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トラマガ

Vol.354 <前編>メディカル翻訳者 山名文乃さん

バイオの知識を活かしメディカル翻訳へ。
興味をエネルギーに換えれば進む道は見えてくる

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(2015年10月9日更新)
 今回はメディカル翻訳の分野で活躍する山名文乃さんにお話を伺います。中学・高校と英語に苦手意識を持っていたという山名さん。大好きな生物を学びたいと大学ではバイオの分野を専攻しました。英語とは縁のない生活を送るつもりでいた山名さんですが、社会人になってから英語、そして翻訳に目覚め、戦略的に学んでいきます。翻訳者のスタートラインに立ったのは、社会人になってから6年後のこと。まず前編では、山名さんが翻訳者になるまでの道のりについて語っていただきました。

微生物に興味を持ち、大学ではバイオの研究に従事

――大学ではバイオについて研究なさっていたそうですね。どのような分野でしょう?

 自然界の生き物を大きく分ける方法に、動物界、植物界などといった分類がありますが、それで言うと「菌界」という分野で、DNA解析を取り入れた分類研究をしていました。
 そもそも中学生の頃から理科が好きで、なかでも生物に興味があり、教科書以外にも雑誌や書籍をよく読んでいたんです。いろいろと読むうちに、例えば、生態系全体の絶妙なバランスや、土壌にすむ微生物のミクロの世界などに興味をひかれ、大学はそのような方向に進めればいいなと思っていました。
 生物系を学べる大学にいくつか見学に行ったのですが、そのうちのひとつが筑波大学でした。広い構内で迷ってしまい、たまたまたどり着いた研究室で、出ていらした准教授の先生が、何の知識もない高校生に菌類のことや胞子のことなどを丁寧に説明してくださったんです。話はとても面白く、印象深い経験でした。
 結局、筑波大学に進学し、いろいろな分野の研究室を見る機会があったのですが、やはり最初の印象が強烈だったようで、悩んだあげくに見学に来たとき迷い込んだ、そして面白いと思ったあの菌類を対象とした研究室に所属することに決めました。

――ちなみに、英語についてはいかがでしょう? 中学、高校の頃、英語は好きでしたか?

 英語ですか……。英語に関しては、私は落ちこぼれだと当時は思っていました。世の中の平均と比べると、そう悪い成績ではなかったと後で気づいたのですが、帰国子女を多く受け入れている、英語教育に力を入れている学校で、英語に関してはまわりのレベルがとても高かったんです。だから学校内では英語の成績は悪い方で、ずっと苦手意識を持っていました。「私は一生日本にいるのだから、英語なんてできなくてもいい」と、実際には生物学を学ぶためにも英語が必要になってくるのですが、高校生の頃はそんなことも知らずに、英語とは距離を置いていました。

――そんな山名さんが、英語と向き合わなければならなくなったのは、いつ、どういう理由からですか?

 本格的に英語と向き合ったのは、研究室のゼミで発表をしなければならなくなったときです。ゼミでは当番制で研究発表があったのですが、発表するテーマを探すために英語論文に目を通す必要があったのです。しかも私の所属していた研究室の教授はこの分野の世界的権威で、留学生も受け入れていたことから、取り上げる論文は英語で書かれたものというルールがありました。発表は日本語でしたが、月に1回まわってくる当番のために、専門誌から4,5本の論文を選んで精読し、参考文献も20本くらいは読まなければなりませんでした。それが大学4年から大学院2年までの3年間続きました。

――でも、この期間にかなり英語力が伸びたのではないですか?

 どうでしょう。残念ながらゼミの発表に関しては、最後までダメでしたね。ただ1度だけ「今日の発表はよかった」と言ってもらえたことがありました。テーマは、先生から与えられることが多いのですが、そのときは私自身が興味があり、やりたいと思ったものを選びました。興味があったからか、論文を読んでも他のテーマの時よりも内容が理解できる気がして、ゼミの発表で何をどう伝えればいいかも、確信を持ちながらまとめることができたんです。何か、今まで越えられなかった壁を越えられたような、そんな気がしました。その結果、先生からも褒められて、達成感を得られたわけです。その原動力となったのは、自分自身の好奇心、知りたい・伝えたいと思う気持ちだったと思います。それこそが大事なんだと実感しました。

社会人になり、専門知識に加えて英語力を強化

――大学院を修了し、その後、どのような仕事に就きましたか?

 そのまま関連の研究職に就ければベストなんでしょうが、なかなかそういう仕事はありませんでした。研究が忙しくて、就職氷河期にもかかわらず就職活動に乗り遅れ、就職先は決まりましたが、正直いって希望通りというわけではなかったので、ある程度仕事で成果を出せたら、いずれは転職しようという気持ちを持っていました。
 転職を成功させるためには準備が必要です。大学で学んだ専門知識、会社で身に付けられるであろうビジネスの実務スキル、そこに英語力がプラスされればかなり有利に転職できるのではないか、と思ったんです。高校生の頃からあった英語への苦手意識が、大学で必要になってからも抜けきらずにいたのですが、社会に出て改めて英語は必要だと実感し、今度こそ本気で取り組んでみようと思いました。

――社会人になってからの英語の学び直し、具体的にどのようなことをしましたか?

