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トラマガ

Vol.374 <前編>漫画翻訳家 木村智子さん

セリフに込められた感情だけでなく、
漫画に描かれたすべてをあますことなく英訳にのせる

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(2016年8月5日更新)
英語はもちろん、フランス語やドイツ語、中国語、タイ語など、あらゆる言語に翻訳され、世界中で愛されている日本の漫画。多くはその言語を母語とする翻訳者が手掛けていますが、そんななかに一人、日本人の日英翻訳者がいます。Tomo Kimuraこと木村智子さんです。日本のインターナショナルスクールに通い、大学はアメリカでコンピュータ・サイエンスを専攻、帰国してソフトウェアエンジニアとして働いた後に漫画翻訳家に転身。いったいどんな転機があったのでしょうか。お話を伺いました。

エンジニアから漫画翻訳家へ華麗なる(?!)転身

――幼稚園の頃からインターナショナルスクールに通われていたそうですね。

はい。母の親戚がインターナショナルスクールに通っていたので、そういう学校があることを知っていて、そしてこれからの時代は英語が理解できることが絶対必要だから、ということで私を幼稚園から通わせることに決めたと聞いています。高校までインターナショナルスクールに通いました。当時は、卒業後に受験できる日本の大学がかなり限られていたので、高校卒業後はアメリカへの留学を決めました。

――大学は理工系で、卒業後はエンジニアとして働いていたそうですね。

もともと理系の教科が好きで、大学院でコンピュータ・サイエンスを専攻したこともあり、卒業後は帰国してソフトウェアエンジニアとして就職しました。メインの仕事はソフトウェア開発でしたが、日常的な仕事として、ソフトウェア製品関連資料の和訳やマニュアルの校正などがありました。また英語ができるということで上司の社外会議の通訳にかり出されたり、先輩研究員の論文の英訳の手伝いなどを頼まれたりもしました。

――エンジニアだった木村さんが、どうして漫画翻訳家に転身することになったのでしょうか。

勤めはじめた頃はIT業界も景気が良く、仕事量も残業も多かったです。技術は進歩しますから、週末に勉強したりもしていました。そんな日々で、30才を過ぎた頃には体にガタがきていました。
そのうちにITバブルがはじけ、会社は人員整理です。いよいよ私の番になりましたが、その頃には体調が最悪で、精神的にも燃え尽きていて、自宅療養していたんです。
会社を辞めたものの次の仕事を探すこともできない状態でしたが、そんなとき、漫画などの趣味を通して知り合った友人から連絡が来たんです。「転職して、いまはサンフランシスコにあるVIZ Media という会社で働いているんだけど、一緒に働かないか」と。VIZ Mediaは日本の漫画やアニメの翻訳出版を行うアメリカの会社でした。仕事をなくした直後で、ありがたい話ではあったのですが、しかし新しい仕事を始められるような体調ではなく、事情を説明して丁寧にお断りしました。
ところが、それから数カ月後に、その友人からまた連絡があったんです。それまで少年漫画を中心に翻訳出版していたVIZ Mediaですが、今後は本格的に少女漫画を出版していくことになったので翻訳者を探している。そのトライアルを受けてみないか、という誘いでした。
体調は、以前連絡をもらったときよりは回復していました。この友人とは昔から好きな漫画の話をよくしていて、それを覚えていて、わざわざ声を掛けてくれたんだなというのがわかりましたし、これはなんとか頑張ってみようと思いました。

何度も読み込むと頭に響いてくる、主人公の声をそのまま訳す

――昔から漫画には興味があったのですか?

はい、漫画は子どもの頃から大好きで、ずっと読んでいました。私が10代の頃は、少女漫画誌に SF作品の連載が多くて、『紅い牙(狼少女ラン)』『最終戦争シリーズ』などが特に好きでしたね。英国貴族もので初めて好きになった『バジル氏の優雅な生活』などもよく覚えています。

――英語はネイティブ並、漫画も好きということですから、トライアルに合格する自信はありましたか?

