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大人も子どもも大好きなディズニーの世界を
わかりやすく美しい日本語で届けたい

『アナと雪の女王』など多くのディズニー作品を翻訳されている、いずみつかささん。
子どもの頃から映画や本が大好きだったそうですが、翻訳家になるまでの道のりには、意外なまわり道があったようです。
いずみさんがどのようにして映像翻訳家になったのか、また長年にわたり培ってきたテクニックについてなど、うかがいました。

映画好き、本好きの少女は女優を目指し、そして……

子どもの頃、テレビでよく洋画が放映されていて、違う世界への憧れもありよく観ていました。本を読むのも好きで、学校の図書館の本は隅から隅まで読みましたね。最初は興味のある本を選びますが、だんだん読む本がなくなって手当たり次第。まさに乱読でした。

 

高校生になると映画館に通うようになり、休みの日は2本立ての映画を2回、合計4本観たりしていました。最初は観るのが好きだったんですが、高校の演劇祭で演じた役で助演賞をいただいたことがきっかけで「演じるのって面白いな」とその気になり、大学では演劇サークルにのめり込みました。大学に通いながら夜間の劇団養成所に通い始め、卒業後は、そのまま劇団に入り女優を目指したんです。何かに夢中になると、それに向かって必死になってしまうんですよね。そういうわけで、子どもの頃の洋画好き・映画好きは、当初は翻訳ではなく自分で演じる方、俳優になるという方に向かっていったのです。もちろん俳優なんて、そう簡単になれるものではありません。大学で語学を学んだので、劇団員として活動しながら、日本語学校の教師や、家庭教師をして生活費を稼いでいました。

 

私が所属した劇団テアトル・エコーには、外国映画や外国テレビ番組の吹替版を制作しているスタジオ・エコーという関連会社がありました。会社にはスタジオもあり、日本語吹替版の収録が行われていたので、劇団員はときどき声優としてアフレコに参加したりもしていたんです。そのスタジオ・エコーから、翻訳をやってみないかと声をかけていただいたのがきっかけで、映像翻訳に関わるようになりました。1990年代の当時は、翻訳というと国際会議の仕事や書籍の翻訳というのが主流で、エンタメ系の翻訳者になりたいという若手が少なかったんです。それで大学で語学を学んだ私にも声がかかり、最初はアルバイトの気持ちで翻訳を始めました。

 

ありがたいことに、吹替と字幕のそれぞれを現役の翻訳家の方に教えていただける寺子屋スタイルで、作品を実際に翻訳して、その訳文について議論し、指摘を受け、学びながら仕事ができるという環境でした。そのうえ、声優として作品に参加することもありましたので、その現場では「こんなこと言うか?」「この尺にこんな長いセリフじゃあ、気持ちが込められないだろう」と声優の先輩方からお叱りの言葉を浴びせかけられて、鍛えられました。

 

尺というのは、セリフの長さのことです。画面で主人公の口が動いている長さ=尺に、日本語のセリフの長さがぴったり合うように私は作ったつもりなのですが、ベテラン声優が気持ちを込めて演じると、言葉数が多すぎて尺に収まりきらない、というご指摘です。現場で長年やってきている方の意見は本当に貴重です。その声を次の翻訳に生かしつつ、翻訳のやり方を身につけていきました。

 

はじめは外国の紀行番組のインタビュー部分や、ニュースインタビューのボイスオーバーなど短いものから仕事を始めて、そのうち先生の監修のもと映画の翻訳をさせていただくようになりました。クリント・イーストウッド主演の『ルーキー』という作品の吹替翻訳を担当し、アフレコの現場に立ち合ったときのことです。クリント・イーストウッドの声を担当していたのはルパン三世の声で有名な劇団の大先輩、山田康雄さんだったのですが、休憩時間に「おまえは役者の才能はないけど、翻訳は最高だな」と言われたんです。大御所にズバリと指摘されて、じゃあ翻訳で頑張ってみようと心が決まりました。

