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 【前編】 【後編】
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(2012年2月10日更新)
保健師や看護師として、医療分野においてさまざまな形で実務経験を積むと同時に、学生の頃から語学や翻訳にも深い興味を持ち、ほんやく検定1級・英検1級の取得、英語講師などもこなしてきた西村多寿子氏。現在はそれらすべての経験を生かして、よりよいメディカル・コミュニケーションの実現のために幅広く活動されています。今回は、働く女性として歩んできた西村氏の道のりをお聞きしました。
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西村 多寿子>(にしむら たずこ)

★課題を提出する受講生の気持ちを知るために(?)、「百人一首で学ぶかな書道講座」を受講。ほめられて、うれしさを実感。
★子どもが中学生になり、月〜土曜は夕方5時頃まで家にひとり。仕事はしやすいものの、寂しさも感じるこの頃。
★仕事の集中力が切れると、近所の公園にウォーキングに出かける。身体を動かし、太陽を浴び、緑を眺めることでリセット!
★ストレス解消は、歳の近い妹との電話でのおしゃべり。かなり効果的です。

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――翻訳をするようになったきっかけは?
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 千葉大学看護学部を卒業し、外資系製薬会社に翻訳スタッフとして就職しました。在学中に1年間スウェーデンに留学した経験があり、医学の知識と語学力と両方を生かせる仕事がしたかったのです。メディカル翻訳の基礎は、このときに学びました。その後、東京大学大学院で国際保健学を専攻し、この間に英語で書かれた多くの論文を読む機会がありました。経験があるということで翻訳を頼まれることもあり、私の所属していた研究室で当時助手をしていた赤林朗先生と『生命倫理を考える』という医療従事者向けのビデオを共訳する機会にも恵まれました。それはその後DVD版に切り替わり、うれしいことに発売から17年経った今も販売されています。
 大学院の修士課程を修了後、大手電機メーカーに保健師として勤め始めました。会社での仕事は翻訳とはまったく関係なかったのですが、3年目に産休を取り、仕事を離れて考える時間ができたことが、また翻訳に近づくきっかけとなりました

 子どもが生まれて3カ月経った頃、ビジネス翻訳の講座に週1回通い始めました。子育てはとても楽しく、学ぶことも多かったのですが、それまでずっと外で働いていた私にとって、家の中にずっといることは結構なストレスでした。また知的活動から遠ざかってしまうことへの不安もあり、外に出かける機会が欲しかったのです。翻訳への興味は続いていましたし、実務経験は社内翻訳だけでしたので、もっと技術を身につけたいという思いもあり、そんなとき見つけたビジネス翻訳講座で学ぶことにしました。週1回の講義は土曜日にあり、私の通学中は、夫が自宅で子どもの世話をしてくれました。
 その講座の受講は育休が明けて仕事に復帰してからもしばらく続け、トータル2年ほど通いました。その間に、講師からほんやく検定というものがあると教えてもらい、実力を試そうと挑戦してみました。専門である医薬の分野を選択。最初の受験で1級に合格し、学んだことが身についているようだと実感できました。

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――その後、お子さんが3歳になったときにフリーランスの翻訳者として独立されたそうですね。
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 まわりに子育てしながら働いている女性が大勢いたのですが、「保育所に預けられる小さい頃はまだいい。小学校に上がったら昼過ぎには学校から帰ってくるから、それからのほうが大変よ」とよく聞かされていました。ですから、まだ子どもが小さいうちにフリーランスとして働く下地を作っておきたい、そんな思いから自分の中では早めに会社を辞めようと決めていました。
 しかし、会社を辞めて別の仕事をするとなると、家族の同意が必要です。納得して受け入れてもらわないと、育児にしても家事にしても、サポートがまったく得られなくなってしまいますから。でも普通に考えると、育児サポートが充実している大手企業に務め、保健師の免許も持っているのに、なぜ辞めて別の仕事を始めるの? と思いますよね。そこで、家族や周囲の人々に認めてもらえるように下準備を進めました。

