「保険」関連の翻訳とは?
通信講座マスターコース講師の島崎正彦先生に聞いてみました

  • 島崎先生は普段、どのような翻訳のお仕事をされているのでしょうか?

    島崎先生

     大別しますと2種類あります。一つは登録している翻訳会社から受注する外資系生命保険会社(複数社)の社内使用文書の翻訳です。議事録、システム仕様書、監督当局向け提出文書、研修資料などです。本国のトップ経営者やシステム等の部門責任者が日本人でない場合は、彼らの参照・参考用英訳がほとんどですが、日本人社員に向けた文書などの和訳もあります。
     もう一つは私が翻訳とは別に携わっているLIMRA(Life Insurance Marketing and Research Association)という米国の生命保険業界団体が発行するリサーチや、研修教材の和訳です。これらは日本国内の生命保険業界各社や関係者に購読されます。
     例外的に税務や他の金融など生命保険以外の仕事が舞い込むこともありますが、量はごく僅かで、意図したわけではないのですが、いつの間にか生保業界専門になっています。

    島崎正彦先生
  • 翻訳者になられる前は、生命保険会社にお勤めだったんですよね?

    島崎先生

     ええ。一番はじめは日本の企業で、22年勤務しました。いわゆる保険の営業職員さんの指導から始まって、支払・収納などの保険事務、人事、国際業務(海外不動産、国際再保険等)、企画(予算策定等)など、いろいろ経験しました。その後、外資系に移ってからは対外広報と対監督当局と外国人経営者との繋ぎ(いわゆるMOF担)を併せて10年経験しました。

  • どのようなきっかけで、翻訳者になろうと思われたのでしょうか。

    島崎先生

     最後に勤めていた銀行窓販の米国系生命保険会社がとても居心地がよく、当局との交渉にあたっては本国から来た歴代社長にも頼られていたので、その会社に骨を埋めるつもりでした。ところがリーマンショックの余波で、事実上2012年頃には販売停止、その後撤退してしまったのですね(笑)。それで、かねてからやりたかった英文ライティングの学校を起こそうと、翻訳学校に1年通い、英訳とその教え方を学びました。この間にアメリア経由でチェッカーの仕事をしていましたが、やはり学校の夢が捨て難く独立。しばらくは自分の学校と、アメリアで見つけた会社からの翻訳を2本立てでやっていました。そのうち大学講師の口が見つかったり、先ほどのLIMRAの日本事務所のお手伝いの話が来たりで、昨年までは仕事を4つ抱えていました。今は自分の学校はお休みして、翻訳、LIMRA、それに大学講師を軸に仕事をしています。

  • 保険関連の文書を翻訳するうえでは、どんなことを心がけているのでしょうか。

    島崎先生

     訳語のユーザーおよび文脈への親近性ですね。同じ保険の「募集人」でも、最も広義では“producer”という言い方もありますし、コンプライアンスや規制関連の文脈では“solicitor”とするほうが馴染む場合もあります。営業社員の名称などの専門用語も、日本語では同じでも英語では会社によって様々です。すなわち、読者や文脈によって、同じ言葉でも訳語は変わり得ます。これは英和でも和英でも同じです。自らの語彙力のみに頼らず、各社の用語集を入念にチェックして、これに沿って行く慎重さが重要、というより大前提になります。またその語彙の背景になっている経営制度や営業システムの違いなども理解する必要があります。例えば“Agent”と言えば通常は保険会社と委託関係にある独立代理店の募集人であり、“sales representative”と言えば会社と雇用関係にある営業社員、という具合です。

  • 翻訳の需要については、時期や時代によって変化などはあるのでしょうか?

    島崎先生

     最近では、規制関連の監督官庁向け提出物、すなわち各種報告や議事録の提出が増加傾向にあるようで、事前に外国人経営者・責任者が目を通す必要がある場合などの英訳が多くなっている印象です。また、新商品も次から次へと開発されており、これに伴ったテクノロジー、例えばAIによる機械支払査定などですが、そういったものに関連する文書も増えているように思います。

  • 保険というジャンルでは、どのような翻訳者が求められていると感じますか?

    島崎先生

     少し前までは生命保険業の翻訳と言えばいわゆる資産運用(投資)や経理関連が主だったのですが、先ほどお話したように新商品の開発に伴って、営業、支払、コンプライアンスなど、保険会社の業務は広がり、その分、幅広い分野で翻訳が必要になっています。これら全ての分野で精通することは一朝一夕にはできませんが、無限の知識が要求されるわけでもありません。地道に実績を重ねて用語に馴染んでいけば誰でもやっていけるのではないかと感じています。但し、そうはいっても保険は金融システムの一部ですし、特に銀行窓販関連の商品は投資型や外貨建てが主流なので、やはり基本的な金融リテラシーは必要ですね。

  • 普段はどのようなペース配分でお仕事をされているのでしょうか?

    島崎先生

     仮に、1日分と目算される仕事が夕方に来たら、まずは夜のうちに原文をプリントして単語チェックとリサーチに費やします。勝負は翌朝5時から。私にとって、朝食前の2時間が頭も体もすっきりしているベストな時間帯で、ここでどの程度進むか見極めます。あとは朝食後の2時間、昼食後の2時間、夕方2時間、夕食後の2時間と、1日の稼働時間を5つの枠にわけて進捗を考えます。最も大事な見直しは完成直後にやるのではなく、ある程度頭を冷やす意味も込めて、やはり翌朝5時からの2時間に行うのが理想的です。なるべくこのパターンで進捗と時間を管理していくよう努めています。

  • 仕事の必需品といったものはありますか?

    島崎先生

     weblio、生命保険用語英和辞典、それにコーヒーとCDですね。とにかく体がきついので、1枚のCDを聴き終わる70~75分ぐらい集中したら、10~15分は横になるようにしています。また量の多い仕事などは、いつ終わるのやらと途方にくれがちなので、CD1枚聴き終わるごとに進捗を確かめるといったペースメーカーとしても、私には重要です。あとは、「これが終わったら!」を目標にコンビニでチューハイとつまみを買って来ておいて、クラシック映画のDVDを観るのを楽しみにしています。また、とにかく動かなくなりがちなので、ゴルフは意識して月に最低2回はやるようにしています。

  • これから始まる先生のマスターコース「ビジネス(保険)」の受講を希望している方に、メッセージをお願いします。

    島崎先生

     今回は保険、それも生命保険を題材にしています。なぜ生命保険なのかというと、きちんとこの分野を翻訳できる方が、需要と比べても、また絶対的にも少数であると思われるためです。生命保険業は売上の99.99%は国内のため、伝統的な日本企業においては海外投融資やアクチュアリー(保険計理人)など限定的にしか英語は用いられずに来ました。従って保険本業部分、すなわち営業や新契約査定、支払査定、さらにコンプライアンスなどの業務について英語でハンドルできる人はそう多くいません。一方、最近では業界の主たる翻訳ユーザーである外資系の存在は大きくなっており、また伝統的な国内大手生損保のアジアなどへの海外進出も目覚ましく増えています。こうしたことから、保険本業分野での翻訳需要は今後も期待できると思われます。金融リテラシーがベースにある方は特に、一歩踏み込んでみてはいかがでしょうか。

島崎正彦先生
プロフィール
島崎先生

米国生保業界団体LIMRA日本事務所副代表、上智大学非常勤講師。外資系生保を中心に翻訳を手がける。日系生命保険、外資系生命保険会社の国際業務、企画調査、広報部門等に通算32年勤務。

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