一覧に戻る

トラマガ

Vol.372 <前編>訳詞家 金子みちるさん

歌詞の解釈は一つじゃない。
読んだ人が思いを広げられる歌詞をつくりたい。

後編を読む→


(2016年7月5日更新)
これまでに700枚以上のアルバムの歌詞対訳を手がけてきた金子みちるさん。小学生のころから筋金入りの洋楽好きで、ハード・ロックやヘヴィ・メタルをこよなく愛し、コンサートにも足しげく通っていたそうです。いったんはインテリア・デザイナーの道に進みましたが、音楽仲間の仕事を手伝ったことをきっかけに訳詞家の道へ。好きな洋楽に日々接していられる訳詞家の仕事は金子さんにとって天職だったようです。どんなふうに日本語の歌詞をつむいでいくのか、その仕事ぶりをさっそくお話しいただきましょう。

歌詞対訳をベースに、インタビューや通訳もこなす

――まず、訳詞家の仕事についてうかがいます。洋楽の英語の歌詞を日本語にする仕事ということはわかるのですが、もう少し詳しく教えていただけますか。

洋楽好きな方はご存じかと思いますが、海外アーティストのCDには輸入盤と国内盤があります。輸入盤のほうが少し安いのですが、国内盤は高いかわりに輸入盤には入っていないボーナストラックが1〜2曲付いていたり、歌詞の日本語訳が付いていたりします。歌詞対訳と呼ばれるのですが、これをつくるのが私の仕事です。
実は、同じく訳詞家と呼ばれる仕事にはもう一つあります。洋楽のカバー曲を日本人歌手が日本語で歌うことがありますよね。その歌詞を書く人も訳詞家です。ただ、歌詞対訳とはやり方がまったく違います。カバー曲のための訳詞は、日本語をリズムに乗せることが最優先ですから、英語の歌詞の意味を理解したうえで、その雰囲気を伝える歌詞を日本語でいちから作詞するという感じです。翻訳というよりも作詞なので、作詞家の方が誰かに英語の歌詞を訳してもらって、それを元に作詞する場合もありますね。
私がしている歌詞対訳のほうは、作詞ではなく翻訳です。洋楽を英語のまま楽しむ人に、この歌詞は何を歌っているのかを伝えるための対訳をつくっています。

――なるほど、同じ訳詞でも大きく違うんですね。では、歌詞対訳の仕事は、どのように進められるのですか?

歌詞対訳の仕事は基本的にアルバム単位で、レコード会社から依頼があります。音源と英語の歌詞を渡されて、これを元に日本語の訳詞をつくっていきます。仕事のやり方は人によって違うと思いますが、私の場合はだいたい次のような流れです。
CD1枚には、だいたい10〜12曲くらい入っていますが、まず英語の歌詞を目で追いながら曲をすべて聴きます。聴きながらイメージをつかみ、一人称を何にするか考えます。例えば、男性ボーカリストだったら「俺」「オレ」「僕」「ぼく」「私」などが考えられますよね。複数のミュージシャンの曲を集めたコンピレーション・アルバムなどを除くと、一般的なアルバムは同じ人が歌っているので、その人のイメージ、アルバムのテーマなどを把握して、まず一人称を決めるのです。
それから歌詞には誰か相手が出てくるので、二人称の呼び方も考えます。「おまえ」「君」「キミ」「あなた」などがありますね。二人称のほうは曲によって変わることもありますが、まずは基本形を決めておきます。日本語の場合は語尾の変化もいろいろありますが、人称が決まれば語尾もだいたい決まってきます。「オレ」は「〜だぜ」と言いますが、「私」だったら言いませんよね。
ここまで決めると、今度は1曲1曲聴きながら、歌詞も読みこんで、対訳を作っていきます。最近は、訳している間はその曲をリピートで流しっぱなしにしていることが多いです。この仕事を始めたばかりのころは、1曲訳すのに丸1日かかっていた時期もありましたが、いまはだいたい1曲30〜40分、アルバム1枚を1〜2日で訳しています。