 ビジネス翻訳の講座は、講師が変わるタイミングで辞めたのですが、講師から「英検1級は取りましょう」と強く言われていたので、その言葉に従って独学で英検1級の勉強を続けました。最初の受験は失敗しましたが、次を受ける前に「合格したらフリーランスになりたいなあ」と少しずつ家族にアピールを始めました。また、いきなりフリーランスになっても、すぐに仕事が軌道にのる保証はないので、都内の外国語専門学校の英語講師に応募したところ、週2回の非常勤講師として採用が決まりました。こうして英検1級と英語講師の職を得て、会社を辞めることに納得してもらいました。

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――フリーランスに転向して、仕事は順調に軌道に乗りましたか?
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 まず、個人事業主の届け出を出すとき、業務内容の欄には もちろん"翻訳"と書きましたが、ヘルスケア関係の仕事や講演など、周辺領域の仕事も加えて登録をしました。私としては、翻訳も含めたかたちで医療に関わりたい、という思いが強かったからです。すぐに翻訳一本には絞らずに、派遣で保健師の仕事なども続けていました。

 翻訳の仕事としては、残念ながら、最初に失敗談からお話ししなければなりません。以前、スウェーデン人の医師で音声学者でもあるオッレ・シェリーン氏の論文を読んで感銘を受けたことがあり、そのシェリーン氏が言語習得のための効果的な方法を提案した著書『発音・言語・脳―言語教育のための理論と方法論』が発行されたことを知り、これを日本で翻訳出版したいと考えたのです。大学院では論文の書き方など研究の作法を学びましたから、フリーランスになって翻訳などの仕事をする傍ら、自分なりの形で研究活動を進めたいという思いもありました。また当時、言語の習得プロセスへの関心から、脳と言語に関する文献を読みあさっており、自分自身の英語力を上げるためにも効果的な方法を開拓したいと考えていました。幸い、知人経由で直接シェリーン氏とコンタクトを取ることができ、さっそく訳し始めたのですが、昨今の出版不況と、そもそも私自身に出版翻訳の実績はまったくなかったことにより、結局出版には至りませんでした。でも、とても興味深い内容なんですよ。赤ちゃんの第一言語獲得過程を大人の第二言語習得に応用するというもので、乳幼児が周りの人の声を聴き、少しずつ言葉を真似る様子からヒントを得ています。つまり、まず大量に聞く、その際、細かな発音よりも言語のもつ音楽性というかイントネーションやリズムに注意する、それから単語ではなく短い文やフレーズを繰り返し発音練習する、という非常にユニークな方法です。日本でも評価の高い英語発音のテキスト「Clear Speech」(ジュディ・B・ギルバート著)にも、"Music of English"の考え方の背後にシェリーン氏の方法論があると言及されています。私のHPの「医学英語の独学術」のページで詳しく紹介しているので、興味のある方はご覧ください。

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――失敗もあったようですが、その他はいかがですか?
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 日本赤十字看護大学の樋口康子学長の著書『看護学―知へのあくなき探求』の英訳版を制作するプロジェクトで、ネイティブが日英翻訳した原稿を、内容を含めてチェックする仕事に携わりました。これはナースの視点で日本語と英語をつき合わせて読むという、たいへん貴重な経験をさせてもらいました。そのほかに、機械翻訳された論文抄録のチェックの仕事を受けていたこともありました。
 現在は、メディカルライター協会や国際医学情報センターで、論文の読み方などのセミナー講師、保健師・栄養士向け情報サイトでインタビュー記事の取材・執筆などを行っています。看護学雑誌で、読者に読んでもらいたい本を自分から提案して書評を執筆したこともあります。
 フリーランスになって今年で9年です。研究にシフトしていた時期もあり、その頃は収入も少なく、家族からすると何をしているのかよく見えないし、私自身も逡巡を繰り返していました。ようやくフリーランスとして形になってきたのは、ここ2、3年です。2008年冬から、日経メディカルオンラインの循環器プレミアムサイトで、英語論文を読んで2,000字程度の日本語に要約する仕事を定期的に行っています。フェロー・アカデミーで通信講座を続けて担当するようになったのもこの頃からです。
 "語学""医療"をキーワードに自分がやれることは何でも挑戦したいと思っています。


後編では、メディカル翻訳者を目指す方へのアドバイス、そして西村氏が目指す大きな目標、メディカルライターの養成についてお話を伺いました。

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