吹替翻訳は、翻訳をベースに日本語版脚本を書く仕事

初めてディズニーの作品を手がけたのは劇場版の『トイ・ストーリー』でした。この作品は、ディズニーとしては初のCG作品で、まだCGアニメーションは世の中に浸透していませんでしたが、結果的には大ヒット。私にとっては初めての劇場版だったので、とても思い出に残っています。その後、テレビでディズニー・チャンネルの放送が始まって、ディズニー作品を翻訳する機会がどんどん増えていきました。

『トイ・ストーリー』
『トイ・ストーリー』

アニメーション作品の吹替翻訳は、口の動きと日本語のセリフを合わせるのが難しいですね。特に劇場版の場合は大きなスクリーンで口の動きもよく見えるので。アニメーション作品のオリジナル版は、先にセリフの録音をして、その音にぴったり合うように口を描くんです。日本語版は、できあがったアニメーションに合わせてセリフを作るので、ただセリフの意味を正しく訳しただけでは、音と口が合わなくなってしまいます。

 

一番目立つのは文章の最後ですね。例えば“〜you.”と「ウ」の口で終わっているのに、日本語のセリフを「〜おまえ」としたのでは口の形が違ってしまいます。語順を変えて「〜する」で終わらせるとか、「おまえ」「おまえだ」ではなく「おまえだろう」にするなど工夫します。それから、画面では口がまだ開いているのに日本語のセリフは終わってしまっているとか、口がパクパク動いているのに吹替のほうは息継ぎをしている、といったことも、劇場のような大きなスクリーンで観ている観客にとっては、ちょっとした違和感に繋がります。語順を入れ換えたり、言葉を換えたりして、口の動きに合うように調整しています。

 

また、セリフは正確さももちろん大切ですが、キャラクターの特徴を出すこと、物語の世界観になじむセリフにすることをとても意識しています。例えば、プリンセスが主人公の物語は、それを観る子どもたちにとって夢の世界です。その世界観を壊さないように、言葉づかいには特に注意してセリフを作っていきます。最近はあまり凝りすぎない自然なセリフが好まれますが、それでもちょっと古風なプリンセスだと語尾に「〜だわ」などと入れてみたり。動物のプリンセスだったら、さらに個性的なキャラクターとして描くために、「〜じゃなくてよ」と言わせたり。子どもが日頃使わない、現実離れした言葉づかいを入れることで、非日常を感じてもらえるかなと思っています。もちろん、ディレクターやクライアントのチェックの時点で、「ちょっとやりすぎじゃない」と指摘が入ることもあるので、調整しながら決めていきます。

『ちいさなプリンセス ソフィア』
『ちいさなプリンセス ソフィア』

チェックするディレクターやクライアントは、日本語の作品として完成した台本だけを読みます。そこで、意味が通じない、わかりづらい、というところを指摘されることがあります。私も、十分注意して翻訳しているつもりですが、翻訳者は英語の台本の内容を情報としてすべて頭にインプットしたうえで訳しているので、つい分かったつもりで書いてしまうことがあるんです。尺を合わせたりキャラクターの特徴を出したりと、セリフを練っていくうちに削ってしまうんですね。英語の情報をすべて盛り込めればよいのですが、英語と日本語は言語体系が異なりますから、一対一で訳すことはどうしても無理があり、字幕ほどではないにしろ、吹替でも情報の取捨選択は必要です。視聴者の方は、日本語になった情報のみを聞くわけですから、そこで物語を楽しむための情報が足りないということにならないように、しっかりしたチェック体制で、万全を期しています。

 

子ども向けの作品という面では、笑いを取るセリフは特に難しいですね。何かの言葉遊びで、アメリカの子どもならみんな知っていて笑いが起きるようなものの場合、そのまま訳しても日本の子どもには「?」となってしまいます。そんなときは図書館で小学生向けのダジャレクイズの本を読みあさって、ぴったりくるダジャレを探したりします。私が駆け出しの頃に教えていただいた翻訳家の方から、「吹替翻訳というより脚本を書く仕事だ」と言われたことがあります。つまり英語のセリフをそのまま訳すのではなく、“笑うシチュエーション”を訳さなければならないということです。元の英語の訳そのままでなくても、アメリカの子どもが笑うように日本の子どもが笑えるようなダジャレをもってくる、それが吹替翻訳です。たったひとつのセリフの訳を見つけるのに丸一日かかってしまった、なんてこともありましたね。

