PERSONS

1冊の翻訳も、最初はほんの数行から。
日々のトレーニングで鍛える“翻訳筋肉”

ミステリーやロマンスのジャンルで活躍されている、出版翻訳者の阿尾正子さんにお話をうかがいました。
30歳で一念発起、会社を辞めて翻訳者を目指した阿尾さんが、“翻訳筋肉”を鍛えるトレーニング方法とは?
そして、翻訳者に必要な「覚悟」とは。

本を読むだけで、外国に行った気になれる

小学校に上がる前から、本をたくさん読んでいました。夜、寝るときもずっと読んでいると、「早く寝なさい」と叱られるので、布団をかぶって隠れて読んでいたほどです。小学生の頃、いわゆるジュニア小説、少女小説と呼ばれるジャンルのものをたくさん読むようになり、次第に『赤毛のアン』『若草物語』などの翻訳ものへと進んでいきました。

 

これらの本が翻訳されたものだと意識したのは、中学生の頃だったと思います。『赤毛のアン』の表紙に「モンゴメリ」という作者の名前が書いてあり、その下にもうひとつ「村岡花子」という名前があるのに気づいて、「ああ、この人が訳しているのか。外国の文学を日本語にする仕事があるんだな」と、翻訳という仕事を初めて意識したことを覚えています。

 

それがきっかけで、中学だったか高校だったか忘れましたが、『赤毛のアン』の原書を買ったんです。翻訳書の中では、行ったことのない海外の風景、食べ物、服、そういうものが、あたかも今、自分の目の前にあるみたいに日本語で書かれています。その元である原書には、どんなふうに書かれているんだろう、と興味がわいたんです。でも案の定、まったく読めないわけです。それで、「本を読むだけで、行ったことのない外国に行った気になれる、そんな機会を与えてくれる翻訳家ってすごいな」って思いました。

企業に就職して、30歳の自分
「このままでいいの?」

本が好きで、英語も好きで、「翻訳ってすごいな」と思ったのですが、それを自分がやるというふうには、そのときは結びつきませんでした。あまりにも遠い世界で、どんなふうにしたら翻訳家になれるのか、想像も及びませんでしたから。大学は国際関係学科に進み、卒業後に一般企業に就職しました。業種はアパレルで、仕事は商品を買い付ける仕入れバイヤーです。取引先は国内メーカーでしたので、仕事で英語を使うこともありませんでした。

 

30歳くらいになって、仕事がひととおり身につくと、だんだん先が見えてきて、「私はこのままでいいの?」と思うようになったんですよね。それで、ちょっとした気分転換のつもりで、仕事帰りに英会話学校に通い始めたのですが、それが面白くて。

 

仕事を始めた頃は、一人前になるために頑張らなきゃ、という思いが強くて、「翻訳小説を読む時間があったら業界誌を読んだ方がいいんじゃないか」「英語は仕事に関係ないから、それよりも仕事に関する勉強をしたほうがいい」と、今思うと自分を押さえつけているところがあったんでしょうね。何年間も押さえつけていたものが、英会話学校に行き始めたことでパーンとはじけて。「やりたいことをやった方がいいや」と思うようになっていったんです。そうしたら、「そういえば昔、翻訳家に憧れていたことがあったな」と思い出して。思い出したら止まらなくなって……。会社を辞めて、翻訳学校に通い始めたんです。普段はわりと優柔不断なほうなんですが、そのときは会社を辞めることに、不思議なほど迷いがありませんでした。ただ、あまりにも突然だったので、まわりの人間をあたふたさせたようですが……。

 

翻訳家に憧れていた中高時代は、どうすれば翻訳家になれるかもわからず、身近なことに感じられなかったのですが、この頃には翻訳学校というものがあって、そこに通えば翻訳家の道が開けるかもしれない、という現実的な可能性が見えていたので、「じゃあ、やってみよう!」と思い切ることができたんだと思います。とはいえ、本当に翻訳家になれるものかどうかは定かではなかったので、自分で期限を切って、「3年間やってみてダメだったら、諦めて他の道を探そう」と決めていました。

1冊の翻訳も、ほんの数行から
日々のトレーニングで鍛える“翻訳筋肉”

