文芸翻訳家 中村久里子さんのreco本『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

 出版翻訳家が最近読んだおすすめの本=“reco本”を、リレーで紹介していきます。「次はなんの本を読もうかな」と思ったら、ぜひreco本を手に取ってみてください。バトンが誰に渡るのかも、お楽しみに!

 前回の三角和代さんからバトンを受け取ったのは、ミステリ読書会仲間であり、ともにサッカー観賞が趣味という中村久里子さんです。今回もぜひお楽しみください!

中村久里子さんのreco本

  • 『目の見えない人は世界をどう見ているのか』書影

    『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

    伊藤 亜紗 著(光文社)

  •  

     気鋭の美学研究者が、単なる視覚情報の遮断ではない「視覚抜きで成立している体そのもの」を多角的に考察し、まったく新しい身体論による世界の捉え方を提示する刺激的な1冊だ。
     
     著者にとってはただの下り坂でしかない道を、視覚障害者の友人は「大岡山」の地名と身体に感じる傾斜から、そこが「やっぱり山で、いまその斜面をおりている」と捉えた。目の前の坂道しか「見えていない」著者と、地形全体が「見えている」友人の対比に、視覚情報とはなんぞやと考えさせられる。ブラインドサッカーの選手に言わせると、晴眼者のトップ選手はボールを見てドリブルしない、つまり「メッシはブラインドサッカーの状態になっている」。なるほど、「見(え)ない」とは、すなわち能力の高さになるのだ。晴眼者と視覚障害者がともに美術館で絵を鑑賞する「ソーシャル・ビュー」では、絵の説明を介し、双方の絵の「見え方」がさまざまに変容する。「見える/見えない」が交錯し、ときに逆転するさまは、実にスリリングだ。著者はこれを、見える人と見えない人との「『対等な関係』ですらなく、『揺れ動く関係』」だという。
     
     わたしはランニングが趣味で、最近は視覚障害者ランナーの伴走もしているが、伴走の魅力とは、まさにこの「揺れ動く関係」にあると感じる。自分の言葉が相手の視界を作り、相手の動きが自分の視界を変える。自他の境界のバランスを取りつつ進む難しさゆえの楽しさは、異なる言語を行き来する翻訳作業のそれに、どこか通じているとも思うのだ。

     

中村久里子さんのプロフィール

文芸翻訳家。スザンヌ・ジョインソン『カシュガルの道』、ヨナス・ヨナソン『天国に行きたかったヒットマン』『国を救った数学少女』などの訳書を持つ。やまねこ翻訳クラブ会員。

担当編集者のコメント

小松 現さん

2015年に刊行されて以来、多くの方々に読まれているロングセラー作品です。刊行前、生物学者の福岡伸一さんに原稿を読んでいただいたのですが、「いやはや、たいへんな書き手を発見しましたね」という言葉を頂戴したのを今でもよく覚えています。2018年には、絵本作家・ヨシタケシンスケさんが本書に触発されて『みえるとか みえないとか』(アリス館)という作品を刊行しました。現在の表紙は、そのヨシタケさんのイラストが目印です。

光文社のWebサイトはこちら

次(4/15更新)は
中村久里子さんからの
ご紹介で杉田七重さん
おすすめの本です。
お楽しみに!

top btn