 まず、英語学習に関する情報を大量に集めました。情報源は、英語学習者のブログなどインターネット上の情報や英語学習に関する書籍などです。それらを読みあさって、どうすれば効率よく英語力が伸ばせるか考えました。
 留学が手っ取り早く効果的だと思いましたが、会社勤めがあるので海外に赴くことはできません。日本に居ながら留学するのと同じレベルまで英語力を引き上げることを目標に据えました。そして留学する人が事前準備として英語力の底上げをするための学校を選びました。文法をきっちり教えてくれるカリキュラムで、会社が終わってから週に2回の授業に3年間通いました。
 英語学習というのは、「穴の開いたバケツに水を注ぎ続ける作業だ」と言われることがあります。注ぐのを止めたらバケツは空になります。注ぎ続けたからといって満杯になるわけではないのですが、でも空にしないためには注ぎ続けることが何よりも大事なのです。となれば、週に2回のスクール通いだけでは、とうてい足りません。毎日英語に触れ続けるためにどうすればよいか、いろいろと工夫しました。

――留学するのではなく、英語漬けの日常を自らつくり出すわけですね。例えば、どういうことをしたのですか?

 例えば、NHKのバイリンガル放送やポッドキャストで英語を聞く、英語学習サイトでゲーム感覚で単語量を増やす、読みたい本があっても(早く読みたい気持ちを抑えて)先に原書を読んでから確認のために訳書を読む、といったことをしました。それから、ヒアリングマラソンなど昔から定評のある学習教材も利用しました。仕事以外の時間は、このような英語学習に没頭し、とにかく英語に触れ続けるという生活を3年間続けました。

――週2回のスクール以外はすべて独学ですね。疲れたから今日はやめようとか、毎日はモチベーションが保てないとか、そういうことはありませんでしたか?

 それが、昔はあれだけ英語が嫌いだったのに、自分で決めてやり始めてみると意外と楽しくて、まったく苦痛ではなく、生活サイクルの一部のように自然と英語に接する毎日を送ることができました。
 スクールと独学のバランスもよかったと思います。スクールでは、授業の中でロールプレイングをしたり、エッセーを提出して添削を受けたりと、実際に英語を運用する場がありました。それから、仕事でも変化があって、英語を使っての電話会議とか、英語で報告書を上げる機会が増えました。
 スクールや会社という実践の場があり、独学だけでは分からなかった英語力の伸びを実感できたのがよかったと思います。

――英語力をアップさせて転職をと考えていたわけですが、その目標が「翻訳者」になったのは、何かきっかけがあったのですか?

 英語を勉強しているときに、いろいろなサイトを参考にしたのですが、その中に翻訳者さんが書いているサイトがあり、「私が翻訳者として仕事を始めるまで」といった内容のコーナーがあったんです。それを読んで初めて「英語力を活かす仕事として、翻訳という選択肢もあるんだ」と意識しました。翻訳者なら自分が大学でやっていた専門を生かして仕事ができるかもしれない。それができたら素晴らしいな、と思うようになったんです。それで、今度は翻訳についていろいろと調べました。
 翻訳の仕事も会社に勤めてするものだと思っていたのですが、調べてみると、どうやら在宅が主流らしいということがわかりました。満員電車に乗らなくてもいい、オフィスの寒すぎる冷房に悩まされることもない、なんて素晴らしい働き方!と思ったんです(笑)。
 ただ同時に、最終的には在宅でできる仕事だけれども、社内翻訳者や翻訳会社勤務などの経験をもとに独立するパターンもあるらしいということもわかりました。そこで、最初は企業に勤めて社内翻訳者として経験を積み、いずれはフリーランスになれればいいなとイメージができあがっていきました。

――そうですね、大学で学んだ、そしてご自身もとても興味がある専門分野があるのですから、それを生かさない手はありません。翻訳ならそれが可能ですね。

 はい。それから「大学で学んだ生物やバイオの知識を生かせる翻訳の分野は何だろう」とさらに調べ、たどり着いたのが特許翻訳とメディカル翻訳でした。この2つを念頭に翻訳学校を探し、まずは特許翻訳のコースで学んでみることにしました。6カ月間学んだ後、講師の方に「さらに学びたいなら個人指導を受けてみないか」と声をかけていただき、ベテラン特許翻訳者の方が個人的に開いている勉強会に参加することになりました。そちらにも6カ月くらい通ったのですが、その途中からちょっとした仕事の手伝いを任されるようになっていきました。

――順調な滑り出しですね。その後はどうやって仕事を探していったのですか?

 翻訳学校で6カ月学び終えた頃に、先生からもそろそろトライアルを受けてはどうかと言われたので、さっそく履歴書と職務経歴書を送り始めました。最初からフリーランスは無理だと思っていましたので、契約形態にはこだわらず、派遣でも契約でも、また翻訳の仕事だけではなくチェッカーでも、自分にできそうなもの、翻訳の実績が積めそうなものには何でも応募しました。この頃、求人情報を得るために、翻訳者ネットワーク「アメリア」にも入会しました。
 そのアメリア経由で声がかかったのが3カ月間にわたるプロジェクトでのチェッカーの仕事でした。翻訳の勉強をひととおり終えたら、まずはどこか会社に就職して翻訳の経験を積もうと思っていたので、その転職にもこの長期プロジェクトへの参加は生きると思い、このとき勤めていた会社を辞める決心をしました。


大学院卒業後、約6年間の会社勤めを経て、いよいよ専業翻訳者への本格的な準備段階に入った山名さん。一見、遠まわりのようにも思えますが、実は先に専門分野を持っていたことは翻訳者として、とても有利だったとも言えます。後編では、実際にどうやって自分が本当にしたい仕事を見きわめていったのかを教えていただきました。

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山名文乃<やまなあやの>

筑波大学大学院バイオシステム研究科修了。社会人になってから英語を学び直し、学生時代に培ったバイオの専門知識を活かして翻訳者になる道を模索する。翻訳学校で学んだ後、2010年よりフリーランスでメディカル翻訳を始め、2011年に『バイオメディカル・ラボ』を開設。医学・バイオ・製薬分野に特化して、翻訳ならびにメディカルライティングのサービスを提供する。

<関連リンク>
■山名さんのHP
バイオメディカル・ラボ

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