『ヴェノム』-翻訳者インタビュー/字幕翻訳:アンゼたかしさん|翻訳の専門校フェロー・アカデミー

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今回の作品
『ヴェノム』

字幕翻訳:アンゼたかしさん

いまや数々の劇場映画の翻訳を手がけ、代表的な映像翻訳家のお一人であるアンゼたかしさん。最近翻訳された話題のアメコミ原作映画『ヴェノム』のお話をうかがいながら、30年の翻訳家人生についても語っていただきました。

  • 『ヴェノム』
  • 【作品紹介】

    『スパイダーマン3』に登場した悪役ヴェノムが、今回は主役に。ライフ財団の若き代表ドレイクは、ひそかに宇宙から、ある生命体のような物質を地球に持ち込ませる。その物質を人間と合体させることによって、宇宙に適合した身体能力を持つ人間を作りだそうという野望のもと、過激な人体実験を開始。ホームレス失踪事件とドレイク財団の関係を疑った記者エディ・ブロックは、財団に忍び込むが、その物質に寄生されてしまう。ヴェノムと名乗るその寄生体はエディに超人的な身体能力をもたらすいっぽう、頭の中でエディに話しかけ、やたらに「生きた餌」を要求する。エディとヴェノムの特殊なコンビは、ドレイクの野望を阻止することができるだろうか?

    ■監督:ルーベン・フライシャー
    ■出演:トム・ハーディ、ミシェル・ウイリアムズ ほか
    ■配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
    公開中

宇宙からの寄生体ヴェノムと、寄生された記者エディ
じつは二人羽織的なかけあいが面白いダークヒーロー映画

  • どのような経緯で『ヴェノム』を翻訳されるようになったのでしょうか。

    アンゼさん

     海外バージョンの予告を観て、このグロさ、しかもトム・ハーディ、ぜひとも翻訳を手がけたいと思っていました。
     たまたま配給会社の担当の方と別件で話していた時に、「ところで翻訳を…」と言われた瞬間に「もしや…」と思ったらこの作品の依頼で、本当にブワーっと鳥肌が立ちました。大好きなトム・ハーディ、しかもアメコミ原作で思い切りダークなテイスト。これほど嬉しいことはありません。そしてふたを開けてみたら予想を超えるおもしろさでした。

  • アンゼさんが気に入られたキャラクターは?

    アンゼさん

     これはもうエディとヴェノム(声はトム・ハーディ)でしょう。ノリが80年代のバディ・ムービーっぽいというか。何ともいえない掛け合いの妙に、サンフランシスコ名物、坂のカーチェイス、最高すぎです。もちろん、他のキャラもそれぞれいい味を出していると思います。特にコンビニのおばさんのチェンとか。

    • 映画『ヴェノム』のワンシーン
    • 映画『ヴェノム』のワンシーン
  • アメコミ原作映画ということで、事前に参考にしたものはありますか? またヴェノムに寄生されるエディの台詞で工夫したことは?

    アンゼさん

     映画『スパイダーマン3』、アメコミを何冊か、それとファンサイトのヴェノム・ネタは事前にチェックしました。
     ヴェノムは見た目も声もおどろおどろしく、地球を侵略に来るのですが、エディとの共生によって徐々に見た目とは逆のベクトルに変化していきます。その変わっていく感じが出るよう気をつけました。
     一方、エディは上司に「切れ者だが、とんだマヌケだ」と言われるシーンがあって、まさにそのとおりのキャラだと思います。自分では優秀で弱い者の味方、アウトローなジャーナリストだと思ってるけれど、じつは正義感も半端だし、案外情けない。その辺は、映画で描かれているとおりにカッコつけてる面とダサダサな面がうまく出るよう気をつけました。
     セリフ1つ1つというより、作品のテンポとテイストを損なわないようにすることを心がけました。できるだけ落ちこぼれコンビのダメダメ感というか、二人羽織的な感じを出しつつ、締めるところは締める、みたいな。
     セリフで工夫したところといえば、最後の方で「~空っぽだ」と言う台詞があります。原文は「~nothing.」で、いろいろな訳語をあてることは可能ですが、シーンに合わせてあえて「空っぽ」にしたところでしょうか。

    • 映画『ヴェノム』のワンシーン
    • 映画『ヴェノム』のワンシーン
  • SNSなどで、アンゼさんの翻訳のクオリティの高さが話題となっていますが、ご存じでしょうか。

    アンゼさん

     作品を楽しんでもらえたのなら、そうした評価は嬉しい限りです。ですが翻訳者はあくまで黒子、ただただ作品を堪能してもらえれば、それで十分です。SNS等では、いい意見にしろ批判的な意見にしろ、本当に皆さん細かいところまで観ている。翻訳者も気を抜けません。

