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トラマガ

Vol.301 <後編>出版翻訳家 斉藤隆央さん

きっかけは新聞広告。
研究職からポピュラーサイエンス本の翻訳者に転身!

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(2013年7月25日更新)
前号に引き続き、出版翻訳家の斉藤隆央さんのインタビューをお届けします。ポピュラーサイエンス翻訳のポイントや、講師としての指導スタンス、そして意外な趣味の話まで披露していただきました。

――科学の話をわかりやすく書くのは難しいのではないかと思いますが、この分野を翻訳する際に気をつけていることはありますか?

科学の本は難しいから、誰でも読めるように易しく訳さなければならない、というのは違うと思っています。できないことではありませんが、そうすると著者の言わんとしていることと、まったく違う内容になりかねません。基本的には原書の対象読者に合わせて訳しますので、原書がどのくらいのレベルの読者を想定しているかをまず考えます。


それから本を読んで考える機会を読者に与えることも大切だと思っています。科学の本を読むときには、いったん自分の中で言葉を留め置いて、消化するというプロセスが必要だと思います。読者に考えてもらうために、難しいものはあえて難しいまま残すことも必要です。その本を読んだだけでわからなければ、インターネットで調べたり、他の本を読んだり。それによって、さらに知識が広がります。1冊の本だけで終わるのではなく、それを起点に情報ネットを張り巡らせていく、そういう本もあっていいと思っています。


ただ、間違えてはいけないのは、「内容が難しい」のと「文章がわかりにくい」のとは違うということです。いくら内容が難しくても、日本語としては自然な文章になっていなければなりません。

――フェロー・アカデミーでは「ポピュラーサイエンス」をご担当いただいていますが、一つひとつの文章に時間をかけて、じっくり討論しながら進める授業スタイルだそうですね。

最初からこうしようと思ったわけではなく、自然とこのスタイルになったというのが実際のところです。段落ひとつとっても、受講生の皆さんの訳文を見ると、人それぞれ違っていて、気になるところというのが必ず何かしらあるんですよね。でも、もしかしたら気になっているのは私だけかもしれません。そこで、皆さんに「どう思いますか」と問いかけると、さまざまな意見が出てきて討論することになる。おのずと時間がかかる、という結果です。
受講生の方の訳に赤字を入れて、一方的に「このほうがいいですよ」というのは簡単ですが、必ずしも私の訳が最良とは限りません。お互いに意見を出し合って検討することで、皆さん同様、私も勉強になります。翻訳って深いなと思いますよ。

――他の講座では、講師訳例を授業の最後に配るケースが多いようですが、斉藤さんの場合は最初に配るそうですね。これはなぜでしょう?

一つひとつこだわって討論していくというスタイルが固まっていくにつれ、受講生の方から要望があって、先に配布するようになったんです。訳例として最後に配ると、家に帰って復習する際に見ることになります。授業の最初に配っておけば、私の訳に関して質問があれば授業中に尋ねることができます。確かにそのほうがいいなと私も思いました。  何年も受講してくださっている方が、積極的に発言してくれるので、ほかの皆さんも活発に意見を出してくれるようになります。私の訳に対しても、いろいろと指摘が入ってくるんですよ。

――じっくりとさまざまな角度から掘り下げて検討するというのは大事なことですね。

翻訳の仕事を始めると、自宅でひとりで自分の訳文と向かい合わなければならないわけですが、授業でやった討論を思い出してもらえれば、何かしら役に立つかもしれません。そういえば、こんなことを言われたなと。人の訳文を客観的に見て討論することで、自分の訳文も客観的に見直せるようになっていけばいいなと思っています。

――講座の中には、最新の科学ニュースの発表という課題もあるそうですね。

生物、物理、宇宙、数学などのテーマを事前に決めておき、それに関してニュースなどの話題を調査して、まとめてきてもらい、1人5〜10分で毎回3人の方に発表してもらっています。
ポピュラーサイエンスを訳すときには調べものが重要ですが、最初は何をどのように調べればよいかわからないものです。特に文系出身の方などは、とっかかりが見つからないんですよね。それに慣れてもらうためにも、与えられたテーマについて調べる経験を積んでもらおうと思っています。


私自身も、理系ではあったんですが、自分の専攻以外の物理や生物の話となると門外漢で、最初のうちは苦労しました。使われる言葉の感覚も、分野によって異なるのですが、それも普段から新聞や科学誌を読んでいなければわかりません。そういうことを知る機会になればいいと思っています。

――文系出身の方でも活躍できる分野でしょうか?

