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トラマガ

Vol.342 <前編>日英翻訳者・漢字教育士 ブレット・メイヤーさん

日本語をこよなく愛するアメリカ人にとって、
漢字はアート、翻訳は謎解き!

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(2015年4月10日更新)
 非漢字文化圏で育った外国人として、初めて漢字検定1級に合格したブレット・メイヤーさん。日本のアニメが好きで日本語に興味を持ち、独学で学び始めたのが高校生の頃。特にのめり込んだのが漢字で、その形はアートで、パズルのように意味が隠されているとメイヤーさんは言います。言葉への飽くなき探究心を持つメイヤーさんが翻訳の仕事に携わるようになったのも頷けること。日英翻訳者として仕事をこなしながら、一方で漢字教育士として活躍の場を拡げています。「継続は力なり」を座右の銘に、どのように他国の言語を極めていったのか、お話を伺いました。

アニメが好き、漢字が好きで、高校生の頃から日本語を独学で習得

――子どもの頃から日本に興味があったそうですね。

 例えばテレビなどの家電製品やビデオゲームなど、身近で使っているものの多くが日本製であることに気づいて、小さい頃からなんとなく日本という国に興味を持っていました。それで、高校生の頃だったと思いますが、ある本を読んだんです。本の名前は“Dave Barry Does Japan”。著者のDave Barryはユーモアあふれる記事を得意とするアメリカのコラムニストで、この本は彼が日本を訪れて見聞きした日本文化や日常生活を書いたものでした。例えば、「日本人は本当に親切で、迷子になったとき、話せない英語を一生懸命使って、頑張って教えてくれた。本当に優しい人々、優しい社会だった」などということを読み、ますます日本に興味がわき、行ってみたいと思いました。

――メイヤーさんが高校生の頃、1990年代ですね。

 高校の部活ではアニメーション部に所属していて、日本のエンターテインメントにも興味がありました。当時のアメリカではまだ、日本アニメのテレビ放送はそれほど多くはありませんでしたが、男の子向けには「ドラゴンボール」、女の子向けには「セーラームーン」が放映されていて、「ドラゴンボール」をよく見ていました。主人公の服の背中に“亀”の文字が書かれていて、あれを見て、日本だけでなく日本の言葉にも興味を持ちました。
 漢字って、まず形が芸術的ですよね。それから多くの漢字はそれぞれに意味を持つ部分の組み合わせになっていて、そこにその漢字の意味が謎のように隠されている。子どもの頃から謎解きやパズル、アートにも興味があったので、日本の言葉にすぐに惹きつけられました。そこで本屋に行って、まず平仮名と片仮名の本を買ってきて覚えて、それから少しずつ漢字も勉強しはじめました。

――高校では日本語の授業はないですよね。独学で日本語の勉強を始めたのですか?

 そうです。でも最初は趣味のようなものでした。だから大学も専攻はコンピュータ・プログラミングだったんです。でも、どんどん日本語が好きになっていって、大学3年の秋に半年間、日本の大学に短期留学したのです。

――短期留学で初めて日本を訪れたときの感想は?

 面白かったです。カルチャーショックはまったくなくて、すぐに馴染めましたし、本やテレビで見ていたことを満喫できて、うれしかったです。
 アメリカで私が住んでいた町はとても小さくて、車がなければどこへも行けないようなところだったのですが、留学した大阪には何でもありました。住まいの近くに本屋さんやレストランが揃っているし、電車やバスなど公共交通機関も整っていて、すごくコンパクトに組み立てられているなと思いました。

――関西弁には戸惑いませんでしたか?

 まったく知らなかったわけではないので、大丈夫でした。というのも、アメリカの大学で勉強していたのは基本的には標準語でしたが、日本語の授業を生徒が楽しめるようにと関西弁の授業も組み入れられていたんです。

――大好きな漢字が街に溢れていたと思いますが。

 はい、そうですね。あの頃はまだ漢字検定のことも知らず、知らない漢字が多かったのですが、街中の看板を見たりするのがとても楽しかったです。漢字が入っている商品があったら購入したり、写真に撮らせてもらったり。その日本での体験があったので、やはりもっと日本語を勉強したいと思い、アメリカに帰って専攻を日本語に変更しようと決めました。
 その頃は東アジア研究の専攻ができたばかりで、クラスメイトの日本語力は、初級レベルが約15人、中級レベルは約10人、上級レベルは私1人でした。そんな状況だったので、アドバイザーの教授と一緒にカリキュラムを組み立てました。

大好きな日本語を読み解く、翻訳は謎解きの面白さ

――大学の専攻を日本語に変えて卒業、それからどうしましたか?