 

それから子ども向けアニメーション作品には挿入歌がよくあるのですが、その歌詞の翻訳が大変です。同じ翻訳でも、セリフと歌詞ではやり方が違います。ただ、耳で聞いてわかるように、というのはセリフも歌詞も同じで、特に子ども向けのアニメの場合は、なるべく平易な語彙を使い、区切れ目がわかりやすいように気をつけています。それから歌詞の場合、音符に合わせるとイントネーションが言葉本来のものとかけ離れてしまう場合があるので、そこは慎重に言葉や語順を選んでいます。セリフの翻訳よりずっと時間がかかりますね。

まず全体の世界観をつかみ、徐々に細部に入っていく

翻訳の手順は人によって違うと思いますが、私の場合はまず映像を一視聴者として観ることから始めます。通しで2、3回観て、だいたいの話の内容、キャラクターの性格や役割、全体の世界観、何を伝えようとしている作品か、といったところを把握します。

 

それらが掴めたところで、次に素訳をします。まずはセリフの長さなどは考えずに、台本にある英語のセリフを日本語に訳していきます。その際、例えば台本に“Hello.”と書いてあったとしても、隣にいる人に言っているのか、遠くにいる人に叫んでいるのとでは訳が違ってきますので、映像で場面を確認しながら訳していきます。素訳の段階では、キャラクターをどのように描くのか、まだ決めかねていることがあります。具体的にいえば、一人称を「私」にするか「ぼく」や「おれ」にするか、語尾をどうするか。まだ悩んでいることもありますが、この段階では深く考えずに、暫定的に決めて進めます。

 

ひととおり最後まで訳すと、ただ視聴していたときには気づかなかった物語の伏線に気づいたり、聞き逃していたキーワードが見えてきたりするものです。そこで今度は、自分の素訳をもとに、尺を合わせながらセリフを練っていきます。

 

尺合わせは、映像を見ながら、実際に声に出して合わせます。ゆっくりと話すシーンだと、台本の順番にやっていくのですが、かなりエキサイトしたシーンだと、まずはAさんのセリフだけを作り、次にBさんのセリフだけを作る、という順番でやります。

 

例えば、彼氏と別れて泣き叫ぶ女の子Aを親友の女の子Bがなぐさめているとします。興奮して早口でまくし立てるAのセリフにかぶせてBは優しい言葉をかけます。二人が同時に話すので、映像の口と合わせるのは、一度にどちらか一方しかできません。しゃべり口調もテンションも違いますから、まずはAの気持ちになってしゃべり、次にBの気持ちになってしゃべる、としなければうまくいかないのです。それから、早い会話は掛け合いになりますから、内容もうまく合わせる必要があります。Aのセリフ「××に捨てられて……」の「捨てられて」の言葉を引き受けてBのセリフ「あんな男、いいじゃない」と入らなければ掛け合いになりませんから、自分の書いたAのセリフを見ながら、次にBを合わせていく、というやり方をしています。

 

素訳では「ぼく」にしていたけれども、セリフを練っていくうちに、思ったよりも悪い奴だったなと気づき「おれ」に変える、ということもあります。それから、外では「わたし」だけど、家に帰ると「ぼく」になることもあります。そういうところも最終的にきちんと決めて、統一していきます。

 

そして最後は、納期次第ではありますが、可能であれば1日か2日置いてから見直しをして納品するようにしています。翻訳を練っているときは、これが最高の訳だと思って書いているのですが、冷静になって読み返すと「あれ、違うな」と思うことがあるんです。納品前に、もう一度最初から、セリフを声に出して尺の確認をしながら、全体の流れや、言葉づかいに違和感がないかなど、チェックするようにしています。

作品の持つ世界観を翻訳でどう表現するか?