私の講座の受講生・修了生にも、文系出身でこの分野の仕事をされている方はたくさんいます。もちろん科学に興味があることが前提ですが、興味があれば調べものも苦にならないでしょうし、サイエンスというのは基本的に一般の方が読んでわかるように書かれていますので、理系文系は関係ありません。

――斉藤さんご自身は、知識を得るために何かしていることはありますか?

新聞は必ず隅々まで読んでいますね。本を訳すにあたっては、科学の分野の本であっても、科学以外の知識もいろいろと必要になってきます。政治や経済から歴史やアートまで、いろいろ出てきますから。だから科学には詳しいけれども他のことは知らない「科学だけの頭でっかち」になってはいけない。そういう意味で、あらゆる教養を手っ取り早く仕入れる手段としては新聞がいちばんだと思うんです。それもインターネットではなく紙の新聞がいいですね。ネットだと自分が選んだ記事しか読まなくなりますが、新聞はあらゆる情報が自然と目に飛び込んできますから。

――ところで、斉藤さんは昨年『原色・原寸 世界きのこ大図鑑』を翻訳されましたね。キノコはもともとかなりの知識があったのだとか。

かなりというほどではないですけど、以前、編集者さんと飲んでいた時に、私はキノコが趣味で、と話したことがあったんです。その方から、あるとき「こんな本があるんですが、日本で出版して売れるでしょうか」と相談されたのが、このキノコの図鑑でした。私のキノコ好きを覚えていてくれたんですね。


全ページフルカラーの写真で約600種の世界でも珍しいキノコが紹介されているのですが、驚いたのはそれがすべて原寸大だということ。リアルだし、とても美しいんです。それに、単なるキノコの説明にとどまらず、キノコに関する逸話や民俗学的な記述も豊富だったので、これは面白い、ぜひ翻訳したいと伝えました。
日程的には大変だったのですが、講座の受講生を含め3人の方にも下訳として手伝っていただき、正月返上で仕事をして、何とか短期間でやり遂げることができました。

――キノコに対して熱い想いをお持ちだったんですね。

大学の頃、天文サークルに入っていたのですが、山に天体観測に行っても、昼間はすることがない。その時間に山歩きをしていてキノコに興味を持つようになったんです。仲間内でキノコの同好会ができ、社会人になってからも続いていて、今でも毎年合宿やキノコ狩りを行っています。キノコが趣味とはいえ、図鑑に出てくる記述にはかなり専門的なものもあったので、やはり調べなければならない内容がたくさんありました。そんなとき、仲間の知識は力になりました。それと、最近ではTwitterを通して菌類の研究者やキノコ図鑑の編集者と知り合いになっていたので、参考資料の情報をいただくなど助けていただきました。

――最後に、斉藤さんご自身の今後の目標を教えてください。

ポピュラーサイエンスの中でも『暗号化』紀伊國屋書店※前編参照)のようにヒューマンドラマの要素を含んだものがあります。われわれが普段利用しているものの裏に、こんなに隠れたドラマがあったんだと、ワクワクしながら訳したことを覚えています。こういう作品を今後もっと訳して、多くの人に紹介していきたいですね。


編集後記

科学の本って難しそうだな、という思いがあったのですが、どうやらポピュラーサイエンスはちょっと違うようです。温和ながらも、科学への情熱あふれる斉藤さんのお話を聞いて興味が湧き、実際に何冊か手に取ってみました。面白いです! 大人の好奇心をくすぐる深いテーマで、読み終えると賢くなった気になれますよ。


<さいとうたかお>

出版翻訳家。『マイクロバイオームの世界』(紀伊国屋書店)、『フューチャー・オブ・マインド』『2100年の科学ライフ』(NHK出版)、『モラルの起源』(白揚社)、『2040年の新世界:3Dプリンタの衝撃』(東洋経済新報社)、『人類はどこから来て、どこへ行くのか』(化学同人)、『脳は楽観的に考える』(柏書房)、『生命・進化・エネルギー』(みすず書房)、『タングスランおじさん』『ガリレオの指』(早川書房)、『やわらかな遺伝子』(共訳、早川書房)など訳書多数。


<主な翻訳作品>








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