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【対談】社内翻訳者からフリーランスへの転身

主にIT翻訳をされている石崎あゆみさんと、ニュース記事の英訳をなさっている小野久美子さん。
それぞれ活躍する分野の異なるお二人に、社内翻訳者からフリーランスになるまでの経緯と、フリーランスとして続けていくためのアドバイスなどををうかがいました。

異業種から翻訳者に転身
まずは社内翻訳者として業界を知る

石崎さん:

私は大学卒業後、大手電機メーカーに就職し、ソフトウェアの研究開発に携わっていました。学生時代、英語は好きだったので翻訳家もいいなと思ったことはありましたが、その頃は翻訳といえば文芸作品しか思い浮かばず、自分には到底無理だと思っていました。

 

でも仕事を始めてみると、ソフト開発の仕事が自分に合っているとあまり思えなくて、当時お稽古ごとがはやっていたこともあり、30歳くらいで翻訳の通信講座を受け始めたんです。すぐに会社を辞めたいとか、そこまでは考えていませんでしたが、多少は転職も意識しつつ、です。

 

最初に受講したのは、フェロー・アカデミーの通信講座「実務翻訳<ベータ>」でした。その後、同じく通信講座のマスターコースを受講しました。修了後に翻訳会社のトライアルを受けると合格するようになって、徐々に「翻訳を仕事にする」という可能性を考えるようになりました。ただ、その後、フリーランスに転向するまでには、まだいろいろとありまして……。

 

まず、トライアルに合格しても、会社勤めをしながらだとまとまった時間が取れず、なかなか引き受けられる仕事がありませんでした。初めての仕事は、ちょうどゴールデンウィーク前に依頼されて、これなら休み期間中にできそうだと思い、引き受けました。このとき初めてまとまった量の翻訳をしたのですが、わりと楽しくできたので、仕事としてやっていけるかもしれないという感触を得ました。

 

ただ、翻訳の仕事に興味はあったものの、企業を辞めて収入が不安定なフリーランスになることには、かなり抵抗があったのが本音です。副業で翻訳をできないかと模索したのですが、仕事の時間を確保するのが難しいと思いました。

 

そんなとき、トライアルに合格したIT系の翻訳会社から、フリーランス翻訳者ではなく正社員として社内翻訳者にならないか、というオファーをいただいたんです。これは私にとっては願ってもないお話でした。正社員という安定した立場で翻訳ができるなら、これに越したことはないと思い、ようやく転職に踏み切ることができました。

 

翻訳業界のことをまったく知らなかったので、翻訳会社の社員になったことで業界のことを知ることができ、よかったと思います。ITローカライズの場合、案件のほとんどが翻訳支援ソフトを使っての仕事でした。翻訳会社に入ったことで、ソフトの使い方も学ぶことができ、その後、スムーズにフリーランスに移行できたと思います。

 

小野さん:

私も中学生のときに映画を観ていて字幕の翻訳ってカッコいいなと思ったことがありましたが、それを親に話したら「無理に決まってる」と一蹴されてしまって……。それ以降は、翻訳を仕事にと思ったことはありませんでした。大学卒業後は新聞社に入社して記者の仕事をしていました。その後、1年間のイギリス留学を経て、帰国後は介護関係の月刊誌編集の仕事に就きました。

 

編集者として働き始めたのですが、私は月刊誌よりもテンポの速い新聞の仕事のほうが好きだなと感じ、英字新聞部に転職しました。そこで実際に翻訳の仕事を始めてみると、自分の考えが甘かったとわかるのですが……。石崎さんのように事前に翻訳の勉強をしなかったので、仕方ないですね。でもその分、実際の仕事で鍛えられました。

 

最初は簡単な事件記事などを担当したのですが、今だったら20分くらいで訳せる量の記事に、当時は3~4時間かかっていました。私が訳したものを、まず日本人の翻訳デスクが事実関係に間違いがないかどうかなどをチェックして、次に英語ネイティブのスタッフがリライトをします。それが私のところに戻ってきて、再度確認をするのですが、ネイティブがリライトした英文が本来の日本語の意味から変わってしまった場合には直さなくてはならず、その理由を英語で説明しなければならなくて、それもまた大変でした。でも毎日この繰り返しで、徐々に慣れていきました。3年くらいすると、長い記事も任されるようになりました。

フリーランス翻訳者として
大事なのは自分の強みを持つこと

小野さん:

新聞社には途中2回の産休をはさみながら、9年半ほど勤めました。3年ほど、紙面編成の仕事がメインになった時期もありますが、紙面編成が終わるのは20時を過ぎてしまいます。子どもが生まれたあとは遅くまで働けないこともあり、翻訳メインに戻っていました。子どもがいるからフルで仕事ができない、だから会社での自分のできる仕事が限られてしまう、そんな状況がいやで。翻訳はどこでもできる仕事ですし、経験を積んで多少自信もついたので、フリーランスとして自宅で翻訳をしようと決心して辞めることにしました。

 

