作業しますので、基本は原文どおり、かつ日本語として違和感なく訳出する必要があります。さらに、長期戦になるため、しっかり計画的に進め、睡眠時間を確保していかないと体力が持ちません。その代わり、シリーズものを担当させていただけると、先のスケジュールが確定しますし、次のシーズンも担当させていただける可能性が高くなりますので、精神的にはすごくラクです。

訳者の個性は消しあくまで黒子に徹したい

  • 橋本さんは少女時代に観た『スター・ウォーズ』などの映画がきっかけで翻訳者を目指し、
    30代で見事に夢をかなえたそうですね。デビューから今まで、どんなふうに仕事を続けてこられたのですか?

    橋本さん

     2003年にデビューはしたものの仕事が途切れてしまう時期もあり、精神的にとてもつらかったです。好きで始めた仕事なのに、その仕事ができないわけですから。その時期はとにかく本を読み、映画を観て、知識を蓄える時期だと自分に言い聞かせて過ごしました。トライアルも受けましたが全滅でしたね。ただ、私の場合、幸運なことに仕事をご紹介いただくことが多く、特に2008年に吹替翻訳を始めてからは受注が途切れることがなくなり、以降は常にフル稼働している状態です。ちょうど吹替翻訳が増えつつある波に乗れたからかもしれません。やはり忙しいくらいのほうが気持ちはラクですね。

  • 現在はフェローの「アンゼゼミ」を受講中ですが、翻訳の仕事をしているのに通学講座を受講しようと思った動機は何ですか?

    橋本さん

    「あのアンゼ先生が今も教えていらっしゃる」と知ったのが受講の大きな動機です。アンゼ先生は以前から存じ上げていましたが、ちょうど『ホビット』シリーズを観た頃にゼミのことを知り、受講を決めました。トールキンの原作は途中までは読んでいまして、原作の雰囲気を壊さず、なおかつ分かりやすい翻訳にされていることに非常に感銘を受けました。また、当時もコンスタントにお仕事をいただいていたものの修正が多く、クライアントさんに申し訳なく思うことが多かったのも理由です。講義を受け始め、自分に足りなかった点を認識できるようになりました。アンゼ先生の言葉選びのセンスや洞察力には圧倒されることが多く、第一線で活躍されている方のお仕事に対する姿勢も学ばせていただいています。
     また、ほかの受講生さんの訳文も本当に参考になり、毎回、気づきがあります。私自身としても「his/him」などの代名詞が示す人物を取り違えることが多く、流れがうまくつかめていないことがあると分かりましたので、実際の仕事でも見直しと推敲の時間を多く取るようにスケジュールを組み直しました。そのぶん常に時間に追われることになり、ときどきゼミと仕事の両立が厳しいと思うこともありますが、それ以上に得るものが多く、これからも受講を続けていきたいと思っています。ゼミの先輩からお仕事のご紹介をいただくことも多いです。スケジュールが合わず、まだ実現できていないのですが、将来的にはルートを広げていきたいと思っています。

  • 映像翻訳者として心がけていることは何ですか?

    橋本さん

     いち視聴者と同じ目線で、オリジナルの面白さをできる限り正確に伝えることが目標です。海外映画・ドラマ好きの視聴者として、あまりにも意訳された翻訳にガッカリしてしまうことが多いので、訳者の個性は消し、あくまでも黒子に徹したいと考えています。吹替がメインですので、オリジナルのキャストがあたかも日本語で話しているような自然なセリフ作りを目指し、そのキャラに合った言葉選びに時間をかけるようにしています。また、解釈に迷ったところは、とことん調べるように心がけています。オリジナルの意図を崩さず、日本語として楽しめるセリフ作りが理想です。とは言うものの、今は試行錯誤の段階でして、まだまだ理想にはほど遠いのが実情です。

  • ご自身がフェローを受講されたときの経験や翻訳者としての仕事経験を踏まえ、
    現在映像翻訳者を目指して学習中の方にアドバイスをお願いします。

    橋本さん

     勉強法などはすでにご存じだと想定したうえで、旧約・新約聖書は知識として入れておいたほうがいいかと思います。欧米のありとあらゆる作品の根底に聖書の思想が流れていると思われます。また、『スター・ウォーズ』『ゴッド・ファーザー』『フォレスト・ガンプ』など今でもパロディで使われるような名作は観ておいたほうがいいですね。話題になった音楽や書物などもなどもチェックしておいたほうがいいです。セリフや歌詞の引用が出てきた時に、すぐに気づけるだけで作業効率が変わりますから。デビューしても仕事がない時期があるかもしれません。その時に、どれだけインプットできるかで、その後の成長度が変わってくると思います。時間がある時にできるだけ多くの知識を蓄えてください。

橋本真砂子さんのプロフィール

橋本真砂子さん

高校からアメリカに留学。高校時代に1年間アメリカに留学し、さらに大学に進学。帰国後、英語力をいかし派遣の仕事をしながら30歳ごろから映像翻訳の学習を始め、フリーランスに。2009年「世界自然・野生生物映像祭」で翻訳賞受賞(字幕翻訳)。現在は吹替翻訳を中心に手がけながら「アンゼゼミ」を受講中。主な翻訳に『暴走地区―ZOO』シリーズ1~3、『埋もれる殺意』シリーズ1~2、『レギオン』シリーズ1、『もっと!トムとジェリーショー』など多数。

  • 橋本さんの翻訳作品『暴走地区―zoo』S1~S3

  • ■橋本さんの翻訳作品
    『暴走地区―zoo』S1~S3

    「私の好きなビリー・バークさんが偏屈な科学者を演じていて最高にいい味を出しています。キャラもそれぞれ個性的で、とても思い入れのある作品です。最先端科学のネタが多く、調べ物には非常に苦労しました。日本語版のスタッフさんも役者さんも最高の布陣でした!」

  • 橋本さんの翻訳作品『レギオン』S1

  • ■橋本さんの翻訳作品
    『レギオン』S1

    「正直に言えば、過去最大につらかった作品です。時系列が入り組み、それぞれのシーンが現実か幻覚か判断に迷わせる作りでしたので、全体像が見えるまで非常に苦労した作品です。脳を揺さぶられるほど圧倒的な映像と予想を裏切るストーリー展開は必見です!」

  • 橋本さんの翻訳作品『もっと!トムとジェリーショー』

  • ■橋本さんの翻訳作品
    『もっと!トムとジェリーショー』

    「子どもの頃に観ていた「トムとジェリー」を担当できた嬉しさは言葉では表せません。ずっとジェリー役の声を担当されている堀絢子さんの収録に立ち会えたのが感激でした。」

橋本さん、ありがとうございました。仕事が途切れてスランプに陥ったときも、その後のチャンスに備えて知識を蓄え、時間を有効に活用する。そんな陰なる努力も成功の一因なのでしょうね。そしてコンスタントに仕事を続ける今も、ゼミに通って新たな気づきを得ようとする姿勢に頭が下がります!

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