――訳詞以外に、ミュージシャンのインタビューや通訳、音楽雑誌の記事翻訳などもなさっているそうですね。

はい。いずれもCDの歌詞対訳の仕事が起点となって依頼されるようになった仕事です。
CDの発売が決まると、レコード会社はプロモーションをしないといけないので、音楽雑誌社に、そのミュージシャンのインタビュー記事の企画などを持ち込みます。雑誌社からOKが出ると、実際にミュージシャンにインタビューをすることになります。来日の予定があれば対面でのインタビューのアポを取りますが、特に予定がない場合は電話でインタビューをします。
金子さんが翻訳を担当している音楽誌 対面でのインタビューの場合は、雑誌の編集者あるいはライターがインタビュアーで、私は通訳を依頼されることが多いですね。電話インタビューの場合は、私が通訳兼インタビュアーになります。時差の関係で夜中に行うことも多いので、自宅から約束の時間に国際電話をかけて、あらかじめ編集者が用意した質問事項に沿って英語で質問していきます。ときには予想外の回答があって、次の質問を変更せざるを得ないようなこともありますが、そこは臨機応変に対応します。やりとりをテープに録っておいて、英語を聞きながら日本語で内容を書き起こして雑誌社に納品。編集者が誌面に合わせて編集して掲載となります。
このようにして知り合った雑誌の編集者から、レコード会社が絡まない案件でも、例えばライブで来日したミュージシャンに通訳で同行してほしい、海外の音楽記事を翻訳してほしいといった依頼を受けるようになり、仕事が広がっていきました。

インテリア・デザイナーから訳詞家に転身

――訳詞家に憧れる人は多いと思いますが、どうすればなれるのか見えにくい職業でもあると思います。金子さんの場合はどうだったのでしょうか。まず原点として、子どもの頃からかなりの洋楽好きだったそうですね。

洋楽を聴き始めたのは小学校高学年の頃です。最初はポップ音楽や、ロックでもせいぜいビートルズやローリング・ストーンズでしたが、徐々にマニアックなジャンルに目覚めていって、中学生の頃はレッド・ツェッペリンなどハード・ロックやヘヴィ・メタルへと移っていきました。高校生の頃は、海外ミュージシャンのコンサートによく行っていましたね。コンサート会場でよく会う友達もできて、好きなミュージシャンのファンクラブを作ったりしていました。

――洋楽好きが高じて、英語も好きになったのでしょうか?

そうですね。小学生の頃からずっと洋楽を聴いていたので、中学で英語の授業が始まるのが楽しみでした。ただ、英語の先生の発音があまりにもネイティブとかけ離れていたのにはショックを受けましたが……。でも、だからといって英語がキライになったわけではなく、発音のことから英語にもっと興味がわいて英語自体が好きになり、どの教科よりも勉強したので成績はよかったです。
私が生まれて初めて使って通じた英語は“May I have your autograph?”なんですよ。コンサートのあと、楽屋から出てくるミュージシャンを出待ちして、「サインください!」ってね。サインだから英語でもsignでいいのかなと思っていたのですが、それでは通じなくて……。調べてみたらautographと言うのだとわかって、さっそく使ってみたんです。通じたときは、うれしかったですね。
こんなふうに、私にとって英語は憧れのミュージシャンとコミュニケーションを取るためのツール。ひと言でもいいから言葉を交わしたい、サインが欲しい、一緒に写真を撮りたい、その一心で英語を覚えました。

――洋楽が好きで、英語も好きになって、訳詞に興味をもったのでしょうか?

いいえ。英語は好きでしたが、仕事となると別だと思っていました。だって、どれほど勉強して、英語がうまくなったとしても、英語力という面では英語圏のネイティブやバイリンガルのレベルに追い付くのは難しいですよね。スタートが違うから、ハンディがあり過ぎます。英語以外では、絵を描いたり、デザインをしたりということにも興味があって、そちらの分野なら世界中の人とハンディなく渡りあえるなって、生意気ですがそんなふうに考えて、美術系の高校に進学しました。そのまま大学も美術系に進み、インテリア・デザインを専攻しました。

