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『ウィメンズウェア100年史』

桜井真砂美さんが翻訳を手がけたキャリー・ブラックマン著『ウィメンズウェア100年史』をお届けします。
ファッション関連の知識がまったくないところから、すでに本書でこのジャンルの訳書が6冊目となった桜井さんにお話をうかがいました。
『ウィメンズウェア100年史』
『ウィメンズウェア100年史』
桜井真砂美【訳】
キャリー・ブラックマン【著】
スペースシャワーネットワーク
【作品紹介】
■紹介文
西欧を中心とした、ここ100年の女性ファッションの歴史を時代やジャンルごとに追った一冊。クチュリエの時代から大衆ファッション、ヒッピー、パンクなどを経て、セレブリティを広告塔にしたテイスト融合の時代へ至るファッションの流れを、豊富な写真やイラストとともに追っていく。また、そうした流行の移り変わりに寄り添うようにして変化していく、女性の精神性の変遷も明らかにする。

「できる限り適切な日本語に」が通用しないファッション用語

本書は、この100年間の女性ファッションの歴史を、時代ごと、カテゴリーごとにまとめたものです。特徴的なのは、女性ファッションの移り変わりをほとんど写真とキャプションだけで辿っている点です。著者のファッションに関する知識の深さを物語るように、厳選された写真が緻密な計算のもとに配置されていて、目で写真を追っていくだけでも、この100年間のファッションの変遷はもちろん、それに寄り添うように女性の意識が変化していく様子がよくわかります。また、それぞれのキャプションには、限られたスペースの中で伝えるべき情報が余すところなく書き込まれて、その体言止めの簡潔な表現が、わたしのようなファッションの素人にとっては、かえって内容の理解をスムーズにしてくれるように思います。

 

ファッションに関する知識は、人並み、あるいは、それ以下だったので、最初に原書に目を通したときは、英文というより、書かれている内容そのものが理解できなかったというのが正直な感想です。ただ、翻訳者として訳書を出すことが長年の夢だったので、せっかく巡ってきたチャンスを逃したくない一心で、とにかく最後まで訳し切ろうと覚悟を決めました。とはいえ、あまりにも知らないことが多すぎて、調べることに膨大な時間を費やしました。

 

ファッション関係の本は写真やイラストが目立つので、文章はそれほど多くない印象を受けますが、キャプションを含めるとかなりの分量になります。しかも、キャプションは短文でも伝える情報量はかなりのもので、専門知識がないわたしは、たった1文を訳すのに何時間もかかることは当たり前、1つの単語を調べるのに1日がかりということもありました。また、固有名詞が頻出しますが、ファッション関係の場合、英語圏以外の人物、名称も多く、それぞれを正確なカタカナ表記にする作業も簡単ではありませんでした。しかも、出版社からは「新出の固有名詞には基本的に簡単な訳注を付ける」という指示があったので、1つ1つ調べるのにはまず根気が求められました。

 

カタカナ表記ということで言えば、ファッション関連の言葉は、無理に日本語に訳さないでカタカナのまま使われることもよくありますが、どこまでカタカナで通用するのかを判断することがとても難しかったです。それまで、「できる限り適切な日本語に」を心がけてきたので、内心抵抗もありました。ファッション雑誌の文体は一応参考にしましたが、ファッション誌を愛読する若い世代はファッション用語にも精通しているので、同じことをファッション「史」の読者に期待してよいものか迷うところでした。いちいち出版社に尋ねられる量ではないので、とりあえず、ファッションに関して常識的な知識しか持ち合わせていない自分が理解できるかどうかで、表記方法や訳注の有無を判断していました。

ノンフィクションの翻訳では、事実を扱っている以上
「解釈の違い」という言い訳は通用しない

ファッション関係の本を訳すには、このジャンルならではの苦労がいくつかありますが、特にわたしが難儀したのは、視覚的描写を正確に言葉で表現することです。ドレスのデザイン、質感、色合いなどはいくら詳細に解説されていても、頭にそのイメージを正確に描くのは難しく、訳してから画像を検索したところ、自分が想像したものとは似ても似つかないドレスだったと判明することが何度もありました。とにかく、自分の理解力を過信しないで、どんなささいなこともまずは事実確認することが大切だと思います。事実を扱っている以上、「解釈の違い」という言い訳は通用しないのだと、実際にノンフィクションの翻訳に携わってみて痛感しました。

 

わたしに関して言えば、実際に英文を訳すのにかかった時間の何十倍もの時間を調べ物に費やしてきたと思います。特にファッション関係の本は、「Seeing is understanding」だと思います。実物を実際に自分の目で見るのが望ましいですが、せめて画像や動画で確認できれば、自信を持って訳すことができます。ファッション関係の本を何冊も訳したことで、数え切れないほどの「知らないこと」に遭遇しましたが、今やそれが知識となって知らず知らずのうちに自分の中に蓄積されていることを、新たに『ウィメンズウェア100年史』を訳してみて実感しました。そういう意味で、自分にとって未知のジャンルを訳す機会を得たのは、とても幸運なことだったと思っています。

 

かつて、翻訳の勉強に息詰まって、夢をあきらめようとしているわたしに、恩師の田口俊樹先生は「翻訳が好きならとにかく続けなさい」とおっしゃいました。こうしてファッション関係の本の出版に携わるチャンスを得ている今、「続けること」の意義を実感しています。やめてしまえばすべてが終わります。細々とでも続けていれば、チャンスが訪れる可能性はあるし、たとえそれが自分の苦手なことであっても、とにかくやり遂げることで見えてくることは確かにあります。むしろ、そういう経験こそが自分の狭い視野を広げてくれるし、いつかなにかの形で自分を助けてくれるのかもしれないと今は思っています。

取材協力

桜井真砂美さん

出版翻訳家。訳書に『ウィメンズウェア100年史』、『メンズウェア100年史』(スペースシャワーネットワーク)、『自分でやれば、うまくいく――本物のステップアップを導く「能動思考」』(日本経済新聞出版社)、『アンダーグラウンド・ロックTシャツRIPPED』『ヴォーグ・ファッション100年史』(ブルース・インターアクションズ)、『レディー・ガガスタイル』(マーブルトロン)、『ブリティッシュ・ファッション・デザイナーズ』、『ヴォーグ・モデル』(ブルース・インターアクションズ)など。

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