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「和食」を訳す

2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されたことを機に、今や世界中から注目されている「和食」。
そんな日本食に関する英訳の仕事に携わった方々の経験談をお届けします。

外国語メニュー制作を行う翻訳会社に聞く!
大事なのは外国人にとってのわかりやすさと広告的要素

株式会社エクスプレッションズ 高柳俊也さん:

 

当社では翻訳だけではなく、メニューの企画制作、写真撮影、印刷までの一貫した作業に対応しています。単に日本語の部分を外国語にするだけでなく、日本の食事マナーに関する一口メモを追加する、写真中心のメニューにする、といった提案をさせていただくこともあります。

 

翻訳においては、外国人の方がメニューを見ただけでどういった料理であるかがわかることを重視しています。ラーメンや寿司といった認知度の高い料理であれば一言で済みますが、日本固有の料理、例えば「鯖の棒寿司」はそのまま翻訳しても意味が伝わりませんので、言葉を補足する必要があります。かといって、メニュー名として冗長な表現も避けなければいけません。

 

外国人にわかりやすいか、という視点はネイティブ翻訳者の意見を尊重します。ただ、日本固有の料理については日本人スタッフが翻訳者に説明したり、校正の際に修正をフィードバックしたりして、翻訳を仕上げていきます。できるだけ現地で使われている表現をリサーチして使うことも心がけています。

 

これに加えて、メニューには広告的要素も必要なので「美味しそう、食べてみたいな」と思わせるような翻訳が理想です。この「わかりやすさ」と「広告的要素」の両立はなかなか難しいですが、翻訳者の方には常にその点を意識していただいています。外国語メニューがあると、お客様にとって障壁が一気に下がりますし、日本の食事について理解を深めていただける面もあるので有意義だと思います。

 

日本料理の認知度が高まるにつれて、意訳ではなく、UdonやSobaといった音訳の方が通じやすい単語がどんどん増えているように思います。外国の方々の日本への興味や認識の高まりは日々変化するので、これからメニューの翻訳を目指す方は、日本の食文化が海外でどのように伝わっているかを考慮することで、翻訳の付加価値を高められるのではないでしょうか。

 

ただ外国語に置き換えればよいというものではなく、外国人にとってこのメニューは音訳でイメージできるのか、それとも詳しい意訳を要するのか、という判断基準を常に気にしておくことが重要なんですね。メニューの意訳に携わることで、ふだん何気なく食べている日本料理の特徴や成り立ちについての理解もいっそう深められそうです。

レシピ翻訳で、日本料理を英語で表現するおもしろさを実感

フリーランス翻訳者 佐藤桂子さん:

 

ボランティア通訳・翻訳者として、県の国際交流センターに登録していた時に、外国人を対象とした日本料理教室で使用するレシピの英訳を依頼されたのが、「食」の翻訳に携わったきっかけです。インターネットがまだ普及していなかった当時、図書館で借りた英語版の日本料理の本を何冊か読み込んで、料理の手順をわかりやすい英語で説明するよう心がけたところ、センターのアメリカ人職員に「よくできている」とお褒めをいただき、とてもうれしかったです。この経験を通じて、日本料理独特の食材や調理方法を英語で表現するおもしろさを味わいました。

 

その後、フルタイムで医薬翻訳にかかわるようになってからも、「食」の翻訳を手がける機会があります。日本国内の顧客からの依頼が大半で、メニューや献立表、海外へ食品を輸出する際の商品説明書や調理方法、地域の特産品や郷土料理の説明など、種類はさまざまです。

 

料理に関しては、腕前はともかく(笑)、本を読むのが大好きで知識はあるので、日本語の原文内容の理解度は高いと思います。また主婦向けの英語雑誌(『Good Housekeeping』など)も読んでいるので、料理に関する英語表現にはある程度なじみがあります。

 

現在はネットのおかげで、料理に限らずどの分野でも、調査や裏取りが非常に楽になりました。「この表現は適切だろうか?」と疑問を抱いたら、徹底的に裏付けを取り、その表現が使用されている複数のサイトの内容に必ず目を通します。海外のお料理サイトなどから適切な表現を拾うことも可能ですし、普段から慣れ親しんでおくとよいと思います。

 

今後の目標は、これまで以上に知識を増やし、表現力を磨いて、より信頼される翻訳者になること。山や田んぼに囲まれた田舎に大家族と暮らしながら、仕事を通して時代の最先端の技術に触れ、ひいては社会貢献を実感できることが、わたしにとっての翻訳の醍醐味かもしれません。