――では、卒業後はインテリア・デザインの道に進んだのですか。

はい。オフィスデザインを手掛ける会社に就職しました。ただ就職する前に自由を満喫したいと、卒業後は半年ほどロンドンに行きました。親には「英語を学びたい」と言って許してもらいましたが、実際には本場ロンドンでコンサート三昧です。語学学校に通ったのは最初だけで、毎日のようにコンサート通いをしていました。実は30才を過ぎてもう一度、半年ほどロンドンに留学しましたが、このときは前よりもまじめに語学学校に通いました。
インテリア・デザインの仕事には、最初は契約社員として、途中からはフリーランスとして15年以上携わりましたが、そのうちバブルがはじけると仕事が減ってしまって。何とかしなければと思い、「何かアルバイトない?」と聞いてまわっていたところ、「英語できたよね。ちょっと手伝ってくれない?」と声をかけてくれたのが訳詞の仕事をしている友人だったんです。音楽の趣味が同じで知り合った友人でしたが、彼女はバイリンガルで早くから音楽業界で通訳や翻訳の仕事をしていました。
最初は「翻訳なんて私にできるわけない」と断ったのですが、彼女に「とりあえずやってみて。無理ならやめればいいじゃない」と言われて、やってみることにしました。渡された仕事は2つ。歌詞の対訳と、彼女が英語でインタビューした内容を日本語に書き起こす仕事でした。
何とか仕上げて見てもらうと、「アシスタントとしては十分。やりながら覚えていけば大丈夫」ということで、それから彼女のアシスタントをするようになりました。

――アシスタントはどのくらい続けたのですか?

1年くらいアシスタントをしたところで、彼女に「もう大丈夫。担当者を紹介するから、自分ひとりで仕事をして」と言われ、レコード会社の方と雑誌社の方を何人か紹介してもらって、独り立ちして仕事をすることになりました。
当初は、あくまでも本業はインテリア・デザイナーで訳詞や翻訳は副業だったのですが、デザインの仕事が減る一方で訳詞や翻訳の仕事はどんどん増えていって、最終的には今の仕事一本になりました。

――では、訳詞の手法は、アシスタントをしながら実践的に身につけたということですね。

そうですね。英語自体はロンドン留学時と帰国後日本でも数年学びましたが、翻訳を学んだことはありません。訳詞に関しては、友人のやりかたを真似て覚えました。
私が歌詞を訳して、それを友人が手直しをして完成させます。友人や他の訳詞家の訳詞と自分の訳詞を見比べて、どこが違うのかを探りました。いちばん最初に気づいた違いは、代名詞の訳しかたでした。最初は学校の授業のように単語をすべて訳さなければいけないと思っていたのですが、友人の訳を見てみると、余分な代名詞が取り除かれていて、それでも意味はきちんと伝わるんです。「あぁ、全部訳さなくてもいいんだ」とあるとき気づいて、真似するようになりました。
英語は最初に重要なことを言って、あとから情報を付け足していく足し算の言語ですが、日本語は余分なことを言わずともきちんと伝わるようにする引き算の言語です。余分な言葉をいかに引いていくかが重要なのだと感じています。


期せずして大好きな洋楽の歌詞対訳の世界に一歩を踏み出した金子さん。その後、いかにして腕を磨き、仕事の地盤を固めていったのか、後半でさらに詳しく伺います。お楽しみに。

このインタビューもおすすめ!

<かねこみちる>

女子美術大学産業デザイン科卒業。インテリア・デザインの仕事を経たのちに、歌詞対訳を中心に音楽関係の翻訳・通訳にたずさわる。これまでに歌詞対訳を手掛けたのは、マイケル・シェンカー・グループ、ブラックモアズ・ナイト、TNTのアルバムなどロック、メタルを中心に700枚超。その他、ミュージシャン来日時のインタビュー・通訳、音楽雑誌『BURRN!』『ユーロ・ロック・エクスプレス』などの記事翻訳、書籍の翻訳など、音楽業界を中心に幅広く活躍している。主な訳書に『エイジア ヒート・オブ・ザ・モーメント』(マーキーインコーポレイティド)、『アルディメオラギタープレイ理論』(シンコーミュージック)などがある。

<主な翻訳作品>


『リック・スプリングフィールド/ロケット・サイエンス』(マーキーインコーポレイティド)


『ミッドナイト・エターナル/ミッドナイト・エターナル』(マーキーインコーポレイティド)


『レイジ/ザ・デヴィル・ストライクス・アゲイン』(ワードレコーズ)


『ファントム5/ファントム5』(キングレコード)


『エイジア ヒート・オブ・ザ・モーメント』(マーキーインコーポレイティド)


PICK UP

通学講座説明会 「入門・初級」体験レッスン 「翻訳入門<ステップ18>」お得なキャンペーン

PAGE TOP