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『ブラックパンサー』

2019年のアカデミー賞で、作品賞を含め7部門ノミネートという高評価を受けたアメコミ原作のヒーロー映画『ブラックパンサー』。日本語字幕を手がけたチオキ真理さんと、吹替翻訳を担当した亀井玲子さんのお二人に、翻訳の舞台裏についてうかがいました。
MovieNEX(4,000円+税)好評発売中<br>デジタル配信中<br>© 2018 MARVEL
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【作品紹介】
アフリカの秘境にありながら、世界の誰もが創造出来ないような最新テクノロジーをもつ<超文明国ワカンダ>。ここには世界を変えてしまうほどのパワーを持つ鉱石<ヴィブラニウム>が存在する…。突然の父の死によって王位を継いだティ・チャラは、この国の秘密を守る使命を背負うことになる。ヴィブラニウムが悪の手に奪われると、人類に未来はない――。秘密を狙う敵に立ち向かうのは若き国王。漆黒の戦闘スーツをまとい、ブラックパンサーとして戦うティ・チャラは、祖国を……そして世界を守ることができるのか?

■監督:ライアン・クーグラー
■出演:チャドウィック・ボーズマン、マイケル・B・ジョーダンほか

アカデミー賞3冠!
映画『ブラックパンサー』の翻訳舞台裏

―― アカデミー賞で『ブラックパンサー』が作曲賞、美術賞、衣装デザイン賞の3部門で受賞しましたね。翻訳に関わられたご感想をお願いします。

チオキさん:
受賞については、平凡ですが素直に「すごいなあ、よかったなあ」と思いました。音楽、美術、衣装デザイン、どれも素晴らしかったので賞に値すると思います。
作品賞にノミネートされたことも大きな意味があったと思います。本作はエンタテインメント映画として面白く見応えがあります。そのうえで差別や分断の問題について、押し付けがましくなく自然に考えさせるという点ですごく価値があったと思っています。アカデミー賞で話題になったことで、さらに認知度が高まってよかったなと。
そんな作品に関われた感想という意味では、光栄の一言です。

亀井さん:
受賞のニュースを聞いて、とても嬉しかったです。公開前から話題になっていた作品でしたが、公開後のアメリカでの盛り上がりは本当にすごくて、ある意味、歴史的な作品に関われて本当に光栄に思っています。特に美術、衣装はアフリカの民族衣装のイメージを取り入れた華やかでかっこいいものが多かったので、やっぱり!と思いました。

―― どのような経緯で『ブラックパンサー』を翻訳することになったのでしょうか。

チオキさん:
私は長年お世話になっている制作会社さんから声をかけていただきました。

亀井さん:
私の場合は、経緯は正直知る由もないのですが、『ブラックパンサー』と同じくマーベル作品『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』を担当させていただいたことが大きかったと思います。
自分を売り込むというやり方もあると思いますが、翻訳者は目の前の作品に全力で取り組むことで、それが名刺・営業代わりになって次の作品へと続いていく可能性があると思います。

―― チオキさんは字幕翻訳、亀井さんは吹替翻訳を担当されたわけですが、それぞれのご苦労や工夫した点などはありますか?

チオキさん:
そうですね、本作は主人公が王族なので、言葉遣いがあまり軽くならないように意識しました。これまで王族のセリフを訳した経験があまりなかったので、関連する作品を見て参考にもしました。
一方でシュリは若く元気で生意気なキャラなのでいわゆる女言葉はあまり使わないように、オコエは親衛隊の隊長としてティ・チャラへの尊敬と親しみが感じられるように、などなど、人間関係や距離感、その人の育った背景についてよく考えた記憶があります。

亀井さん:
苦労はあげるとキリがないです。翻訳そのものも、もちろん苦労しましたが、特に作品の世界観をきちんと理解しようと心掛けました。ただ単にヒーローとヴィランが戦う話ではなく成長物語でもありますし、時代を反映したメッセージ性もあったので正しく理解しないといけないなと、気を引き締めました。
これは吹替翻訳だけですが、現地語のコサ語を話すシーンでは、コサ語をカタカナにするのはとても大変でした。また、いつも気をつけてはいますが、大画面で映す劇場作品ですので特にリップシンク(※)は自然になるよう気をつけました。
※話者の口の動きにセリフを合わせること

―― 字幕翻訳と吹替翻訳は、同時期に制作していたのでしょうか?

