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『グッバイ、サマー』

ミシェル・ゴンドリー監督の青春映画『グッバイ、サマー』。
フランス版『スタンド・バイ・ミー』ともいえるこの作品の字幕翻訳者、星加久実さんに、見どころや翻訳のエピソードをうかがいました。
『グッバイ、サマー』
『グッバイ、サマー』
【作品紹介】
ビョークのミュージックビデオや映画『エターナル・サンシャイン』『ムード・インディゴ うたかたの日々』のミシェル・ゴンドリー監督による自伝的青春ストーリー。
画家をめざす14歳のダ二エルは、女の子のような風貌で、ミクロ(チビ)と呼ばれて馬鹿にされていた。ある日、機械いじりが趣味の変わり者テオが転校してくる。はみだし者の二人は意気投合し、夏休みの旅に出た。スクラップで組み立てた夢の車「動くログハウス」で!

■監督:ミシェル・ゴンドリー
■出演:アンジュ・ダルジャン、テオフィル・バケ、オドレイ・トトゥ ほか
配給:トランスフォーマー

大人と子どものはざまで揺れる14歳の少年達。
そのアンバランスな感じが表れるよう気を使って訳しました。

この作品はフランス版『スタンド・バイ・ミー』だと思っています。これまでのゴンドリー作品とは異なり、撮影もストーリーもとてもシンプルです。けれども、空想と現実を行き来する彼らしいシーンがごく自然に織り込まれていて、「さすが!」とうなりました。ミシェル・ゴンドリーは大好きな監督の1人ですので、翻訳のお話をいただいた時は本当にうれしかったです。監督自身が少年のようなお茶目な方という印象があり、少年時代の自伝的な話と聞いて、どんな作品かと胸が躍りました。

 

絵が上手なダニエルは、女の子に間違えられるほどかわいくて、でも少し背伸びしたい少年。機械いじりが趣味のテオは、周囲とつるまず、語り口も少し大人びた少年です。2人は同級生なのですが、ダニエルの一人称は「僕」、二人称が「君」。テオの一人称は「俺」、二人称を「お前」としました。これに関しては、2人のキャラクターを見て自然と決まりました。14歳というと、カッコつけたいけどまだまだ幼さも残るような大人と子どもの間を揺れ動く時期で、心や体の成長にもかなり個人差があります。この年代特有のアンバランスな感じが表れるように2人の口調に気を使って訳しました。

 

映画『アメリ』で人気を確立したオドレイ・トトゥが、ダニエルの過干渉な母親役で登場します。オドレイといえば『アメリ』のほかにも、セドリック・クラピッシュ監督の青春3部作などのヒロインの印象が強いので、「母親役をやるような年になったのね」と感慨深かったですね。これまでのキュートなイメージとは異なるメランコリックで神経質な母親を演じています。監督自身の母親が投影されているようで、『ムード・インディゴ うたかたの日々』でも一緒だったゴンドリー監督とオドレイの強い信頼関係がうかがえると思います。

翻訳をしながら1シーン、1語ずつを丁寧に見ていくことで、彼らと一緒に「動くログハウス」で旅しているような気分になりました。エンディングを知っているはずなのに、訳す分数が少なくなるにつれて「夏よ、終わらないで」と切なくなりました。訳しながらこんな感覚を持ったのは、この作品が初めてです。

 

主人公の2人にとっては、この夏の経験が大人になる通過儀礼なのかもしれません。童心を忘れた大人も、童心を持ったままの大人も、14歳だったことがある人は誰でも、鑑賞後に「何かしらを持ち帰る」ことができる素敵な映画だと思います。シャイでお茶目なゴンドリー監督の原点も感じられますし。そして何より、2人の少年が本当に愛おしいです。画面いっぱいに広がる彼らの自然な表情とやりとりは、いつまでも見ていたくなります。

原題は、2人のあだ名である「MICROBE ET GASOIL」(チビとガソリン)です。「ガソリン」のほうはそのままでよいとして、「MICROBE」をどう訳すか、配給の方とも相談しました。「チビ」だとニュアンスが強すぎますし、全く違うあだ名もつけるのも難しい。結局「ミクロブ」というフランス語の響きから「小さい」という印象を与えられる「ミクロ」に落ち着きました。また、ダニエルは個展を開いた後から、何度か「GOUACHE ROCK」(グワッシュ画ロック)と呼ばれることがあります。最初は原文に近い訳をしていましたが、別のシーンの字幕で使った「ゲイジュツカ」ではどうかという案をいただきました。このあだ名には、絵が上手なことへの敬意と冷やかしが混じっています。直訳して観客を「?」と立ち止まらせてしまうより、ひねりのない素直な表現の言葉のほうがあだ名の持つニュアンスが伝わると思い、片仮名の「ゲイジュツカ」としました。

