翻訳こぼれ話

小説、ノンフィクション、児童書……フェローの講師や受講生が手がけた翻訳書にまつわる貴重なエピソードをご紹介。これを読めば本が2倍楽しめること間違いなし!

今回の作品
『シャドウ・チルドレン』

今回は、梅津かおりさんが翻訳を手がけた『シャドウ・チルドレン』をお届けします。本書は訳者の梅津さんがご自身で持ち込みを行い、邦訳出版に至った作品とのこと。そのあたりも含めて、翻訳の裏話をうかがいました。
  • マーガレット・P・ハディックス【著】梅津かおり【訳】
    小学館ジュニア文庫

    <梗概>

    とある時代の、アメリカのとある町。12歳の少年ルークは、両親と2人の兄とともに暮らしているが、ルークには秘密がある。ルークは政府から生むことを禁止されている「3番目の子供」なのだ。そんなルークの家のそばに、新しい家が建ち、別の家族が引っ越してきた。その中に、自分と同じ3番目の子供を隠しているらしい一家がいることを知ったルークは、思い切ってその子に会いに行き……。

こんなに面白いのにどうして未訳なんだろうと思い、
レジュメを提出して翻訳に至った作品

  • まずは、本書について簡単な解説をお願いします。

    梅津さん

     今回、訳させていただいたのは、マーガレット・ピーターソン・ハディックスというアメリカの児童文学作家が1998~2006年までの間に発表した「シャドウ・チルドレン」シリーズ全7巻のうちの1巻目と2巻目です。子供はひと家庭につき2人までと決められた架空の世界を舞台に、3番目の子供として生まれたルークという12歳の男の子を主人公にした物語です。1巻では、生まれてからずっと隠れ続けてきたルークが同じ3番目の子供であるジェンという女の子に出会い、それまでの生活が一変する過程が描かれています。自分の存在意義について考えるようになったルークは、ジェンから自分たちの権利を訴えるデモに参加してほしいと言われるのですが……。また、2巻では、偽物のIDカードを手に入れたルークが別人になって寄宿学校に入り、そこで孤軍奮闘する様子が描かれています。その学校には3番目の子供たちが紛れていて彼らと仲間になるのですが、ある真実を知ってしまったルークに危機が迫り……。1、2巻ともこうした山場を迎えるまでのルークの心情と決断が読みどころです。

  • 帯には「本を読まない子どもにもおすすめ」の本とありますね。

    梅津さん

     このシリーズはアメリカで大ヒットし、読書の苦手な子供におすすめの本として推奨されているようです。平易な文章とスリリングな展開でどんどんページをめくってしまう、そんな作品です。

  • 本シリーズは梅津さんがご自身で持ち込みをして翻訳出版に至ったとうかがいました。まずはシリーズとの出会いについて教えていただけますか?

    梅津さん

     大学を出てから公立中学校の英語教員をしていたのですが、育児休業中に何か英語の勉強ができないだろうかと考えたところ、以前お世話になった研修所で洋書を貸し出していることを思い出しました。本を読むことだったら、子供のお昼寝の時間にでもできるだろうと、その研修所で洋書を借りてくるようになったのですが、そこで出会ったのが本書です。このシリーズは洋書初心者の私でもいっきに読めてしまうほど易しい英語で書かれており、なおかつ内容も面白かったのですが、調べてみるとどうやら未訳のようで、どうしてこんなに面白いのに翻訳本がでていないのだろう? と疑問に思ったことを覚えています。

  • では、そこからどのようにして売り込みをしようと決めたのでしょうか。

    梅津さん

     シリーズを見つけてから数年して翻訳の勉強をはじめ、フェロー・アカデミーで通学の「出版基礎」、中級講座をいくつか受けたのち現在の「田口ゼミ」に入りました。田口先生は我々受講生に、これはという未訳本があればシノプシスを書いて持ってくるように、それを読んで自分も面白いと思えば出版社に紹介するから、とおっしゃってくださいました。私もチャレンジしてみたいな、と思ったときに、真っ先に頭に浮かんだのがこの「シャドウ・チルドレン」シリーズだったのです。それでさっそく1巻のシノプシスを書いて、先生に渡したところ、面白そうだけど1巻だけでは物足りない、3巻目くらいまでのシノプシスを書いてごらん、と言われまして。それで3巻までを書いて提出したところ、先生にもオーケーをいただいて小学館のほうに紹介していただきました。

  • 内容についてもお聞かせください。全体に文を短く切っている印象があったのですが、児童書という点を意識してそう訳したのでしょうか。

    梅津さん

     原文がわりと短い文で構成されているので結果的にそうなりました。本書はリズムの良さと読みやすさが特徴なので、日本語もできるだけそれに近づけることを目標にしました。

  • また、12歳の主人公の目線で書かれている作品だと思うのですが、割合に難しめの大人びた言葉を使っているように感じました。

    梅津さん

     ルークのキャラクターと本書の内容を考えると、あまり幼い言葉は使いたくありませんでした。当初は両親に対しても「ママ」「パパ」を使っていたのですが、担当編集者さんからルークのキャラクターだと「母さん」「父さん」のほうがしっくりくる、と言われ、なるほどと納得して変えました。