食の趣味を活かしてバラエティ豊かなメニュー英訳を経験。

フリーランス翻訳者 鈴木敏之さん:

 

私は現在フリーランスの翻訳者ですが、かつては印刷会社内の編集部門で翻訳をしていました。そこに営業からレストランのメニューを英語にしてほしいと依頼があったのです。もともと「食」には興味があり、食べることが大好きだったので、喜んでその依頼を受けました。時代のニーズもあり、会社がさまざまな場所に仕事の範囲を広げ、私もホテルのレストランのメニューや、和食が売りの屋形船のパンフレットなどを英訳するようになりました。

 

最初に訳したレストランのメニューは、和食のファミリーレストランの、よくあるタイプのものでした。ただ、メニューに日本の昔話的な要素が含まれていて(例えば「~の七夕風」などといったように)、これをそのまま訳してもほとんどの外国の方には伝わりません。そこで原文をアレンジしてちょっとした説明を加えたり、悲恋の場合は「有名なシェイクスピアの物語のような」などと書いたりした記憶があります。

 

そのあと手がけたホテルのメニューはかなり具体的に書かれているものが多く、例えば和食処では「手作り豆腐香味野菜添え」「鰆幽庵焼き」「はじかみ」「いくら軍艦」「芽葱握り」「落鮎有馬煮」「青利烏賊真砂和え」といったぐあいで、その専門的な表現に苦労しました。

 

ほかにも、フレンチでは「オマール海老サフランソースと海の幸添え」「伊勢海老のフリカッセ」、イタリアンでは「スズキのソテーバルサミコソース」「海の幸の盛合せシャンパンヴィネガーサマートリュフの香り」、中華では「黄ニラと鶏の細切りあんかけ焼きそば」「夏野菜と海鮮入り中華風サラダ」などなど。フレンチやイタリアンに出てくる「ソテー」「グリル」「ロースト」などの使い分けにも気を遣いました。また季節ごとのメニュー更新もあったので、その都度、できるだけ季節感を出すような訳にしました。

 

私はとにかく食べることが好きなので、さまざまな食関連の本、雑誌などを読みあさった時期もありました。それがメニューを翻訳するうえで役に立ったのでしょう。いまでもある程度の食関連本はできるだけ目を通すようにしています。また、和食の専門的な表現を理解するうえでは、インターネットの普及にも感謝しています。例えば、和食に出てくる「糸賀喜」という言葉をご存じですか? 一般人には聞きなれない言葉だと思いますが、グーグルで調べれば一発ですからね。

 

英訳における英文ライティング力をつけるには、できるだけ多くの英文を読むことだと思います。もちろん、英語を母語とする人の書いたものです。それも好きな分野のものだと続けることができますよね。小説などはさまざまな分野があるので、自分に合うものを探すことは難しくないと思います。さらに、コロケーション(単語と単語の自然な結びつき)などが曖昧な場合は何度でも辞書を引いたり、検索してみたりして、正しい用法を身につけ曖昧なままにしておかないことです。

 

私の専門分野は技術系、特に機械系ですが、最近では機械、電気、IT、医療など先端技術には区切りなどなくなっていますよね。これはまた、食に関しても言えることで、新しい目線、新しい素材の組み合わせにより、既存の創作料理や無国籍料理とも違う新しい料理が生まれています。

 

和食が無形文化遺産に選ばれて以降、外国の方の目に触れる機会はさらに増えてきています。翻訳を勉強中の方にはメニュー翻訳の分野もあることを知っていただきたいし、メニュー翻訳に興味がある場合、外食したときに外国の方がサーブしていたら、その料理に関して質問をしてみるのも楽しいかもしれません。そして洒落た表現や気になる言い回しがあったらメモしておき、自分のデータベースの構築に役立てるのです。もちろん私自身もさらなる勉強を怠らないように努力していくつもりです。「鈴木に依頼してよかった」と思われるような翻訳者であることが目標ですね。

取材協力

株式会社エクスプレッションズ 高柳俊也さん

 

佐藤桂子さん

岡山県在住。フェローの通信講座「マスターコース」を修了。これまでにフリーランスの在宅翻訳者として治験関連文書などの医薬翻訳を中心に手がけるほか、化粧品、健康食品、料理、教育関連の資料など幅広い翻訳経験を持つ。

 

鈴木敏之さん

印刷会社などへの勤務を経てフリーランス翻訳者に。自動車、オーディオ関連製品のカタログや説明書のほか、食をはじめとする日本文化紹介のパンフレット、環境白書などの英訳も手がける。

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