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トラマガ

Vol.397 <後編>映像翻訳家 いずみつかささん

大人も子どもも大好きなディズニーの世界を
わかりやすく美しい日本語で届けたい

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(2017年12月15日更新)
子どもから大人まで、みんなが憧れる夢の世界、ディズニー。その日本語版のセリフを翻訳しているいずみつかささんに、お話を伺います。前編では、ディズニーの世界観を壊さないよう、どんなところに気をつけてセリフを作っているのかを伺いました。後編は、まず吹替用の日本語台本ができるまでの過程を詳しく教えていただきました。特に登場人物の会話のやり取りをどう作り込んでいくのか。そのテクニックは必見です。これから映像翻訳家を目指す人へのメッセージもいただきました。

まず全体の世界観をつかみ、徐々に細部に入っていく

――劇場映画の吹替翻訳をするときの、翻訳の手順を教えていただけますか?

翻訳の手順は人によって違うと思いますが、私の場合はまず映像を一視聴者として観ることから始めます。通しで2、3回観て、だいたいの話の内容、キャラクターの性格や役割、全体の世界観、何を伝えようとしている作品か、といったところを把握します。
それらが掴めたところで、次に素訳をします。まずはセリフの長さなどは考えずに、台本にある英語のセリフを日本語に訳していきます。その際、例えば台本に“Hello.”と書いてあったとしても、隣にいる人に言っているのか、遠くにいる人に叫んでいるのとでは訳が違ってきますので、映像で場面を確認しながら訳していきます。
素訳の段階では、キャラクターをどのように描くのか、まだ決めかねていることがあります。具体的にいえば、一人称を「私」にするか「ぼく」や「おれ」にするか、語尾をどうするか。まだ悩んでいることもありますが、この段階では深く考えずに、暫定的に決めて進めます。
ひととおり最後まで訳すと、ただ視聴していたときには気づかなかった物語の伏線に気づいたり、聞き逃していたキーワードが見えてきたりするものです。そこで今度は、自分の素訳をもとに、尺を合わせながらセリフを練っていきます。

――尺、つまり英語のセリフの長さに、日本語のセリフを合わせていくということですね。

はい。尺合わせは、映像を見ながら、実際に声に出して合わせます。ゆっくりと話すシーンだと、台本の順番にやっていくのですが、かなりエキサイトしたシーンだと、まずはAさんのセリフだけを作り、次にBさんのセリフだけを作る、という順番でやります。
例えば、彼氏と別れて泣き叫ぶ女の子Aを親友の女の子Bがなぐさめているとします。興奮して早口でまくし立てるAのセリフにかぶせてBは優しい言葉をかけます。二人が同時に話すので、映像の口と合わせるのは、一度にどちらか一方しかできません。しゃべり口調もテンションも違いますから、まずはAの気持ちになってしゃべり、次にBの気持ちになってしゃべる、としなければうまくいかないのです。それから、早い会話は掛け合いになりますから、内容もうまく合わせる必要があります。Aのセリフ「××に捨てられて……」の「捨てられて」の言葉を引き受けてBのセリフ「あんな男、いいじゃない」と入らなければ掛け合いになりませんから、自分の書いたAのセリフを見ながら、次にBを合わせていく、というやり方をしています。

――素訳の段階で決めかねていたキャラクターは、最後の段階で決めるのですか?

そうですね。素訳では「ぼく」にしていたけれども、セリフを練っていくうちに、思ったよりも悪い奴だったなと気づき「おれ」に変える、ということもあります。それから、外では「わたし」だけど、家に帰ると「ぼく」になることもあります。そういうところも最終的にきちんと決めて、統一していきます。
それで最後は、納期次第ではありますが、可能であれば1日か2日置いてから見直しをして納品するようにしています。翻訳を練っているときは、これが最高の訳だと思って書いているのですが、冷静になって読み返すと「あれ、違うな」と思うことがあるんです。納品前に、もう一度最初から、セリフを声に出して尺の確認をしながら、全体の流れや、言葉づかいに違和感がないかなど、チェックするようにしています。

――ご自身の最終チェックで、具体的にはどんなところを直すのですか?