幸い、古巣の英字新聞部からニュース記事の翻訳を外部翻訳者として依頼していただけることになり、他にもトライアルを受けて合格した翻訳会社もあったので、フリーランスとして順調なスタートを切ることができました。現在は主にニュース記事や金融関係の文書の英訳をしています。

 

石崎さん:

小野さんは会社員の時期がけっこう長かったんですね。私は翻訳会社を3年ほどで辞めて、フリーランスの翻訳者になりました。私としてはもう少し長く勤めたいと思っていたのですが、まわりには独立する方が多く、フリーランスになることに多少の不安はあったものの、それ以上にもっと幅広い仕事ができるんじゃないかという期待もあり、独立することを決意しました。勤めていた翻訳会社の仕事を受けつつ、他の翻訳会社のトライアルも受けて、少しずつ仕事を増やしていって、現在はフリーランス歴10年以上ですが、IT系を中心に3〜4社からの依頼を受けています。

 

翻訳以外にレビュー(チェック)の仕事もしています。特に翻訳を始めて間もない頃は、自分の翻訳のレベルがこれでいいのかどうか不安を感じることもあると思います。レビューを通して他の人の翻訳を見ると「ああ、こんな感じでいいんだな」と自分のレベルを客観的に判断できると思います。また、とてもレベルの高い翻訳に出会うと「この質の翻訳を目指そう」と目標にすることもできます。

 

それから、人の訳文をチェックするというのは、良くないところを探すということが目的のひとつです。誤訳やスタイル違反、不自然な表現などを見つけ出す作業なので、それを見て反面教師にもできると思います。

 

小野さん:

私は週に1回、ネイティブ翻訳者の方々のチェックをしているのですが、彼らが上手で、技術的な文章は原文の日本語よりも訳した英語のほうがわかりやすかったりするんです。この表現いいな、こんなふうに訳せばいいんだ、と思うところがあったら、その表現をメモして残しています。

 

私の場合、日英翻訳なので、ライバルの多くは英語ネイティブの翻訳者です。その中で、私という翻訳者を選んで仕事を発注してもらうにはどうすればいいのか。私の翻訳者としての強みは何なのか、ということを常に意識しています。日本人翻訳者の場合、その強みの一つは日本語の理解だと思っています。例えば、ある原稿の原文に「現法」という言葉が出てきました。前後の文脈から、日本人なら間違いなく「現地法人」のことだと気づきますが、ネイティブ翻訳者は“current law(現行法)”と訳していたのです。このような原文の日本語解釈の間違いが日本語ネイティブでない翻訳者にはあるのです。それを知って、私は絶対に日本語の理解を間違えないようにしようと思いました。

 

それと、調べものを面倒くさがらずにやるようにしています。例えば、中国経済関連の言葉の英訳は、自分で訳を考える前に、中国政府が英語で発表しているものがネット上で見つかることが多いので、必ずそれを調べて当てはめるようにしています。見つからない場合は自分で訳し、その旨、申し送りを付けます。丁寧に調べものをするのは時間もかかるし実際面倒なのですが、それを実践していたら、面倒な記事は私に回ってくるようになりました。それも一つの強みだと思っています。

 

石崎さん:

IT翻訳とひとくちに言っても、サーバやセキュリティなど分野はさらに細かく分かれます。翻訳者の得意分野に絞って依頼する翻訳会社もありますが、あらゆる分野の仕事を振ってくる翻訳会社もあるので、基本的なIT技術はわかるようにしておかなければなりません。わからない分野がまわってきたときはインターネットで十分に調べることが大切です。自分が納得できるところまで調べられると、自然と良い訳文はできると思います。

 

それから、いまのIT翻訳の流れは、マーケティング翻訳です。とくに一般顧客が読む製品カタログやWebサイトの記事などが多く、読みやすく伝わる文章を書くことを求められる傾向にあります。そこで必要なことは日本語力を磨くこと。ただ、これは勉強してできるものではありません。雑誌の広告のキャッチコピーを見て参考にするとか、日本語で書かれた文章を多く読んで、日本語に多く触れることを日頃から意識しています。

 

小野さん:

調べることは本当に大事ですよね。私も1つの単語を調べるのに30分以上かけることもあります。

 

石崎さん:

他の翻訳者のレビューをしていると、「この人、調べていないな」ということが結構あるんです。難しいところで調べ切れていないというのは仕方がない部分もあると思いますが、ちょっと調べたらすぐわかるのに、それも調べていないときは「問題あり」とコーディネーターに伝えるようにしています。きちんと調べずに訳すと、誤訳の元になりますから。

自由だからこそ厳しい面も
フリーランスで成功するためには

小野さん:

翻訳という仕事はフリーランスに非常に適していると思います。1人で黙々とする仕事ですし、パソコンひとつでできますので。性格的にも自分に向いている仕事だなと思っています。私は会社で翻訳をしていたこともありますが、フリーランスになってよかったとずっと思っています。

 

