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トラマガ

Vol.369 <後編>オペラ翻訳家 三浦真弓さん

オペラにおける“歌う翻訳”とは、
歌に込められたドラマを表現すること

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(2016年5月16日更新)
前編では、オペラという壮大な舞台芸術を日本語に翻訳する、その意義や手法について教えていただきました。後編では、オペラと出会った三浦さんがどのような経緯でオペラ翻訳を手がけるようになっていったのか、オペラの翻訳という先人の少ない分野で、どのようにスキルを磨いていったのか、お話しいただきました。そして、オペラ翻訳に携わって20年あまり、三浦さんがライフワークとして取り組みたいと考えている大きな夢についても語っていただきました。

舞台好きが高じて裏方を志願し、翻訳要員に

――そもそもオペラに興味を持ったきっかけは何ですか?

幼時よりピアノを習っていましたが、器楽よりも声楽にひかれ、クラシック音楽や映画音楽の歌のレコードを聴いたり、テレビの歌番組を観たりするのが好きでした。オペラとの出会いは中学時代です。ピアノの恩師のご主人がオペラ演出家だったご縁で、何度も舞台に足を運びました。
舞台好きでアーティストの方々を尊敬していましたので、もっと劇場に関わりたくなり、学生時代はコンサートレセプショニストのアルバイトに打ち込みました。ここで5年間、お客様のご案内や販売業務、舞台裏アナウンス、楽屋のお世話や舞台上での花束贈呈など、舞台芸術に必要なさまざまな仕事と、そのチームワークの大切さを知ったことが非常に大きな財産となっています。

――オペラの翻訳に携わるようになった経緯は?

オペラの制作現場に関わるようになったのは、大学時代、友人が出演したアマチュアオペラ団体「ガレリア座」の公演を観て感動し、何でもいいから裏方仕事を手伝わせてほしいと志願したのがきっかけでした。第二外国語でフランス語を、独習でドイツ語を学んでいたので翻訳要員となり、まずは「台本翻訳」(読む翻訳)、その後「訳詞作成」(歌う翻訳)も請け負うようになりました。そのうち、関係者間の口コミで、外部の音楽家・団体・事務所等からも、翻訳や訳詞のご依頼を頂くようになりました。
オペラ分野では、1995年に初めて、フランスオペラを他の翻訳者と3人で共訳しました。思えばこれがトライアルだったようなもので、次作品の依頼からは、全幕分を一人で手がけることになりました。こうして最初に全幕完成させた作品が、カールマンのドイツ語オペレッタ《伯爵令嬢マリツァ》です(1996年発表・2016年再演予定)。この時はじめて、“読む翻訳”として歌詞・台詞・ト書きをすべて日本語にする「台本翻訳」と、“歌う翻訳”として原語歌詞に日本語歌詞をあてる「訳詞」の両方を一挙に手がけました。
当時はドイツ語力も足りず、とても大変でしたが、苦心して訳したものが稽古場で実際に歌手によって歌われた時の喜びはもちろん、自分一人の翻訳作業中からすでに苦しむこと自体が楽しく、この作業が好きだ、もっと上手くなりたい、と思いました。

――イタリア語、ドイツ語、フランス語の3カ国語の翻訳をしているとのこと、外国語は昔から得意だったのですか?

外国語が得意だと思ったことはなく、むしろ私は外国語が苦手だから翻訳(=日本語化)せずにいられないのだと思っています。特に英語は、オペラ研究における英語の有用性に目覚めるまでは、味気なくて一番苦手な外国語でした。
イタリア語、ドイツ語、フランス語を学び翻訳してきたのは、この3つが「オペラの三大主要言語」だからです。近年、ロシア語の勉強も始めましたが、これもロシアオペラを本当にわかりたくなったためです。つまり「オペラを日本語でわかりたい」、その先には「オペラを原語のまま理解したい」という思いがあるわけですが、私にとってはそれが常に外国語習得の動機であり、原動力になっています。

――オペラの舞台に立ったご経験もあるそうですね。

はい。「ガレリア座」で2公演だけ合唱の一員として出演しました。仲間と舞台をつくる楽しさのあまり、若気の至りで勢いで決めてしまいました(笑)。この経験で、自分の居場所は舞台の上じゃないと気づいたので、その後、舞台に立とうと思ったことはありませんが、舞台を作るプロセスを内側から実体験し、本番舞台から客席を眺めたことは、とてもよい経験になりました。

――舞台に立った経験は、翻訳にも役立っていますか?

