翻訳こぼれ話

小説、ノンフィクション、児童書……フェローの講師や受講生が手がけた翻訳書にまつわる貴重なエピソードをご紹介。これを読めば本が2倍楽しめること間違いなし!

今回の作品
『ガイコツと探偵をする方法』

今回は、木下淳子さんが翻訳を手がけた『ガイコツと探偵をする方法』をお届けします。訳者の木下さんはすでにロマンスで訳書を出されている方ですが、ミステリーの翻訳はこの作品がはじめてだったとのこと。その感想や、作品の読みどころをうかがいました。
  • レイ・ペリー【著】木下淳子【訳】
    東京創元社

    <梗概>

    非常勤講師として働きながら、シングルマザーとして奮闘するジョージアには、秘密がある。実家の屋根裏に、シドという動くガイコツが暮らしているのだ。仕事の都合で実家に戻り、久しぶりにシドと暮らすようになったジョージアは、シドを連れてコスプレのイベントに出かける。すると記憶を失っていたはずのシドが、イベント会場で知っている人を見かけたと言い出した。その人物は、生きていたころのシドと何か関係があるのだろうか。しかし調査を始めたところで、ふたりは殺人事件に出くわしてしまい……。

ロマンスにはいないような濃いキャラの訳し分けは、
面白くもあり、難しくもあった

  • まずは、本書について簡単な解説をお願いします。

    木下さん

     一番の読みどころはやはり、歩いて喋る骸骨のシドくんです。主人公のジョージアは子供の頃から、骸骨のシドが親友でした。ひょんなことから、シドが生きているときに知っていた人物を目撃して物語は急展開。なぜシドが骸骨になったのかを調べているうちに、二人は殺人事件に巻きこまれてしまいます。殺人犯の正体は? 数十年前、シドの身になにがあったのか? 真実に近づくにつれて、二人の身にも危険が迫ります。
     カタカタと歩きまわりながら、しょうもないオヤジギャグを飛ばしたりするシドのキャラクターは訳していても楽しかったです。ジョージアとシドの素人探偵っぷりと、迷コンビぶりを楽しんでいただけたらと思います。

  • 作者についても少し教えていただけますか?

    木下さん

     著者のレイ・ペリーは、別名義ですでに二つのミステリー・シリーズも発表しているベテラン作家です。主人公の娘がオタクという設定なので、この作品には日本のマンガやアニメが出てきます。プロフィールによると娘さんが2人いらっしゃるということなので、もしかすると彼女たちがアニメやマンガ好きなのかなと勝手に想像しています。
     フェイスブックやHPにもそのあたりのことは書かれていないのですが、いつかご本人に質問できたらなと思います。

  • 木下さんはこれまでロマンスの翻訳を手がけてきたと伺いましたが、
    今回の出版社とはどのような形でつながりができたのでしょうか。

    木下さん

     師匠である芹澤恵先生に紹介していただきました。
     ロマンス小説以外のジャンルにも挑戦したいと思っていた頃、ちょうど新しくできた芹澤先生のゼミに入りました。元々、フロスト・シリーズのファンだったので、芹澤ゼミができたことを知り、やった!と迷わず飛びこみました。
     仕事を待っているだけではなく、「持ち込み」という形があるよと教えてくださったのも芹澤先生です。その後、わたしがコージーミステリーの持ち込み企画を作ったときに、東京創元社の編集者さんを紹介してくださいました。何度か挑戦しては断られましたが、この骸骨シリーズは気に入っていただき、出版にこぎつけることができました。

  • 木下さんは、すでにロマンスで訳書がありますが、ミステリーの長編はこれがはじめてかと思います。
    ロマンスとの違いや難しさ、あるいはおもしろさなど、印象に残ったことを教えてください。

    木下さん

     ロマンス小説の翻訳にはロマンスの分野ならではのコツのようなものがあります。とにかくヒーローはかっこよく、ラブシーンは美しく、とか。翻訳の基本は変わらないものの、それらのポイントは、ミステリーの翻訳にはあまり役に立ちませんでした。
     コージーということもあり、編集者さんには「さくさく読める文章を」と要望されましたので、そこにはかなり気をつかいました。また、この作品にはシドを筆頭にロマンス小説には絶対にいないような濃いキャラクターがたくさん登場します。セリフや雰囲気でそれらを訳し分けるのは、面白くもあり、難しくもありました。