会社を辞めてフリーランスに転向した頃、子どもは2歳と4歳でしたが、仕事と子育てのバランスを取るのは非常に難しいですね。子どもが学校から帰ってきたけれども、仕事が終わっていない。子どもとコミュニケーションを取る時間を作りたいけれど、それができない、ということがよくあります。子どもが学校から帰ってきたら仕事はおしまい、子どもとの時間を持つ、とすっぱり切り替えができる人ならいいのかもしれませんが、私は時間があれば少しでも仕事を進めたい、と思ってしまうので、なかなかそれができません。そういう意味では、フリーランスよりも会社に勤めて、会社にいる間は仕事をする、家に帰ったらママになる、というほうがやりやすいのかもしれません。

 

石崎さん:

フリーランスになると通勤がなくなるので、往復2時間分、時間に余裕ができるかなと思っていたのですが、不思議なことにその2時間はどこかに消えてしまいました(笑)。時間の使い方は難しいですね。フリーに成りたての頃は、収入に対する不安もあったので、来た仕事は断らずに絶対に受けていました。ただ、それも大変なので、今は仕事を入れすぎないようにしています。

 

翻訳を副業にと考えている方も多いですね。私が勤めいた頃は副業禁止の企業が多かったですが、今は副業を推奨する企業も出てきているようなので、昔よりはやりやすくなっているかもしれません。翻訳会社の中には、週末だけ翻訳できる人材も求めているところがあると聞いたことがあるので、そういうところに登録できれば、副業も可能かもしれませんね。

 

ただ、特にまだ仕事に慣れていないうちは、じっくり時間をかけて翻訳に取り組むことが大事だと思うんです。でも、週末だけの仕事となると、短納期の案件や短い文書の翻訳ばかりになってしまうでしょう。そういう状況では、翻訳者としてスキルを伸ばしていくことが難しく、ただ仕事に追われるだけになってしまうかもしれません。それは、ご自身のためにならないのではないかと思うんです。翻訳者として長く仕事をしていきたいなら、副業ではなく、翻訳に専念する時期が必要だと思います。

 

小野さん:

それは私も思いますね。子育てにしろ、二足のワラジにしろ、最初からフリーランスで、翻訳以外のこととの両立を、というのは簡単ではないと思います。

 

例えば、子育ての時期は仕事をセーブして、子どもとの時間を取った方がいいとも思いますが、そうするためには翻訳者としての実力が伴っていなければなりません。翻訳会社からの信頼があり、担当者の理解がなければ成り立ちませんから。翻訳者としてのキャリアを始めて最初の頃に、その世界にどっぷり身を浸して、集中して仕事をする時期が必要だと思います。そうすると、相性のよい翻訳会社や、相性のよいコーディネーターさんとの縁ができていきます。それから、子育てとの両立を考えるのであれば上手くいくのではないかと思います。

 

それともうひとつ言えるのは、会社に行くことで教えてもらえることはいっぱいあるので、最初からフリーランスと考えないほうがいいと思います。フルタイムが無理なら週2,3回の派遣の仕事でも構わないので、ある程度の社会人経験、翻訳者としての土台となるキャリアを積んでからフリーランスになったほうが、うまくいくような気がします。

 

石崎さん:

私の目標は、一度は書籍を訳して、翻訳者として自分の名前を出すことです。その第一歩として、フェロー・アカデミーのマスターコースで「ノンフィクション」を受講したことがあるんです。修了時の講師のコメントは「課題文の長さはよく訳せているが、何百ページもあるものを読ませる翻訳にできるかどうかが次の課題ですね」というものでした。今すぐは無理かもしれませんが、いつか本を1冊訳せるように、目標を持って自分の翻訳力を磨いていきたいと思っています。

 

小野さん:

先日、記事翻訳で自分の好きなジャンルの案件が回ってきて、とても気合いが入ったことがあったんです。その記事というのが、「平成ライダー大特集」というものなのですが(笑)。子どもの影響で仮面ライダーなど特撮にはまってしまって、大好きなんです。日本語の新聞の見開き2ページ分を英訳したのですが、とても楽しかったです。心の底から、「この記事の内容を伝えたい!」という思いがわき上がってきて、細かなニュアンスまで正しく伝わるように気を配りながら訳しました。

 

私はどちらかというと政治や経済の硬い文章を訳すほうが得意で、コーディネーターさんもわかっていてそういう案件を依頼されることが多いのですが、柔らかい日本文化を海外の方に紹介するような記事ももっと任されるようになっていきたいなと思っています。

取材協力

石崎あゆみさん

電機メーカーにてソフトウェアの研究開発に従事した後、翻訳会社に転職。リンギストとして様々なプロジェクトのローカライズを経験する。その後、フリーランス翻訳者として主にITおよびビジネス関連の翻訳・レビューに携わる。

 

小野久美子さん

大学卒業後、地方新聞社に記者として勤務。英国留学、出版社編集職を経て2006年に新聞社の英字新聞部に入社。2015に退社し、以来フリーランスで活動。ニュース記事、金融、ビジネス文書の日英翻訳を行う。

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