例えば、ラ行が続いていて言いにくいことに気づいて直したことがありました。改めて耳で聞いたらわかりづらい言葉だったとか、「だれが、どこへ、何々」と書いていたけれども、映像の仕種や表情に合わせるなら「どこへ、だれが、何々」としたほうがいいことに気づいて語順を入れ替えたりしたこともありました。そういうところは、少し時間をおいて見直すとよく見えるものです。

――セリフの収録には立ち合われますか?

スケジュール次第です。次の作品の翻訳が詰まっている時は、ディレクターにお任せすることもあります。主要なキャラクターの声を声優の仕事に慣れていないタレントさんが担当することがあり、その場合は立ち会うようにしています。

――例えば90分の映画の場合、翻訳にはどれくらいの時間がかかりますか?

同じ90分でも、作品によって全然違うので、一概にどのくらいとは言えません。美しい風景が映し出されて、ゆったりとしたナレーションが要所要所で流れるネイチャーものもあれば、4人の登場人物がひっきりなしにしゃべっているドラマもありますから。台本の分厚さも、全然違うんですよ。
字幕ですと、メインのキャラクターのみの訳しか出ませんが、吹替の場合は後ろで話している雑談やテレビの音声なんかも全部訳さなければならないので、翻訳にどれくらいの時間がかかるかは、本当に作品によってまちまちです。

作品の持つ世界観を翻訳でどう表現するか?

――小さなお子さんから大人まで、ディズニー作品は本当にファン層が厚いですよね。特にお子さんが観るということで、翻訳するときに何か気をつけていることはありますか?

私自身そうでしたが、ディズニーアニメを子どもたちは何度も繰り返し、セリフを覚えるくらい見てくれていると思います。あるとき電車に乗っていたら、私が書いた『アナと雪の女王』のセリフを真似している女の子がいて、心のなかで「それ、私が書いたの」と思いながらドキドキしていました。
そんなふうに自分のした仕事が子どもたちに多少なりとも影響を与えているのはとても嬉しい反面、責任のあることだと感じています。だから、古いと言われるかもしれませんが、流行語や「ら抜き言葉」のような、いずれ受け入れられるかもしれないけれど、まだそうなっていない言葉は使わないようにしています。それから、キャラクターとして悪い言葉遣いの登場人物も出てきますが、それでも乱暴になりすぎないように、ある程度の節度を持って訳すようにしています。
また、映像作品は本とは違いどんどん先へ先へと進んでいきます。ですから耳で聞いて理解しやすい言葉というのを意識しています。これは大人向けの作品でもそうですが、子ども向けの場合は特に子どものボキャブラリーの中で理解できるセリフにしなければなりません。ディズニー番組の場合は、作品によって幼稚園児向けとか、中高生向けとか対象年齢が分かれていてそれを確認して、例えば中高生向けには「だって、私にとって必要なの」と訳すところ、幼稚園児向けには「どうしてもやりたいの」と訳すなど、年齢層に合わせて訳し分けるようにしています。

――いずみさんはアニメ作品以外にも、ネイチャー作品や米国ドラマなど、手がけていらっしゃいますね。ジャンルごとの翻訳の違いはありますか?

基本は同じですが、ジャンルごとに多少の違いはありますね。例えば、動物の生態を紹介するドキュメンタリー番組のナレーションを翻訳する場合は、美しい映像を見ながら、ゆっくりと鑑賞してほしいので、情報をあまり詰め込まず、ナレーションがゆっくりした話し方になるように、気をつけています。学術的な難しい説明が入りますし、馴染みのない言葉もたくさん出てくるので、あまり情報を詰め込みすぎて、途中でついていけなくなったら、つまらないですから。情報量が多少英語版より少なくなったとしても、結果的にそのほうが作品を楽しんでもらえるだろうと思っています。
一方、テンポの速い米国ドラマの場合は、勢いを大切にしたほうがいいこともあります。たとえば、会話というより怒鳴り合っているような緊迫した場面では、一つ一つのセリフがよく聞こえなくても、パニックを起こしていることが伝わればいいので、そこはセリフを詰め込み気味にしました。世界観に合っていれば、乱暴な言葉もあえて使ったりします。