翻訳学校の授業は基本的に週1回で1コマ3~6カ月だったので、「ミステリ」「文芸」「児童文学」など並行して2つか3つの講座を取っていました。今から思えば課題なんてたいした分量じゃないんですけど、毎回訳すのが楽しくて、楽しくて。翻訳学校は、毎週担当が2人くらい決められていて、その人の訳を中心に授業が進んでいくのですが、担当かどうかは関係なく、私は必ず毎回訳していきました。他の人の訳や講師の方の試訳と自分の訳を比べて、「ここはいっしょだ」「どっちの訳がいい?」などと考えるのが本当に楽しかったんです。

 

なにしろ時間がたっぷりあったので、授業の課題以外にも、そのとき読んでいた小説の原書を取り寄せて読み比べたり、実際に訳して比べてみたりしました。訳していると、調べたいこともいろいろと出てくるんですよね。例えば、私立探偵が出てくるミステリを読んでいたときには、アメリカの法律の話が出てきたので、その内容を詳しく調べたいと思い『アメリカ法辞典』を買いました。それから、銃がたくさん出てくる作品を読んでいたときは、銃の仕組みがわかる本を探したりもしました。

 

当時の経験で今いちばん役立っているのは、「分量をこなしたこと」だと思います。下手な訳でも、とにかく毎日たくさんやっていれば、“翻訳の筋肉”ができてくる気がするんです。スポーツといっしょで、昨日まで何もしていなかった人が、いきなりフルマラソンは走れないですよね。まずウォーキングから始めて、次第にジョギングができるようになり、1km走れた、10km走れるようになった、とやっていくうちに、気がつけばフルマラソンも走れるようになるんだと思うんです。翻訳も同じです。最初は数行訳すのがすごく大変なんです。でも、それを毎回やっていると、そのうち1ページ訳せるようになり、数ページが平気になり、段々スピードも出てきて、最終的に1冊訳せるようになる。そのためのトレーニングは、とにかく繰り返し繰り返し、量をこなすことが何よりも大事だと思います。

「翻訳できる人かどうかは、シノプシスを見ればわかる」

翻訳学校3年目に、先生の紹介でリーディングの仕事をまわしてもらえるようになりました。原書を読んでシノプシス(レジュメ)を書く仕事です。多いときは月に3~4本、受けていました。先生から下訳を頼まれるようになったのもこの頃です。すぐに自分の名前で本を出すというわけにはいかず、まだ生活ができるにはほど遠かったのですが、少しずつ翻訳に関する仕事でお金がもらえるようになっていって、「このまま頑張り続ければ、何とかなるかもしれない」と思いました。

 

チャンスが訪れたのは、3年間の学習期間を終えて間もなくでした。通学中に受けたリーディングの仕事は、ある版権エージェントからの依頼だったのですが、そこを辞めてフリーランスの編集者になった方から、「こんな本があるんだけど、翻訳してみない?」と声をかけていただいたんです。アルゼンチンで貧しい生まれからファーストレディになった女優エバ・ペロンの生涯を描いた作品で、ちょうどアメリカでマドンナ主演の映画がつくられ、日本でも上映されることが決まっていたので、それに合わせて出版したいというお話でした。

 

まだ訳書の実績がなかったので、「なぜ私に?」と不思議に思って編集者の方に聞いてみたんです。そうしたら、「翻訳できる人かどうかは、シノプシスを見ればわかるから」と言われました。

 

シノプシスの書き方は、誰に教わったわけでもありません。仕事を受けた最初のときに、誰か他の人が書いたシノプシスを見せられて、「こんな感じでまとめてください」と言われただけです。だから自分で考えて書くしかなかったのですが、私自身、面白くないものは読みたくないので、読む人が面白いと思ってくれる、短編小説を読んでいるような気持ちにさせるものを書こうと思ったんです。

 

例えば、物語のあらすじを書くとき、ただ内容が順番に書いてあるだけだと、読んでもつまらないじゃないですか。ビジネス書なら、内容を伝えることが大事なので、それでいいかもしれません。でもフィクションや、ノンフィクションでも物語性があるものだと、そういう書き方では作品の魅力が伝わらないと思ったんです。作品を読んでいると、カッコいいセリフがあったり、感動する場面があったりしますよね。私はそういうところを実際に翻訳して、あらすじのなかにそのまま入れ込むようにしました。だから私の翻訳力が少しは伝わったのかもしれません。私が努力して書いたシノプシスを評価してくれた人がいたんだ、それが仕事につながったんだ、と思うと、とても嬉しかったです。