いいえ、それまで翻訳家を目指したことはなかったですし、なれると思ったこともありませんでした。翻訳は会社の業務で多少経験したことがあるというものの、特に学んだこともありませんし、ましてや漫画を訳すなんて初めての経験で、何をどうしていいのかもわかりませんでした。でも、失業中の私にとって大きなチャンスです。ダメもとでやってみようと思いました。

――トライアルは、どのような内容でしたか?

何でもいいから、好きな少女漫画の作品を選んで、冒頭の10〜12ページを訳して送るというのがトライアルの内容でした。そこで、家にある単行本を眺めて、どれにしようかなと悩みました。自分が翻訳することを考えると、まだ連載の途中でこの先どうなるかわからない作品よりも、物語が完結している作品のほうが全体をイメージできて翻訳しやすいのではないかと考えました。あまり古い作品じゃないほうがいいと思ったので、トライアルを受けたのは確か2004年秋だったのですが、その頃連載が終了したばかりの『満月(フルムーン)をさがして』という作品を訳すことに決めたんです。

――初めて漫画を翻訳してみて、いかがでしたか?

とにかく、何とか訳しあげて提出しなければと必死の思いだったので、「ここはこんなふうにしよう」とか「翻訳って楽しいな」とか、そんなことを考える余裕はまったくありませんでした。トライアルの合格レベルというのも見当もつかなかったので、ただ目の前にあるトライアルを頑張る、それだけでしたね。
ただ、子どもの頃から漫画に限らず本を読むのが好きで、児童文学などもたくさん読んでいて、小説には漫画のように画はありませんが、読んでいるうちになんとなく頭の中にイメージがわき上がってきたり、キャラクターがしゃべる様子が想像できたり、そんな感じで本を読んでいた記憶があったんです。ですからこのときも、まず頭の中にイメージがわき上がってくるまで作品を読み込むことから始めました。読んでいると主人公の女の子のイメージが出来上がってきて、頭の中でセリフを語る女の子の声が響くようになってきたんです。あとは、その主人公になりきって訳しました。この娘はこんなキャラクターだから、英語だったらこんなふうに話すだろうな、というのを想像しながら。

――トライアルの結果はどうでしたか?

トライアルの訳文は、何人かの編集者にランダムに振り分けられて採点されたようです。トライアルを受ける時点では、私はまったく知らなかったのですが、実はこの作品はすでに翌年の出版が決まっていて、しかも私のトライアル訳文をチェックした編集さんが担当者だったんです。その編集さんから「君の訳のノリが気に入った。仕事として訳してみない?」とお言葉をいただき、これが私の漫画翻訳家としての初仕事になりました。


思いがけず、大好きな漫画の翻訳者になる道が開けた木村さん。しかし先駆者のいない世界だけに、自分の翻訳スタイルを築き上げるまでには、いろいろな苦労があったようです。後半では漫画翻訳の特徴についてもたっぷりお話を伺っています。お楽しみに。

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<きむらともこ>

マサチューセッツ工科大学理学部数学科を卒業後、ボストン大学大学院に進み、Computer Science科修士課程を修了。帰国してソフトウェアエンジニアとして就職。いく度か転職し、のべ14年間エンジニアの職に従事する。2004年に米 VIZ Media社出版の“Full Moon wo Sagashite”(邦題:『満月をさがして』)で翻訳家デビュー。以来12年間で訳した単行本の数は200冊を超える。主な翻訳作品には“So Cute It Hurts!!”(邦題『小林が可愛すぎてツライっ!!』)、“Kamisama Kiss”(邦題『神様はじめました』)、“Black Butler”(邦題『黒執事』)等がある。文化庁メディア芸術連携促進事業である「Manga翻訳コンテスト」の審査員も務める。

<関連リンク>
「Manga翻訳コンテスト」



<主な翻訳作品>


“So Cute It Hurts!!”


“Skip Beat!”


“Saturn Apartments”


“Black Butler”


“Pandora Hearts”


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