――映像翻訳家を目指している学習者の方にメッセージをお願いします。

まずひとつ伝えたいいのは、翻訳や作品を好きになっていただきたいということです。もちろん、嫌いな方は翻訳をしようなどと思わないので、皆さん好きだとは思うのですが……。私はこの仕事を30年続けてきましたが、壁にぶつかることは何度もありました。そんなときに自分を支えてくれたのが、それでも続けたいという気持ちでした。そう思えるかどうかは、自分の仕事に惚れているかどうかに掛かっています。好きだからこそ、仕事に惚れ込んでいるからこそ、何があっても続けられたのだ。私自身、そう実感しているので、皆さんにも好きという気持ちを大切にしてほしいと思います。
それから仕事をするうえで大切なのは、いろんなアンテナを張ることではないかと思っています。翻訳者はさまざまなキャラクターにならなければなりません。あるときは大学教授、あるときはプリンセス、あるときは悪党のセリフを訳します。当たり前のことですが、日本語で理解できないことは英語でも理解できません。そう考えると、大学教授がどんなことをどんなふうに言うのか、日本語である程度わかっていなければ、どんなに英語が理解できても、うまくは訳せないということになります。本を読む、映画を観る、異分野の方と話をするなど、何でもいいと思います。食わず嫌いなしに、こんな世界もあるんだと知るためにも、アンテナを高く伸ばしておいてほしいと思います。
そして、最後にもうひとこと。やりたいことを悔いのないようにやってください。翻訳でなくてもかまいません。私も最初から翻訳家を目指していたわけではありません。そのときそのときで好きなこと、やりたいことを一生懸命やってきました。大学のときは勉強も疎かにはしませんでした。結果的に翻訳者になった今、そうした経験のすべてが仕事に集約されていると感じます。


編集後記

数々のディズニーの名作の日本語版セリフを紡ぎ出してきた翻訳者はどのような方なのか。楽しみに会いに行きました。いずみさんは、目をきらきらさせながら、生き生きとした表情で答えてくださる、本当にすてきな方でした。いずみさんの明るさは、ディズニーの世界観にピッタリ!と私は思いました。これからも子どもたちが憧れる夢の世界を、翻訳の力で作り出してください。

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<いずみつかさ>

1965年神奈川生まれ 東京外国語大学 外国語学部 中国語学科卒。大学卒業後、映画、TV、DVD/BD等の日本語吹替版、日本語字幕版の翻訳に従事、現在に至る。株式会社スタジオ・エコー所属。主な吹替作品は、【劇場作品】「トイ・ストーリー」シリーズ、『アナと雪の女王』『美女と野獣』、【DVD/BD作品】『ラプンツェルのウエディング』、『ミリオンダラー・アーム」』【TVシリーズ】「ちいさなプリンセス ソフィア」シリーズ、【オンデマンド配信作品】『Fear the Walking Dead』『RENT』等。字幕もふくめ翻訳作品多数。


<関連リンク>

株式会社スタジオ・エコー


<主な翻訳作品(吹替)>

【劇場作品】
『アナと雪の女王』
『美女と野獣』
「トイ・ストーリー』シリーズ(1〜3)
『アナスタシア』
『パイレーツ・オブ・カリビアン / 生命の泉』
『マレフィセント』
『ローン・レンジャー』
『塔の上のラプンツェル』
他多数

【DVD/BD作品】
『ウォルト・ディズニーの約束』
『幸せの教室』
『ミリオンダラー・アーム』
他多数

【TVシリーズ】
「ちいさなプリンセス ソフィア」シリーズ
他多数

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