そうですね。舞台では、とにかく最初の第一声が大事なんだということを身をもって感じました。例えば、同じ原作から映画とミュージカルがつくられている作品があっても、その演奏方法において、歌い手と聞き手の関係性や距離感ははまったく違います。劇場ならではの臨場感を発揮するためには、歌い手は、映画のように曲全体で雰囲気をつくるのではなく、舞台からの第一声で観客を惹きつけなければなりません。そのように印象的に歌われるべき台本を私は翻訳しているわけで、自分の仕事がどういう位置づけなのか、訳詞に求められているものは何なのか、という原点にいつでも立ち戻るために、劇場空間を生身で感じた経験は大いに役立っています。自分が舞台に立つことはなくなった今は、客席の側から、ボストンやNYで行なわれるオペラやミュージカル、クラシック音楽の公演に日常的に通って、つねに「劇場の空気」に触れているようにしています。

オペラ翻訳のデータベースを整備し、情報を共有したい

――オペラの翻訳はどのように身に付けていったのですか?

日本語のオペラ訳詞法を教えてくれる場所も相談する人もなく、がむしゃらに訳詞経験を重ねて、コツや方法をつかむしかありませんでした。ある意味、孤独な道だったのですが、2011年にオペラ・アメリカの年次総会「全米オペラ会議」に参加し、アメリカ人のオペラ訳詞家と知り合い、自分のやり方は間違っていなかったんだと確認することができたのは、とてもうれしいことでした。
“歌う翻訳”は“読む翻訳”のように原語と訳語、1対1では訳せません。とにかく音楽を損ねないように音楽最優先で訳す、というやり方にたどり着き、私はそんなふうに訳していたのですが、誰にも確かめられないだけに「本当にこれでいいのだろうか?」と迷う気持ちもありました。それが、その会議で知り合ったアメリカ人の訳詞家の方も私と同じ意見だったのです。歌に込められたドラマを表現するということが“歌う翻訳”でいちばん目指すべきところであり、そのやり方は何語でも同じなんだと、同じ訳詞家として通じ合うことができました。
また“歌う翻訳”は、聞くお客様のために訳すのはもちろんのこと、その前に歌う人のために訳すという一面もあります。訳詞家はその二つの課題に挑戦しなくてはならないということ、それこそが訳詞業の醍醐味だという点でも、彼女と意気投合しました。この出会いによって、英語で自由に意思疎通できるようになれば、世界中の人とオペラの話ができるんだ、と気づいて、遅ればせながら英語を真剣に学び始めるきっかけにもなりましたね。

――オペラの翻訳をはじめて21年になるそうですね。今後の目標、夢などはありますか?

三浦さんのブログでは、日本未訳のオペラのデータベースを随時公開している これまで20年間、「訳した作品は必ず上演される、ただし締切つき」という、訳詞家にとって最高に恵まれた厳しい修行環境をいただいてきました。最初の10年は、渡米・出産・育児期などと重なって思うように作業時間がとれないことに苦しみ、次の10年は、熟練してきた分、作業精度と作品の質に対する自分の要求が高まって、別な意味で時間不足に苦しむなど、つねに葛藤の日々でしたが。こうして鍛えられた年月を糧に、今後は、受注生産ばかりでなく、自主制作の仕事も増やしていきたいと考えています。まだ日本語に訳されていないオペラ作品は大量にありますから、長生きしなきゃ、という感じですね(笑)。
アメリカに来て、オペラの資料や訳詞が英語でなんでも揃っていることに衝撃を受けました。日本にもそういうオペラ翻訳のデータベースのようなものが整備されたらどんなに便利だろうと思います。オペラに興味を持たれる方が自由にアクセスできる作品提供の場を作っていきたい。「こんなオペラを日本語にしましたが、読みたい方・歌いたい方いませんか?」と作品をこちらから発信し、広く共有していくことで、私と同じく「日本語をオペラでわかりたい」方々と、新しくつながっていけることを期待しています。それが私のライフワークですね。