亀井さん:
基本的には、キャスティングや収録など、吹替の方がどうしても制作に時間がかかりますから、吹替の翻訳作業が先に始まるのが常だと思います。本作の場合では制作会社の方が吹替と字幕とのセリフをすり合わせ、その後、吹替の修正案などを話し合いました。

チオキさん:
私が翻訳していた時には亀井さんの吹替台本もいただきましたが、先に読むと引きずられるので、自分なりに字幕を仕上げた後で吹替の原稿を見せていただきました。
実は、確かティ・チャラの宿敵キルモンガーのセリフだったと思いますが、亀井さんの訳に「うまい!」とうなって表現を寄せさせていただいた箇所があります。すごく迫力のあるセリフなんです。ただ、あからさまにマネするのもなあと、さらに良い訳がないかと2日ほど考えたのですが、どうしてもそれ以上のものは浮かばず。制作会社の方に、「吹替原稿を参考にさせていただきました」とコメントをつけて、その箇所は初稿の字幕から訂正しました。
そのセリフとは別に、直訳ではないのに亀井さんと全く同じ表現を使っていた箇所もいくつかあり、世界観やキャラを考えていくと、似た表現になるものだと感じましたね。

―― この作品の見どころは?

亀井さん:
まず一つは、ストーリーですね。ワカンダの王子であるティ・チャラは王位継承者として育てられており、人格者ではあるけれどわがままな一面もある、言わばボンボンでした。黙っていても王になれるはずだった運命が宿敵の台頭で大きく変わっていきます。屈辱と敗北を味わいつつ、周囲の助けを借りながらようやく王にふさわしい人間へと成長していきます。
また、この作品が成功したのはヴィランが魅力的だったということもあると思います。キルモンガーは王家の血を継いでいるものの、早くに親を亡くしてスラム街で育ち、すべて力で手に入れてきた不屈の精神の持ち主。ティ・チャラとは対照的な存在です。キルモンガーの思想は過激ですが、虐げられた者なら彼に同調してもおかしくないと言えるでしょう。登場人物たちの人間らしい葛藤や成長も見どころです。
また、エンタテインメント作品でありながら時代の流れを反映したメッセージ性の高い内容となっているのも、驚きつつ感動したポイントです。

チオキさん:
とにかく大迫力のアクションや音楽、映像(ワカンダの大自然!)など、好きなアングルから楽しんで、そのうえでそれぞれに何かを感じていただけたらなと思います。分断や差別など、アメリカだけではなく日本の社会でも考えていかなくてはいけないテーマに通じる作品です。また、エンディングの音楽やアートもかっこいいので、ぜひ最後までじっくり見ていただきたいです。

チオキ真理さんと亀井玲子さん
映像翻訳者になるまで

―― 映像翻訳を目指したきっかけは?

チオキさん:
高校時代に1年間アメリカに留学した経験があり、大学でもアメリカ人教授のゼミに入るなど、英語を多く使って勉強していました。卒業後は一般企業に就職したのですが、配属先では英語を使う機会が全くありませんでした。女性社員の異動は難しいと言われていたことと、英語を使う仕事がしたいと強く感じ、将来について悩むようになりました。
本当はどんな仕事がしたかったんだろうと考えて「そういえば翻訳という仕事に憧れてたっけ」と思うようになったんです。友人がフェロー・アカデミーに通っていて、パンフレットをもらったこともきっかけになりました。
そこで、退職して英語のブラッシュアップのために1年間アメリカへ行き、帰国後は派遣社員として働きながらフェローに通いました。

亀井さん:
私もチオキさんと同じですね。大学では英米語を専攻し、卒業して一旦は一般企業に就職したものの、なかなか仕事で英語を使う機会がなく、しばらくモヤモヤしていました。でも悩んでいても仕方がない、と考えを変え、「仕事で英語を使う」ではなく「英語を仕事にする」と考えたときに翻訳を思いつきました。
そして続けるためには好きな内容でなければ無理だろうと思ったので、元々好きだった映画という分野を目指そうと考えました。ただ、映像翻訳をしたいと思っても右も左も分からない状態だったので、まずは学校に入ろう、とフェローに通い始めました。

―― どのようにして映像翻訳の仕事を始められたのでしょうか?