字幕の作業は、「生け花」に似ていると実感しています。
まず映画の全体像をつかんで、言葉を“剪定”し、“選定”していきます。

もともと私はフランス語の響きが好きで、大学でフランス語を学び始めました。そしてフランス映画にのめり込み、大学卒業後は映画配給会社に勤務しました。そこでは英語を使うことが多かったのですが、少しずつフランス語の勉強も続けていました。配給会社では、配給宣伝や買い付け、来日招聘を行う国際業務を担当していました。外国映画が多かったので、脚本、契約書、プロダクションノート、インタビュー記事など映画にまつわる英語の文書は一とおり訳しました。字幕については配給の立場からチェックなどを行う程度でしたが、ある時、字幕翻訳者の方が、作品の肝となる場面での“I am sorry”をどう訳すか悩んでいらしたのを見て、「なんて深淵で素敵な仕事なのだろう」と字幕に興味を持ち始めました。

 

ただ、配給会社で宣伝を行っていると、あらゆるメディアが気になって、電車に乗れば吊り広告を、書店に入れば雑誌の映画欄やタイアップ記事を探し、テレビをつければ……という状態だったので、一度リセットしたくなって、思い立ってパリに行きました。 けれど結局、現地でやっていたことといえば、語学以外は映画館とジャズのライブハウスに入り浸り、ワインを買って飲む日々。映画から距離を置こうとパリに来たのでしたが「やはり自分は、映画が好きでたまらないのだ」と実感して帰国しました。

 

フランスから帰国後に、フェロー・アカデミーの通信講座で字幕の基礎を学び、周囲に字幕を手がけたいことを話して、少しずつ映像翻訳のお仕事をいただくようになりました。縁あってフリーの英語・フランス語翻訳と配給会社勤務を兼業していいというお話をいただき、6年ほど続けました。この間、映画祭などで2種類の名刺を持ち歩いてさりげなく営業していました。まだ映像翻訳の経験がほとんどなかった私に機会を与えていただいた方々には、本当に感謝しています。

 

配給会社で勤務していた頃、作品の買い付けは数百本の中からたった1本を選んで投資するわけですから、「その作品の太い幹は何なのか?」、「その幹はどれぐらい太いのか?」を判断する嗅覚が問われます。そして宣伝においては、「作品の伝えたいことは何か?」、「どんな売り方をして、どんな観客に見てもらいたいか?」などを話し合って宣伝プランを練ります。そういった作業を長く行っていたので、字幕を作る時も、作品のエッセンスを常に念頭に置きながら訳すようにしています。1秒4文字の制約の中で、セリフのすべてを字幕にすることは難しいですが、取捨選択し、どの日本語を選ぶかを考える際に、この経験が生かされていると思います。

 

最近、字幕の作業は「生け花」に似ているように感じています。花を生ける時は、全体像が見えているからこそ、思い切って大きな葉や枝を剪定することができます。全体像が見えないまま残す枝葉を間違えてしまうと、いびつな作品が完成してしまいます。監督の思い描いた全体像を再現できるように、言葉の“剪定”と“選定”の感覚を磨いていきたいと思っています。

 

出産を機に、完全にフリーランスとなり、子どもが小学校に入学したのをきっかけにフルタイムで仕事をしています。配給時代の知人から声をかけていただいたり、翻訳者ネットワーク「アメリア」を通じて新たに娯楽スポーツ番組の翻訳を始めたり、様々なトライアルを受けて取引先を増やしたり、英仏の映像翻訳の幅も増えてきました。

 

普段は、朝8時から17時まで仕事、一旦母親と主婦に戻り、また21時から深夜まで仕事というスケジュールです。17時から21時までは「母親の時間」とメリハリをつけることで、かえって仕事にも育児にも集中できていると思います。もちろん週末も終日仕事となってしまって家族に申し訳ない時も山ほどありますが、仕事の合間に習い事の送迎をしたり、仕事のない平日は子どもとゆったり過ごしたり、常に家族を身近に感じながら働ける在宅のありがたさを実感しています。

 

これから映像翻訳者を目指す方は、まず映画館でたくさんの作品を見て、栄養をたくわえること、つまり「インプット」が、重要です。そしてDVDなどで鑑賞する時には、最初は字幕なしで見ることをお薦めします。自分なりの字幕を頭の中でアウトプットしてから日本語字幕を見ると、発見と驚きの宝庫です。作品の数だけ、練習問題が転がっているといえますね。このときのポイントは、字幕のない状態で必ず最初から最後まで一本を見切ること。すると自分が最初に抱いたキャラクターのイメージが正しかったかも検証できます。

 

私自身、買い付けの試写で字幕がまだついていない作品や英語字幕の作品を大量に見ていたので、自然と「この人物は、日本語だとこんな口調かな?」「このキーワードは日本語では何だろう?」などと考えながら見る癖がついたことが、現在も助けになっていると思います。まずは日本語の先入観のない状態で作品を鑑賞し、人物像をつかむことに慣れておくといいと思います。実際に翻訳する際は何十回と見るわけですが、どんな作品でも1回目の新鮮な印象を忘れずに大切にすべきなのではと思っています。

取材協力

星加久実さん

大学卒業後、映画配給会社に勤務。パリに留学後、フェロー・アカデミーの通信講座で字幕翻訳を学ぶ。配給会社に勤めながら、フリーの英語・フランス語翻訳を始める。出産を機に、フリーランスに。映像翻訳の他、音楽、ファッション、食品等、多ジャンルの翻訳を行っている。主な字幕翻訳に『赤い風船』、『白い馬』、『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』、『ミーシャ/ホロコーストと白い狼』、『夏時間の庭』など。

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