 

もうすぐ映画が公開になるということで受けた仕事だったので納期が短かったのですが、私はエバ・ペロンという人をまったく知らなかったため、それを調べるところから始めなければなりませんでした。 それから、編集者さんからは「だらだらした風景描写などはカットしてもいいから、面白く読める本に」と言われていたので、どこをカットすべきか考えながら訳さなければならず、それもまた大変でした。じっくり考えている暇はなかったので、とにかく言われたことをがむしゃらにやって、何とか締切に間に合わせたという感じでしたね。

 

締切が過ぎてからも、もちろん編集者の赤が大量に入りましたし、編集の段階で削除されたり、書き直しの依頼が来たり、やらなければならないことはまだまだあって、ようやく校了を迎えたときには放心状態でした。

 

それまでに、丸々1冊下訳したこともありましたが、それはひととおり訳したら終わりで、最終的な責任はありません。でも今度は違います。翻訳者として私の名前が表紙に載り、編集者の直しが入るとはいえ、すべてが私の言葉として出るわけですから、その緊張感ときたら、それまでとは比べものにならないくらい大きなものでした。

 

これだけ頑張って、緊張感を持って訳し上げた本でしたが、出版社の都合でお蔵入りになってしまったんです。もう、それはショックでした。でも悪いことばかりではなく、私が困っていると聞いて、知り合いの編集者が声を掛けてくださったんです。以前、下訳をしたときの編集者さんで、「まだ完全ではないけれど、これだけできるんだったら、次は阿尾さんの名前でうちから1冊出しましょうね」と言ってくださっていた方です。原稿を読んで「出版しましょう」と言ってくださり、晴れて1997年1月に原書房から『聖女伝説 エビータ』が出版されました。これが私の初の訳書です。お陰様で何度か重版になり、拾ってくれた出版社さんにも恩返しすることができました。

翻訳者として、やっていく「覚悟」

当時の出版業界は今ほど不況ではなかったので、その後もけっこう順調に仕事がいただけました。そんななかで、私にとって最初の転機となったのが、3冊目の訳書『彼女のお仕事』でした。女性ジャーナリストが性産業で働く女性たち、例えば、エスコート・ガール、ストリッパー、ポルノ女優などにインタビューをし、ときには自分も業界に潜入して書き上げたノンフィクションです。

 

この仕事をいただいて、最初はほとんどといっていいほど先に進むことができませんでした。というのも、それまで下訳をすることが多かった私は、下訳として要求される訳し方に慣れてしまっていたのです。つまり、後から直しを入れることを考えて、意訳をせず、語順を入れ替えたりもせず、直訳でいいからできるだけ英語のままに訳す、というやり方です。

 

でも、その方法ではこの作品には太刀打ちできませんでした。自分のまったく知らない世界、しかもセックスを題材にした赤裸々な内容。優等生的な訳し方でうまくいくはずがありません。でも、私にはそれ以外にどうすればいいのかがわかりませんでした。悶々として、悩みに悩んだあげく、どうなったかというと……「もう、いいや。自分の訳したいように訳してみよう。ダメだったら、それは私の力不足ということ。作者の意図を読者に伝える最良の方法が意訳であるなら、それでいい。読みやすくなるなら順番が入れ替わろうと構わない。原文に沿って訳すことが原則だけれど、原文に縛られる必要はないんだ」と、開き直ったんです。翻訳家として仕事を始めた以上、この先、私の訳を直してくれる人は誰もいません。私が自分の訳に責任を持たなければならないのですから、覚悟を決めるしかありません。その境地に至り、ようやくこの本を訳し始めることができました。

 

そんな覚悟を決めて挑んだ1冊は、週刊誌の書評欄に取り上げられ、「威勢のよい翻訳が合っている」と好意的に書いていただいたんです。自分の意図したことが、ちゃんと訳文に出ていたんだと、すごくうれしかったです。翻訳者としてやっていく覚悟ができました。

 