  • 1巻を訳してから2巻に取りかかるにあたって、キャラクターの特徴や作者のクセなど、何か作品について改めてわかってきた部分はあったでしょうか。

    梅津さん

     1巻から2巻を訳すにあたって、この本はルークの成長記なんだ、ということがはっきりしてきました。ですから、そこが読者に伝わればいいなあ、と思いながら訳しました。読者は主にルークと同い年くらいの子供たちですから、ルークやルークを取り巻く環境に共感できるような訳にするにはどうしたらいいだろう、と考え、勤務先の生徒の会話を参考にしたり、小学生の息子にこういう場面では友達とどんな言葉を使っているの? などと聞いたりもしました。

  • また、子どもの本では特にセリフが重要だと思います。セリフの翻訳で意識なさった点、研究したことがあれば教えてください。

    梅津さん

     セリフは本当に難しく、迷うことが多かったのですが、とにかくシンプルで分かりやすいことを心がけました。今回、編集者さんから小学館ジュニア文庫の人気作品をいくつかご紹介いただいたのですが、これが思いのほか参考になりました。ジュニア文庫は漫画や映画のノベライズが多く、地の文が少なくてほとんどが会話で構成されていたりするのですが、そのセリフがすごく生き生きとしていて。まったく趣味ではない少女マンガ原作の恋愛ものを読んで、思わず胸がキュンとしてしまった自分にびっくりしました。学ぶ素材はどこにでも転がっているのだなと実感しました。

  • 梅津さんは田口先生の授業を受講なさっていますが、先生の教えや授業の経験が今回の翻訳に生きた部分、また逆に、授業との違いを感じた部分はどこだったでしょうか。

    梅津さん

     田口先生から学んでいることはたくさんありますが、今回はやはり「セリフ」です。同じ英文の訳でも先生のセリフは登場人物がキャラ立ちしますから、そのあたりを少しでも真似できないかと。それから、読者のことを考えて訳す、という部分も授業で学んだことです。原文に忠実なことも大事ですが、本書は特に子供を対象とした作品なので、そこを意識しました。実はプロローグは原文にはないもので、日本の子供たちが物語にすっと入っていけるようにつけてほしいと編集者さんから言われ、私が書き加えたものなんです。
     また、授業では短い範囲のものしか訳しませんが、今回はじめて一冊丸ごと訳したことで、毎日訳し続ける「体力」のようなものが必要だと感じました。授業とは違って膨大な量を訳すとなると、どうしても細かな点を見落としてしまいがちですが、そこをどうやって質とスピードを落とさずにしっかり訳していくかが今後の私の課題でもあります。

  • 最後に、学習中の方にメッセージをお願いいたします。

    梅津さん

     英語の勉強の一環として、好きな洋書の読める翻訳を勉強してみようかな、という安易な動機からフェロー・アカデミーの門を叩いたのが5年前。その後、翻訳の面白さにはまり、運よく希望していた児童書で訳書を出すことができましたが、正直なところ、私のような未熟者がもう訳書を出して大丈夫なのだろうか、という不安もありました。ですが、翻訳は勉強すればするほど奥が深いことがわかり、もう大丈夫、などと言える日は来ないのかもしれないと考えるようになりました。だから、チャンスがあればとにかくベストを尽くしてみるべし。今はそう思っています。そのチャンスというのがなかなか巡ってこないという現実もあるのかもしれませんが、諦めずに前向きに取り組んでいる人はどこかで何かしらのチャンスに恵まれているようです。私もこの5年の間に何人もの翻訳仲間がデビューするのを見てきました。ですから、常に希望をもって粘り強く続けていってほしいと思います。

梅津かおりさんのプロフィール

翻訳者。山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京都の公立中学校で英語教師として18年間勤務。この間、アメリカに渡り、児童文学を学ぶ。その後、育児休業中に勉強を始めた翻訳の道に進むことを決意して退職。訳書に『シャドウ・チルドレン』シリーズ(小学館ジュニア文庫)。

<編集後記>

梅津さん、ありがとうございました。全体にルークの置かれた境遇のつらさ、やるせなさが描かれていくなかで、あきらめずに前へ進んでいく主人公の姿に胸を打たれる作品でした。
梅津さんもおっしゃっていますが、出版翻訳はなかなか具体的な成果が出なくても、あきらめず続けていれば必ずチャンスが巡ってくるというのは、これまでにインタビューを受けていただいた方からも何度か聞いた言葉です。やはり、楽しみながら焦らず続けるのがひとつのポイントになりそうですね。
(written by Takasaki)

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