――それでは最後に、翻訳を学習中の方にメッセージをお願いします。

私の場合は、最初から職業として翻訳者を目指したわけではなく、常に先に訳したい物があり、その必要を満たすために語学を習得してきました。その経験から申し上げると、まず「何を訳したいのか」ということが大事ではないかと思います。
語学が得意な方はたくさんいると思います。でも語学力自体は「道具」でしかなく、それを使って何を「表現」するか、どんな「作品」を生み出すか、という目的こそが重要です。「これをわかりたい、訳したい」「これは自分が訳すべきだ」という強い動機がないと、一作一作の産みの苦しみに最後まで耐えること、そうした生産活動を長く続けていくことはなかなか難しいものです。訳したいものが見つかれば、そのために何が必要か、自分には何が足りないかがおのずと見えてくると思います。語学力と調べる技術はどのような分野の翻訳にも共通の必須能力でしょうが、それにプラスして求められる力は、何を訳すかによって絞られてきます。オペラ翻訳の場合は、扱う作品にまつわる地理・歴史・宗教・文化・芸術などの基礎知識が必要なのはもちろんですが、それを踏まえて、作品が上演される現代日本との「ずれ」を見極め、両者間を調整していく力が必要です。どんな遠い昔の作品であっても、「今、ここ」にいらっしゃるお客様に生き生きと伝わる翻訳であることが最終目的だからです。
それから、オペラの翻訳の場合は、1つの公演をつくるためにチームを組んで取り組むことになります。翻訳家・訳詞家もチームの一員としてルールを共有し、自分がやるべきこと・やらなくてもいいことを自覚すること、歌手をはじめとするメンバーそれぞれの立場を尊重することが非常に大事です。共に仕事に関わる人を、対等な専門家同士として互いにリスペクトし、信頼してこそ、自分の持ち場である翻訳にも全力を注げるし、完成した作品を安心して手放して、また次の課題に向かっていけるのだと実感しています。そうした素晴らしいチームとの数々の出会いに恵まれて、20年間、オペラの翻訳を続けてこられたことに、心から感謝しています。



編集後記

自分の興味の対象があり、それが外国語で作られたものであったがゆえに、深く理解したいという衝動から、母国語に翻訳して自分の中に取り込む。そして、その感動をそのままに母国語で万人に理解してもらえるかたちにしてはきだす。三浦さんの場合はそれがオペラだったわけですが、これぞあらゆる分野に通ずる翻訳の真髄だと思いました。今後も、たくさんのオペラの感動を日本人に届けてください!

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<みうらまゆみ>

早稲田大学第一文学部(哲学専修)卒、東京都立大学大学院人文科学研究科(哲学専攻)修士課程を2000年に修了。大学院在学中の1995年よりオペラの翻訳をはじめる。初めて訳したオペラ《ホフマン物語》(オッフェンバック作曲)はフランス語からの翻訳(共訳)だった。翌1996年にはドイツ語オペレッタ《伯爵令嬢マリツァ》(カールマン作曲)の全幕を訳す。また1999年にはイタリア語オペラ《仮面舞踏会》(ヴェルディ作曲)を訳し、オペラの三大主要言語である仏・独・伊すべての翻訳に携わる。ほぼ1年に1作のペースで全幕作品を翻訳し、単独曲の訳詞を多数発表するほか、演奏会評の執筆(日本語、英語)やオペラ関連記事の翻訳紹介なども手がける。

<関連リンク>
■公式ブログ:「オペラ・オペレッタ訳詞家の書斎」
■Twitterアカウント:@mayumiura


<主な翻訳作品>

オッフェンバック「ホフマン物語」(共訳)、ウェーバー「魔弾の射手」(以下全訳)、マイアベーア「悪魔のロベール」、ドニゼッティ「愛の妙薬」、ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」「仮面舞踏会」「運命の力」、グノー「ファウスト」、ビゼー「真珠採り」、オッフェンバック「天国と地獄」「美しきエレーヌ」、ミレッカー「乞食学生」、メサジェ「ヴェロニック」、カールマン「伯爵令嬢マリツァ」「シカゴ大公令嬢」(日本初演)「モンマルトルのすみれ」(日本初演)、J.シュトラウス二世「王子メトゥザレム」(日本初演)、J.シュトラウス二世=E.コルンゴルト編曲「こうもり」(編曲版日本初演)他。



「オペレッタアリア名曲集 ソプラノ/メゾソプラノ -ドイツ語作品編-」(田辺とおる編/三浦真弓ほか 日本語歌詞 ドレミ楽譜出版社・2014年再版)
※全22曲中6曲の訳詞を提供



「イタリアオペラアリア名曲集 テノール」(フランコ・マウリッリ編/三浦真弓 対訳協力・ドレミ楽譜出版社・2005年)


<次回公演情報>

カールマン作曲
喜歌劇「マリツァ伯爵令嬢」
(日本語訳詞上演)

2016年9月11日(日)
練馬区立練馬文化センター大ホール

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