チオキさん:
フェローでは半年、字幕の入門講座を受講した後、字幕のゼミに1年半通いました。その時の先生から下訳の仕事をいただき、2年ほど先生のお手伝いをしながら勉強させていただきました。
新人の頃は自信がなく、本当にこのセリフでいいのかと迷うことも多かったのですが、「今の自分にはこれ以上できない、これでダメなら仕方ないというところまで頑張るしかないのだ」と腹をくくり、とにかく目の前のことを1つずつ、と意識してきました。
その後、『CSI:マイアミ』の字幕翻訳者の1人に入れていただけたことが仕事上の転機となりました。
まだまだ駆け出しだった当時、あのような作品に関われてすごくうれしかったですし、とても勉強になりました。なぜ選んでいただけたのか後で聞いたところ、その前の仕事で納品した特典映像が、調べ物も丁寧で良く仕上がっていたから、とのことでした。
特典映像は本編より大変かも、と思う時もありますが、頑張ればチャンスにつながるんだなと実感しました。

亀井さん:
私の場合はフェローでゼミを受講しているときに、既にプロとして仕事をしていたクラスメートから仕事を紹介してもらったり、トライアルを受けたりしたことをきっかけに仕事を始めることができました。
最初はドキュメンタリーが多かったのですが、続けていくうちにドラマや映画の仕事もいただけるようになりました。

―― プロの映像翻訳者として、仕事のやりがいや苦労を教えてください。

チオキさん:
そうですね、日本の視聴者は自分の翻訳を通じて作品を理解していると思うと、やりがいと責任を感じます。ジョークや日本語にしづらい言葉をうまく訳せた時もうれしいです。
苦労は……、適切な訳が浮かばない時は精神的にキツいです。考えすぎてもダメな時はダメなので、一度そのまま先に進んで後で戻ることもあります。

亀井さん:
私は自分が担当した作品が、たとえB級でもC級でも大好きになってしまうタチなので、常に新しい作品に出会えることは大きな喜びですね。
あとは訳しているときに、間違ってはいないけれどより良い訳がありそう、と何となく感じることがあり、それを見つけたときのこれだ!という感動はなんとも言えません。
苦労はなんといってもスケジュールでしょうか。近年は配信サービスも増え、仕事が増えたのは良いのですが、スケジュールがどんどんタイトになっていってる気がします。特に吹替の場合は制作に多くの方が関わっているので、映像とスクリプト(英語台本)が届くのが遅くなってしまうと本当に致命的というか……「無理!」という時もあります。でもそこをチーム一丸となって乗り越えたときの達成感は、吹替ならではの喜びですね。

―― 最後に、学習中の方に向けてアドバイスをお願いします。

チオキさん:
私自身が学習中だった時を振り返って思うことですが、スクールの課題やトライアルでは「誤訳すると/硬い表現だと/文字数オーバーすると減点される」という点に意識が向きがちです。“作品のよさを伝えるために”正しく理解し、視聴者の胸にスッと届く表現や読みやすい文字数を心掛けるのだと意識すると、きっと何かが見えてきます。やりがいのある面白い仕事ですから、ぜひ頑張ってください。

亀井さん:
皆さん言われるでしょうが、何より継続が一番大変で大切なことだと思います。そのためには翻訳という仕事を好きになることです。そして晴れて翻訳者になってもゴールではなくスタートですので、日々勉強し、向上心を持って翻訳に取り組んでいってください。
翻訳者は裏方なので、仕事の大半はパソコンに向かってコツコツと作業を進めるという地味な毎日です。ですが、すばらしい作品や仲間との出会いに恵まれるとつらかったことも吹き飛ぶほどの喜びを得られると思います。

取材協力

チオキ真理さん
映像翻訳者。ドラマ、ドキュメンタリー、エンタテインメント番組、音楽、スポーツ関係など幅広いジャンルの翻訳を手がける。 主な作品:『メッセ―ジ』『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』『世界の果ての通学路』(字幕)、『ジェーン・ザ・ヴァージン』『キミとボクの距離』『新少林寺』(吹替)など多数。2019年7月19日(金)より「POLAROID(原題)」ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイント他全国順次ロードショー。

亀井玲子さん
映像翻訳者。劇場公開作品、テレビ・ネット配信ドラマ、アニメーション、ドキュメンタリーなどの字幕/吹替翻訳を手がける。主な作品:『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』、『セッション』、『ブラックライトニング』、『ジ・アメリカンズ』、『リベンジ』、アニメ『アベンジャーズ・アッセンブル』、『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』(吹替)、『イエスタデイ』、『プリティ・リトル・ライアーズ』『デス・フロア』(字幕)など。

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