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『バーフバリ 伝説誕生』

世界屈指の映画制作数を誇る映画大国インドで、歴代No.1の興行収入を記録した『バーフバリ 伝説誕生』。
スケールの大きい映画を翻訳した藤井美佳さんに、お話をうかがいました。
DVD発売中<br>販売元:株式会社ツイン<br>(C)ARKA MEDIAWORKS PROPERTY, ALL RIGHTS RESERVED.
DVD発売中
販売元:株式会社ツイン
(C)ARKA MEDIAWORKS PROPERTY, ALL RIGHTS RESERVED.
【作品紹介】
赤ん坊を抱いた高貴な女性が、兵士に追われて滝壺を下り、命を落としてしまう。村人に助けられた赤ん坊はシヴドゥと名づけられ逞しい青年に成長した。滝の上に興味を持ち始めた彼は、流れ落ちてきた仮面に導かれるように滝をよじ登り、持ち主の女戦士アヴァンティカと恋に落ちる。彼女はマヒシュマティ王国の暴君バラーラデーヴァに捕らわれたデーヴァセーナ王妃を救出する任務を帯びる。アヴァンティカを助けるため王国に赴いたシヴドゥは、王妃が実母であり、自分は王子バーフバリであると知るのだった…。二部にわたるバーフバリの物語の前編。

■監督:S.S.ラージャマウリ
■出演:プラバース、ラーナー・ダッグバーティ、タマンナーほか

五感が刺激され、息もつけないほど
引きずりこまれるアクションエンタテインメント

―― 映画大国インドで歴代最高興行収入を記録した『バーフバリ 伝説誕生』の字幕翻訳をなさいました。どのような映画でしょうか。

 

藤井さん:

本作『バーフバリ』は、ある王族の子供が村人に拾われ、出自を知らぬまま運命に導かれるようにそのルーツをたどっていく、貴種流離譚ともいうべき物語です。オープニングの滝のシーンは物語を象徴するような迫力をもっており、命にかえて赤ん坊を守ろうとする妃の表情やせりふは強烈で、いきなり想像力をかきたてられます。見ている者を飽きさせません。

『マハーバーラタ』という王家の争いを軸にしたインドの神話をベースにしながらもCGやVFXを多用しており、観客は五感が刺激され、息もつけないほどに引きずりこまれてしまう魅力的な作品だと思います。

 

「インド映画」と聞いて皆さんがイメージする群舞のシーンはありませんが、歌と踊りで幻と現実を交錯させていく演出は、インド映画ならではです。(実は本国バージョンには物語に融合する形で歌や音楽が用いられています。マサラ的な群舞のシーンもあり、そこにはラージャマウリ監督がカメオ出演しています)

 

さらにプロモーション面では、予告編の発表方法など、情報の出し方が絶妙で、予告映像から垣間見られる圧倒的なスケール感も、人々の心をくすぐり、興行成績に結び付いたようです。予算もスタッフの数も撮影日数も異例づくしの大規模なもので、アクション監督をハリウッドから呼び寄せるなど、主演の2人にとってもかつて経験のしたことのない挑戦となったようです。

 

―― インドは、22の指定言語があり約2000もの方言があるといわれる多言語国家です。本作も日本公開版の原語はテルグ語だそうですが、ほかにもヒンディー語、タミル語、マラヤーラム語などの版があるそうですね。

 

藤井さん:

台本は英語とヒンディー語を用意していただき、映像はテルグ語と並行してヒンディー語吹替版を見ながら翻訳を進めました。英訳で理解できない部分は、ヒンディー語吹替版で補いながら理解しました。最後はインド文化研究家の山田桂子先生に監修していただき、完成させました。

 

さらに、同じ言語でも高貴な人が話す言葉と、民衆の言葉は異なります。身分の違いや相手との関係性にも注意するようにしました。戦闘部分を訳すにあたっては、昔の歴史ものの映画も参考にしました。インド人にとっては常識でも、日本人はまるで知らない事柄もありますので、そうした部分はかみくだきながら翻訳する必要がありました。

 

この作品に限ったことではありませんが、いつも“作品の住人の一人”になってから翻訳に取り組むようにしています。物語の世界に入り込み、翻訳が終わると、その世界を離れるという感じです。ですから劇場で見る時には、かつて住んでいた世界を懐かしむような気分になります。「楽しみながら翻訳しました」と言えればいいのですが、翻訳作業はいつでも苦しく、今回も忍の一字でがんばりました。

©ARKA MEDIAWORKS PROPERTY, ALL RIGHTS RESERVED.
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愛情をもって作品に接すると
いいものができると信じています

―― 藤井さんは英語とヒンディー語の翻訳をされていますが、2つの言語で、大きく違う点はありますか。

 

藤井さん:

英語もヒンディー語もインド=ヨーロッパ語族の言葉ですし、私にとっては、どちらも同じです。語順で言えば、日本語とヒンディー語はほぼ同じなので、学びやすい言語なのではないかと思います。しいて言えば、ヒンディー語の映画は、高い確率で歌の翻訳が含まれ、歌を訳さなければ全体を翻訳したことにはならないので、そこは丁寧に向き合います。

 

―― 大学卒業後すぐに、翻訳の仕事を始められ、長いキャリアをお持ちです。英語とヒンディー語、それぞれ最初に翻訳の仕事を得たきっかけは何でしたか? また劇場公開作を手がけるようになった転機は何でしたか?