  • コージーミステリーではキャラクターの柔らかさが日本で受け入れられるポイントになるかと思うのですが、
    そのあたりで何か苦労したことがあれば教えてください。

    木下さん

     正直、それはあまり気にしていませんでした。コージーミステリーにもいろいろなタイプの作品があっていいと思っているので、コージーだからこうでなくてはという感覚はあまりありません。強いて言えば、主人公の姉デボラのキツイ言葉の奥にはジョージアへの愛情が確かにあること、シドの笑えない冗談も彼の愛すべきところであることは伝わるようにといったことは心がけました。

  • また、骨に絡めたジョークや言い回しがこの作品の大きな特徴だと思いますが、
    特に訳し方に苦労したものなどがあれば教えてください。

    木下さん

     そこは、一番苦労した点と言ってもいいかもしれません。たとえば、シドお気に入りの悪態”the coccyx”(尾骶骨)などは、英語で聞けばそれだけでおかしいのかもしれませんが、日本語では別に……という感じなので、迷ったあげくに「ビテイコツ!」に傍点をつけました。面白さが少しでも伝わっているといいのですが。他にもたくさんあって、編集者さんが一緒に考えてくださったものもあります。迷ったときはいつも編集者さんが相談に乗ってくださったので、とてもありがたかったです。

  • 差しつかえなければ、今後のシリーズ展開についても教えてください。

    木下さん

     1作目の最後でシドはデボラとまあまあ和解し、ジョージアの娘マディソンとも顔を合わせました。2作目ではジョージアとシドだけでなく、サッカリー家が一団となって活躍します。
     どうぞお楽しみに。

  • 最後に、学習中の方にメッセージをお願いいたします。

    木下さん

     翻訳の仕事をしたいと思ったきっかけは、本が好きだったからのひと言につきます。それは今、持ち込み企画を作るのがそれほど苦にならない理由にもなっています。企画のレジュメを作るためには和書も洋書もそれなりの量を読まなければなりません。結局、読書が好きじゃないとできない仕事だなと、あらためて感じています。
     ゼミの授業は、平凡な言葉ですが、わたしにとって大切な学びの場です。先生の解説もクラスメートの意見も目から鱗なことがしょっちゅうです。仕事をしているからこそ、独りよがりの翻訳をしてしまわないように、まだまだクラスに通って文章力も解釈力も磨いていきたいです。
     同じようにフェローで学習中のみなさんには、とにかくあきらめないでくださいとお伝えしたいです。こんなわたしでもしぶとく粘りに粘った結果、惚れこんで持ち込んだガイコツ探偵の作品を翻訳することができました。それ以前にも、創元社さんでは企画を2回断られていますので、3回目の正直でやっと形になったわけです(もちろん、他の出版社で断られたこともあります)。たぶん、これからも企画がボツになって落ち込むことは何度もあると思いますが、「めげずに黙々とやっていればなんとかなるだろう、きっと、たぶん」とつぶやきつつ、今日も黙々とパソコンに向かっております。

木下淳子さんのプロフィール

翻訳家。『ガイコツと探偵をする方法』(東京創元社)、『運命の夜に抱かれて』、『晴れた日にあなたと』、(二見書房)など。

<編集後記>

木下さん、ありがとうございました。木下さんのおっしゃるとおり、ジョージアとシドの迷探偵ぶりは、ちょっとポンコツでありながら、同時に二人の信頼関係を節々から感じることができて、安心して読み進めることができました。
また、翻訳は出版、実務などの分野によって訳し方が大きく異なると言われますが、同じ出版の中でも、ロマンスとミステリーでは少し違ってくるのですね。それでも、原文の意図を正確にくみ取ってわかりやすい日本語で伝える、という基本は変わらないと思いますし、そうした基礎能力を高める場が、翻訳学校なのだとも思います。
(written by Takasaki)

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