 とにかく日本に行きたかったので、日本の英会話講師の仕事を見つけて来日しました。そのときは2年ほどでとりあえず帰国し、アメリカで翻訳の仕事に出会いました。義姉が日本のマンガを翻訳出版する会社に勤めていて、マンガの日英翻訳をやらないかと言ってくれたんです。これをきっかけにフリーランスで翻訳の仕事を始めました。

――翻訳をしたのはそのときが初めてですか?

 大学の授業で『ハリー・ポッター』を日本語で読む、といったことはしていましたが、日本語の本を翻訳するというのは初めてでした。あの頃は漢字が難しかったですね。知らない漢字が多く、日本で買った電子辞書でいちいち調べていました。
 でも翻訳の仕事はとても面白くて、自分には向いているなと思いました。英会話講師は人との出会いが多く、それが楽しみではありましたが、翻訳のほうは、この日本語をどんな英語にすればいいか、この気持ちを英語でどう表現すればいいか、私の好きな謎解きそのもの。そのパズルのような過程がとても好きになりました。

――その後、再び来日したのはいつですか?

 約2年間、アメリカで翻訳の仕事をしていましたが、やはり日本語をもっと上達させるためには日本に行くのがいいと思い、2008年1月に日本に来ました。翻訳の仕事はインターネットがあればどこでもできるので、マンガの翻訳の仕事を続けながら、英会話講師の仕事も見つけました。

――初めて漢字検定8級にチャレンジしたのは2008年とのことですが、なぜ漢字検定を受けることになったのでしょう?

 英会話スクールの生徒さんが教えてくれたんです。「そんなに漢字が好きなら、漢字検定に挑戦してみたら?」と。そのとき初めて漢字検定というものがあることを知りました。さっそくテキストを買って勉強し、8級は1回で合格。7級をスキップして、6級、5級は順調に合格しましたが、4級を受けたとき、あと1点で不合格になってしまったんです。とても悔しくて! でも、たった1点だから大丈夫だと思い、1年かけて4級の復習から、3級、準2級、2級の勉強をいっきに仕上げて、次はいきなり2級に挑戦して、合格しました。そして準1級は2回目で、1級は2012年に5回目で合格しました。

――1級合格は日本人でも難しいと言われています。どのように勉強したのですか?

 いちばん大事なのは書き取りですね。2級までは、日本漢字能力検定協会が出版している書き取り練習用のノートがあるので、それを使ってそのレベルの新出漢字をすべて書き取り練習しました。それから熟語の書き取り練習。そのレベルで出題される熟語の意味をひとつひとつ辞書で調べて単語帳を作り、ひたすら書き写しました。
 上位級は難しいので、仕事が終わったら時間の許すかぎり漢字の勉強をしていました。1日できれば2〜3時間、テストの1カ月前は5〜6時間くらいでしょうか。漢字は、私にとってアートです。だから、どれだけ書いても疲れないし、飽きない。勉強するのは楽しかったです。

――漢字を学んだことで、どのようなメリットがありましたか?

 もちろん翻訳の仕事がスムーズになりました。漢字検定は漢字そのものだけではなく、さまざまな熟語や慣用句なども出題されるので、かなりの語彙力の強化になりました。知らない漢字や語彙を調べる時間を大幅にカットできたので、仕事の効率が上がりました。


 日本人でも難しいという漢字検定1級に合格したメイヤーさん。翻訳の仕事に生かせることはもちろん、漢字そのものへの探究心もますます強くなっていったようです。後編では、翻訳の仕事と漢字に関する仕事について、さらに詳しく伺います。お楽しみに。

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ブレット・メイヤー

アメリカ・ニュージャージー州出身。静岡県浜松市在住。子どもの頃から日本に興味を持ち、高校ではアニメーション部に所属、独学で日本語を学び始める。大学ではコンピュータ・プログラミングを専攻するも、日本への短期留学を経てますます日本に興味を持つようになり日本語専攻に変更。大学卒業後に来日して英会話講師に。2年後に帰国し、マンガの日英翻訳に携わる。2008年に再来日、英会話講師をしながら翻訳の仕事を増やしていく。2012年10月、非漢字文化圏出身者として初めて日本漢字能力検定1級に合格。ことわざ検定2級も取得。現在は実務系の日英翻訳を中心に、漢字教育士としてラジオやテレビで漢字の解説を行うなど幅広く活躍している。通称は「ぶ先生」。

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