 

藤井さん:

最初にいただいた仕事は、翻訳学校の字幕試験を採点していた制作会社からのご依頼でした。アメリカへの留学経験がありスクリプトがない作品も対応できましたので、海外音楽アーティストのインタビューを放送する音楽番組の翻訳をしました。字幕制作ソフトもない時代のことです。

 

インド映画の世界の大先輩が、昔から私のことを気にかけてくださり、ことあるごとにインド映画に関係する場に身を置くことができました。 子供を出産した翌年の2008年、エルメスが銀座の旗艦店でインドをテーマにした4本の映画を上映しましたが、この時、大先輩から『偉大なるムガル帝国』の翻訳者として推薦していただきました。また、2013年に日活さんとハピネットさんが「ボリウッド4」と名づけてインド映画4本を日本に紹介した時にも私を推薦してくださいました。この2つが大きな転機だったように思います。

 

―― フェロー・アカデミーの通学講座を受講されていた時点で、すでにプロとしてお仕事をされていましたね。

 

藤井さん:

学生時代に翻訳学校に通いだした頃には、映像翻訳の学校はまだ少なく、当時通った学校には吹替のクラスがありませんでした。字幕の先生から誘われ、吹替の勉強会に参加したことはありましたが、1年程度のことでしたので、しっかり勉強したかったという気持ちがずっと残っていました。

 

たまたま翻訳者の友人に吹替はどこで勉強したか尋ねたところ、フェロー・アカデミーに通ったと聞き、学び直すことにしました。友人に聞いたゼミクラスに入りたかったのですが、申し込み時に定員に空きがありませんでした。空きさえあればゼミ試験を受けてそのクラスで教わりたかったのですが、私はその時期にしか時間が取れなかったので中級のクラスに入ることにしました。

 

―― 1日、あるいは1週間のうちで、お仕事をする時間は?

 

藤井さん:

小学生の子供がいますので、平日は子供が学校に行ってから帰ってくるまでが仕事時間です。ほかに、習い事の送り迎えや家の片付けをする合間、子供が起きる前の早朝を仕事にあてることもあります。土日は、昼間を子供と遊ぶ時間にあてるので、夜に仕事をしています。

 

―― 今後手掛けてみたい作品はありますか?

 

藤井さん:

監督としてもデビューしている女優コンコナー・セーン・シャルマーの≪A Death in the Gunj≫は、釜山映画祭で見て翻訳したいと思えた作品です。インド映画界のニューウェーブを牽引する鬼才アヌラーグ・カシャップ監督の映画も好きで、何作か翻訳したので今後も機会があったらいいなと思います。英語でしたら、ジム・ジャームッシュやウェス・アンダーソンの映画が好きです。

 

―― 最近はご自身の母校である東京外国語大学で上映会の企画運営もしているそうですね。

 

藤井さん:

「ボリウッド4」でお世話になった方から、国立民族学博物館の「みんぱく映画会」で上映されるインド映画作品を東京でも上映してみないかというお話をいただきました。上映の企画運営の経験や資金のあては何もありませんでしたが、やってみたいとお答えしたのが始まりです。恩師に相談し、大学側から許可をいただくことができたのは幸運なことでした。

「TUFS Cinema」という上映会で、2015年にインド映画特集として4作品を上映したのを最初に、2016年には南アジア映画特集としてパキスタン映画とバングラデシュ映画を、2017年の6月にはベルリン映画祭でクリスタル・ベアを受賞した『わな おじいちゃんへの手紙』を上映しました。

 

また、これをきっかけに、大学では他の語科の上映会もさかんにおこなわれるようになりました。

 

―― 現在映像翻訳者を目指して学習中の方に、藤井さんが大事だと思っていることをお聞かせください。

 

藤井さん:

愛情をもって作品に接するといいものができると信じています。翻訳の仕事は、信頼関係で成り立っているように思いますので、私も人と人とのつながりを大切に、信頼してくださった方の期待を裏切らないようにしたいです。そして、やはり1本でも多くの映画を、なるべく劇場で見るのがいいように思います。

取材協力

藤井美佳さん

高校時代、1年間カリフォルニアに交換留学。東京外国語大学 外国語学部南・西アジア課程ヒンディー語専攻に学ぶ。在学中からバベル翻訳・外語学院の字幕コースに通い、卒業と同時に英語字幕翻訳の仕事を始める。現在は、英語の経験を生かしながらヒンディー語の翻訳も手がける。おもな翻訳作品に『汚れたミルク』『チェイス!』『あなたがいてこそ』『バルフィ!人生に唄えば』『ダバング大胆不敵』など。

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