駆け出しの頃は仕事を選ぶなんてできませんから、お話をいただければ、どんなジャンルでも喜んで引き受けました。最初の仕事がノンフィクションだったので、その後もしばらくノンフィクションの仕事が続きましたが、仕事の幅をひろげたい、取引先を増やしたいと思っていたので、翻訳の仕事を始めてからも出版社からのリーディングの依頼を積極的に受けていました。新しい出版社さんとのつながりというのは、知り合いの編集者さんや翻訳者さんの紹介から始まることが多いですね。ご挨拶に行くと「じゃあ何冊か読んでみてください」とリーディングを依頼されます。それを続けているうちに、「1冊訳してみませんか」と言われるのがだいたいのパターンです。そんなふうに取引先の出版社も、翻訳のジャンルも増えていき、気がつけば希望していたフィクションの仕事がメインになっていた、という感じですね。

日本語力向上のために

翻訳に興味がある方、学びたいと思っている方の多くは、英語に自信があるとか、英語が好きだという方だと思うんです。ただ、文芸作品を訳すときには、英語力と同じか、それ以上に日本語の表現力が必要になってきます。ところが、それに気づいていない方が意外と多いんです。英文の内容を頭の中で理解できることと、それを日本語の言葉として書くことは、別ものです。日本語力を付けることがとても重要で、それには本を読むしかありません。

 

英語力に自信があるのであれば、それとは別に日本語力を磨いておくことです。自分の中にない日本語はどんなに頑張っても出てきません。まずは日本語のストックを増やすことが第一です。私は今でも、何か文章を読んでいて、「この表現、使えるな」「こんな言い回しは自分にはできないな」と思ったら、全部メモしておくようにしています。そうやって残しておいたものは、頭のどこかにあって、何かの訳で悩んだとき、ふとつながる瞬間があるんです。「この訳には、あの表現が使えるかもしれないな」と。そういうふうにして、自分の表現や語彙を増やしていくことが大切だと思います。

 

翻訳する際によく使っている本を3冊ご紹介しておきますね。まず1冊目は『しぐさの英語表現辞典』(研究社)です。しぐさにまつわる成句が身体の部位ごとにまとめられています。例えば、narrow one’s eyes「目を細める」ですが、日本では愛しいものを見る優しい目つきの表現に使いますよね。でも英語では、不快感や敵意を表すキツイ目のことで、決して優しい目ではないのです。翻訳ものにはしぐさで語るシーンがけっこう出てきますが、その文化圏でのしぐさの意味や、裏に隠された感情を知らずに訳してしまうと、下手をすれば誤訳になる可能性もありますから注意が必要です。

 

2冊目は『例解慣用句辞典』(創拓社)です。こちらは日本語の慣用句をテーマやキーワード別に分類した、日本語の表現辞典です。例えば「怒る・怒り」という項目では、「頭にくる」はもちろん「色をなす」や「目くじらを立てる」など、さまざまな言い回しが載っています。get madと出てきたときに「怒る」しか思い浮かばなかった人は、これを引いて他にもっとふさわしい言い回しはないか、探してみてください。

 

3冊目は『エマ ヴィクトリアンガイド』(エンターブレイン)。森薫さんの人気漫画『エマ』の副読本で、19世紀末の英国の生活や文化を紹介したガイドブックです。例えば、手紙を出すとき。当時は封筒は使わず、便せんを折って封蠟でとめるのが一般的だった、というようなことが、イラスト付きでわかりやすく紹介されています。使用人の種類や役割の説明などもあり、歴史ものを訳すときに非常に役立ちます。

 

仕事柄、読まなければならない本もありますが、もともと読書が趣味なので、仕事に関係ない本も、時間があれば何かしら読んでいます。皆さんも、好きなジャンルを徹底的に読み倒すのもよし、読んだことのないジャンルに挑戦するのもよし、どんなものでも構いませんので、日本語力の底上げのためにも、ぜひたくさん読んでください。

取材協力

阿尾正子さん

出版翻訳家。『妻に恋した放蕩伯爵』(竹書房)、『甘い悦びの罠におぼれて』(二見書房)、『ママがほんとうにしたかったこと』(小学館)、『アースクエイクバード』(早川書房)、「テディベア探偵」シリーズ(東京創元社)など訳書多数。

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