トラマガ
トラマガ
トラマガ
トラマガ
トラマガ
 【前編】 【後編】
トラマガ
トラマガ
今号は、8月からのスペシャルプログラム「マーケティング翻訳へのアプローチ」で講師としてフェロー初登場! 実務翻訳家、安納令奈氏のインタビューをお届けします。

<安納 令奈>あんのう れいな
大学卒業後、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル日本支社に11年間勤め、在職中にはマーケティング、広報、海外ブランド営業などを担当する。
東京大学心理学研究室秘書、NGO団体グローバル・ヴィレッジおよびフェアトレードカンパニー株式会社広報マネージャーの職を経たのちに、フリーランスの翻訳・通訳者として独立。現在、ビジネス・国際協力、出版、エンターテインメントの分野で活躍中。
トラマガ
★趣味は読書。最近夢中なのが、友人たちと仮想書架を作り、読んだ本について濃密に議論すること。客観的に考えをまとめた文章を書く練習にも。
 そもそも外より家が好きだが、この仕事に就いてからは、スポーツを心がけている。敬愛する先輩に、「体を動かさないと、文章が濁る」、といわれて。
★サーフィン歴は4年。昨年始めたのは、壁から突き出た色とりどりの石を伝ってのぼるクライミングの一種、ボルダリング。
トラマガ
トラマガ
――実務翻訳で、主にマーケティング翻訳をなさっていらっしゃるのですね。どのような内容のものを訳すのですか?
トラマガ

 マーケティング翻訳の私の定義は「企業の中で扱われている、ありとあらゆる文書」です。世の中に出て消費者の目に触れるものもあれば、会社からは出ずに社内の資料として読まれる文書もあり、それによって訳し分けも必要になります。消費者向けには、細かいところまで説明を加えながら訳さなければならなかったり、心をつかむようなキャッチーな表現が求められたりします。
 一方、社内向けの書類は、細かい説明は入れずに専門用語もそのまま訳します。原文がこなれていなくて、書いた当人に真意を確かめなければ何が言いたいのかつかめないようなこともありますね。
 
 私は在宅翻訳者として仕事をスタートさせましたが、最近ではクライアントの企業に出向いて、担当の方に話を伺う機会をいただいています。平均すると週に1、2回、クライアント企業に出かけているでしょうか。
 翻訳はファックスとメールと電話があれば、在宅で十分に仕事はできますし、そうしている翻訳者の方も多いと思いますが、私はお客様の顔が見える現場に行きだしてから、だんぜん仕事が面白くなったと感じています。
 企業の側が、私のような外部の人間が出向くことを許してくれるのは、もしかしたら過去に10年あまり会社に勤めていた経験があるので、現場の空気を読みながら行動できると認めてくださっているからかもしれません。

トラマガ
トラマガ
――会社員のご経験があるとのことですが、翻訳者になるまでの経歴を教えていただけますか?
トラマガ

 実は翻訳者という仕事にたどり着くまで、かなり遠回りをしています。皆さんの参考にはならないかもしれませんが……。
 大学を卒業して、外資系のカード会社に就職しました。特に英語を使った仕事をする意気込みで入社したわけではなく、最初の一年は、英語とは無縁な営業やマーケティングの現場にいました。そのうちに、英語ができるようだから、と社内文書の英訳・和訳をはじめ、外国人役員の話す英語のテープ起こし、英語で聞いたものを日本語で要約しプレスリリースや社内報の記事にする、といった英語に関する仕事が回ってくるようになったのです。翻訳を勉強したことはなかったので、すべてOJTで覚えていきました。
 
 与えられた仕事をこなすうちに、翻訳がとても面白くなっていきました。自分が英文を読んで理解したことを日本語にしているつもりですが、それを読んだ人に、何を言っているかわからない、と言われてしまう。どうしてだろう、何が悪いんだろう。もともと言葉が好きだった私には、そんなふうに考えることがとても楽しかったのです。
 
 仕事は面白かったのですが、会社勤めにだんだん疲れていたのでしょうね。入社11年目に早期退職希望制度が社内で告知され、上司の後押しを受け、一度会社を辞めて自分の人生を白紙に戻すことを決意しました。体調を崩している部下を見かねて、「僕は辞めるつもりだが、君も辞めないか。その先は君の自由。何にでもなれるよ」と言ってくれたのです。仕事自体は楽しく、続けるかどうかとても悩んでいた時期だったので、このときの上司の親身の言葉がなかったら、そのままずっと会社にとどまっていたかもしれません。

トラマガ
トラマガ
――会社を辞めて、フリーランスの翻訳者になったのですか?
トラマガ

 それが、まだ「翻訳を仕事に」とはならなかったんです。会社での翻訳は、日々与えられる仕事をこなす、というスタンスでしたので、当時の私は不遜にも「翻訳はクリエイティブな仕事じゃない。所詮、下働きだ」くらいに思っていました。もちろん、今ではそうは思っていませんが。
 
 その後の2年間は、“黄金なる我がモラトリアム時代”でしたね(笑)。学生時代、心理学者になりたかった私は、再び大学に入って学ぶことも視野に入れ、東京大学で事務のアルバイトを始めます。転機ごとに進路相談に行っていた、ご恩ある大学教授に紹介していただいたのですが、今考えるとこの先生は、「翻訳の仕事、やってみたら? 合っているんじゃない?」と預言していたのですが、このときの私の耳には入ってきませんでした。
 
 また、会社を辞める2年前からは、イタリア語のスクールに通っていました。そこで、長期休暇を1カ月もらい、長期留学の下見のつもりでイタリアに短期留学もしました。そうそう、海が好きで、海のそばに住みたいという夢も、このころに思い切って叶えました。
 
 と、今後の人生のさまざまな可能性を試しながら日々を送っていたのですが、そんな生活を2年ほど過ごし、そろそろどうにかしなければと思っていた頃に、ジャパンタイムズの求人欄で気になる記事を2つ見つけました。
 ひとつは現在も所属している翻訳エージェントなのですが、女性社長が「女性を活かすべく起業」したとフィーチャーされていました。そこで語られていた理念が素晴らしく、翻訳者として登録してみようと思いました。
 もうひとつは環境・貧困に関する国際NGO団体でした。会社員時代に営利の仕事にどっぷりつかっていた私は、そうじゃない世界で働きたいと思い、また情報発信の仕事にも興味があったので、NGO団体の広報の仕事に就くことにしました。スタッフは半分が外国人で、社内書類も資料も英語が多い。ここでも必要に迫られて翻訳をすることになります。
 
 でも、会社勤めはつくづく私に合っていなかったのですね。仕事に慣れたら半分は在宅ワークに切り替えたいという希望があったのですが、忙しくなってしまってそれも叶わず、仕事ではスローライフやロハスを提唱しながら、コンビニ食をほおばり目の下にクマをつくっている自己矛盾にさいなまれて、5カ月で辞めてしまいました。
 それからです、在宅で翻訳の仕事を請けるようになったのは。本当に遠回りだったでしょう? でも、すんなり翻訳者になっていたら、もしかしたら今頃煮詰まって外の世界が見たくなり、翻訳の仕事を続けていなかったかもしれません。でも、今は飽きませんね。翻訳はクリエイティブな仕事。例えるなら“ミッションを受けたスパイ”のような仕事だと思っていますから。

トラマガ
PICK UP

フェローでの学び方 翻訳入門<ステップ18> オンライン講座

PAGE TOP