文芸翻訳家 青木悦子さんのreco本『遠い町から来た話』

 出版翻訳家が最近読んだおすすめの本=“reco本”を、毎月リレーで紹介していきます。「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!

 前回の光野多惠子さんからバトンを受け取ったのは、翻訳修行中に中田耕治氏のクラスで机を並べて学んだ仲という青木悦子さんです。
 今回もぜひお楽しみください!

青木悦子さんのreco本

  • 『遠い町から来た話』書影

    『遠い町から来た話』

    ショーン・タン 著
    岸本 佐知子 訳(河出書房新社)

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     今回ご紹介するこの本には、十五の短編小説がおさめられている。
     
     そしてそのどれにも、この世界ではない別の世界が登場する。
     
     すぐ隣りにある異世界と、そこの住人。こちらとあちらの世界があたりまえのように並存していて、誰かがそこを行き来すると、何かが生じる。喜び、不安、冒険、驚き、焦燥。そのどれもが奇妙になつかしく、どこかで出会ったような気がする。
     
     また、作者自筆の絵が実にいい。一編ごとにタッチや描法を変えてあり、単なる挿し絵ではなく、文章と同等の力を持って物語をかたっている。そうした絵の自在な力によって読み手は遠く運ばれるが、そこに広がる景色ははじめて見るのに、やはり不思議な既視感がある。むかし味わったけれど忘れていた感情や、眠っていた思いを呼び覚まされる。
     
     わたしがとくに好きな話は『水牛』だ。いつものっそり寝ているけれど、誰かが相談ごとをすると必ず正しい方向を指してくれる水牛。でもいつしか誰も相談にいかなくなり、水牛は……結末はぜひ本書の実物を手にとって、読んでいただきたい。わずか一ページの文章と一枚の絵からなる物語が、忘れがたい印象を残す。
     
     水牛の頭の上には、そこに憩う鳥たちのシルエットがえがかれている。その鳥がなんだかうらやましくみえるわたしは、もうむこうの世界の住人なのかもしれない。

     

青木悦子さんのプロフィール

文芸翻訳家。J・D・ロブ<イヴ&ローク・シリーズ>、ポール・アダム『ヴァイオリン職人の探求と推理』『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』、マイクル・コリータ『深い森の灯台』、ノーラ・ロバーツ『あの頃を思い出して 第一部』など訳書多数。

次(10/15更新)は
青木悦子さんからの
ご紹介で高橋知子さん
おすすめの本です。
お楽しみに!

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