私自身そうでしたが、ディズニーアニメを子どもたちは何度も繰り返し、セリフを覚えるくらい見てくれていると思います。あるとき電車に乗っていたら、私が書いた『アナと雪の女王』のセリフを真似している女の子がいて、心のなかで「それ、私が書いたの」と思いながらドキドキしていました。

『アナと雪の女王』
『アナと雪の女王』

そんなふうに自分のした仕事が子どもたちに多少なりとも影響を与えているのはとても嬉しい反面、責任のあることだと感じています。だから、古いと言われるかもしれませんが、流行語や「ら抜き言葉」のような、いずれ受け入れられるかもしれないけれど、まだそうなっていない言葉は使わないようにしています。それから、キャラクターとして悪い言葉遣いの登場人物も出てきますが、それでも乱暴になりすぎないように、ある程度の節度を持って訳すようにしています。

 

また、映像作品は本とは違いどんどん先へ先へと進んでいきます。ですから耳で聞いて理解しやすい言葉というのを意識しています。これは大人向けの作品でもそうですが、子ども向けの場合は特に子どものボキャブラリーの中で理解できるセリフにしなければなりません。ディズニー番組の場合は、作品によって幼稚園児向けとか、中高生向けとか対象年齢が分かれていてそれを確認して、例えば中高生向けには「だって、私にとって必要なの」と訳すところ、幼稚園児向けには「どうしてもやりたいの」と訳すなど、年齢層に合わせて訳し分けるようにしています。

映像翻訳という仕事に“惚れる”こと

映像翻訳を学習している方にまずひとつ伝えたいいのは、翻訳や作品を好きになっていただきたいということです。私はこの仕事を30年続けてきましたが、壁にぶつかることは何度もありました。そんなときに自分を支えてくれたのが、それでも続けたいという気持ちでした。そう思えるかどうかは、自分の仕事に惚れているかどうかに掛かっています。好きだからこそ、仕事に惚れ込んでいるからこそ、何があっても続けられたのだと、私自身、そう実感しているので、皆さんにも好きという気持ちを大切にしてほしいと思います。

 

それから仕事をするうえで大切なのは、いろんなアンテナを張ることではないかと思っています。翻訳者はさまざまなキャラクターにならなければなりません。あるときは大学教授、あるときはプリンセス、あるときは悪党のセリフを訳します。当たり前のことですが、日本語で理解できないことは英語でも理解できません。そう考えると、大学教授がどんなことをどんなふうに言うのか、日本語である程度わかっていなければ、どんなに英語が理解できても、うまくは訳せないということになります。本を読む、映画を観る、異分野の方と話をするなど、何でもいいと思います。食わず嫌いなしに、こんな世界もあるんだと知るためにも、アンテナを高く伸ばしておいてほしいと思います。

 

そして、最後にもうひとこと。やりたいことを悔いのないようにやってください。翻訳でなくてもかまいません。私も最初から翻訳家を目指していたわけではありません。そのときそのときで好きなこと、やりたいことを一生懸命やってきました。大学のときは勉強も疎かにはしませんでした。結果的に翻訳者になった今、そうした経験のすべてが仕事に集約されていると感じます。

取材協力

いずみつかささん

 

1965年神奈川生まれ 東京外国語大学 外国語学部 中国語学科卒。大学卒業後、映画、TV、DVD/BD等の日本語吹替版、日本語字幕版の翻訳に従事、現在に至る。株式会社スタジオ・エコー所属。主な吹替作品は、【劇場作品】「トイ・ストーリー」シリーズ、『アナと雪の女王』シリーズ、『美女と野獣』、【DVD/BD作品】『ラプンツェルのウエディング』、『ミリオンダラー・アーム」』【TVシリーズ】「ちいさなプリンセス ソフィア」シリーズ、【オンデマンド配信作品】『Fear the Walking Dead』『RENT』等。字幕もふくめ翻訳作品多数。

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