  • 読者に、この作品の見所を教えてください。

    アンゼさん

     トム・ハーディのダメっぷり(笑)と、グロいヴェノムがじつは……なところ。何となく見た目でこの映画を敬遠してる人は、そんな映画ではないってことをぜひ劇場で確認してほしいですね。

「原稿を待っている人の期待に応えなければ」
その一心で30年、締め切りを乗り越えてきました

  • バブル期に経済学部を卒業され、サラリーマンにはなりたくないと翻訳家を目指されたそうですが、後悔されたことはありませんか? そんなとき、どうやって乗り越えてこられたのでしょうか。

    アンゼさん

     今となっては後悔もそれほどないけれど、締め切りと自分の無能さに翻訳をやめようと思ったことは何度もあります。こんな翻訳者でも仕事を依頼し原稿を待っている人がいる、ならばその期待に応えなければ、の一心で乗り越えてきました。

  • 「これで、映像翻訳家として独り立ちできる」と手ごたえをつかんだ作品は、何でしょうか。

    アンゼさん

     どれか一つというのは難しいですね、ただ何となく区切りとしては『エージェント・レッド』ですかね。ドルフ・ラングレン主演の、潜水艦、細菌、パニック、アクションてんこもり映画。劇場公開作品で、映画の内容はともかく「これでやっと食べていける」と思いましたが、映画翻訳業界はそれほど甘い世界ではありませんでした。

  • 30年近く、翻訳・映像翻訳の仕事をなさってこられて、ずいぶん変わったと思われること、ここは変わらないと思われることは何でしょうか。

    アンゼさん

     変わった点は、30歳年を取りました。30年前と頭の中身はさほど変わってません。むしろ脳が少し軽くなって、翻訳に対してよりシンプルに向き合えるようになった気がします。

  • 『ヴェノム』のようなメジャーな劇場公開作品はもちろんですが、あらゆる映像作品は、公開されるまでに多くの人々が関わっています。その中で、翻訳家は、どのようなポリシーを持って取り組むことが大切だとお考えでしょうか。

    アンゼさん

     公開日が決まっているので、とにかく期間内に質の高い翻訳をあげること。素材が遅れたり、編集でシーンが大きく変わったりもしますのでフレキシブルに対応すること。それと、制作の方々がいつも的確で優秀なチェックをしてくださるので、意見をぶつけ合ってよりよいセリフになるよう心がけています。

  • 1日、あるいは1週間の仕事のタイムテーブルを教えていただけますか?

    アンゼさん

     細かい時間割とかはありません。なるべく早く起きて(だいたい5時頃)仕事をするよう心がけています。ただ寒い時期になると起きるのがツラい……。

  • 今後手掛けてみたい、興味ある作品を教えてください。

    アンゼさん

     あれこれたくさんあって、あげきれません。できればクリストファー・ノーラン監督とジョージ・ミラー監督の作品には今後も関わりたいですね。

  • フェロー・アカデミーでは後進の育成にも力を入れてらっしゃいますね。映像翻訳家を目指す受講生には、どういう姿勢で学んでほしいとお考えでしょうか。また、特に注意して教えていらっしゃることはありますか?

    アンゼさん

     翻訳は思っているよりも重労働というか長時間労働なので、健康第一で取り組んでもらえればと思います。
     それから、翻訳演習という場で何か「気づき」があればいいな、と。それを引き出せるよう取り組んでいるつもりですが、なにせ力量不足で、いつもこちらが教わってばかりです。

  • 現在映像翻訳家を目指して学習中の方にアドバイスをお願いします。

    アンゼさん

     諦めるのは簡単ですが、続けることは本当に難しい。地道に気長に頑張ってほしいと思います。

アンゼたかしさんプロフィール

映像翻訳家。映画『ジャスティス・リーグ』『スーサイド・スクワッド』『マッドマックス』『インターステラー』『ダークナイト ライジング』『ワンダーウーマン』『シャーロック・ホームズ』シリーズ(吹替・字幕)、『ダンケルク』『ボルグ/マッケンロー』『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』『ホビット』シリーズ(字幕)、『ブレードランナー 2049』『ゼロ・グラビティ』『トータル・リコール(2012)』(吹替)など翻訳作品多数。

  • アンゼさんの翻訳作品『恋はしないより、したほうがマシ』

  • ■アンゼさんの翻訳作品
    『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』

    「テニス大好き人間なので、依頼をしてくれた配給の方々には本当に感謝しています。涙なしには観られません。翻訳をやっていて本当によかった。」

  • アンゼさんの翻訳作品『ダム&ダマー/バカMAX』

  • ■アンゼさんの翻訳作品
    『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』

    「前作はまさにツボ、その続編をまさか自分が訳すことになるとは思ってもみませんでした。おバカな作品にマヌケな翻訳者、まさにバカMAX!?」

アンゼさん、ありがとうございました。30年という時間を経て、「翻訳に対してよりシンプルに向き合えるようになった気がします」という言葉が印象的でした。翻訳の奥深さが伝わってきます。

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